第12話
食堂には誰もいない。そして調理室にも。私は、考える。ここのどれかに毒を入れても、別の誰かが食べるかもしれない。そうなったら大変だ。
なら、一番いいタイミングは――。
そう。調理室で調理された後。そうすると、まだ時間的に早かった。私は毒の瓶をポケットに忍ばせたまま、城内を歩きまわる。コソコソ。コソコソ。
誰かのささやき声が聞こえる。私はゆっくりと、声の主に近づいた。
「もうすぐ姫さまの誕生日ね」
「ええ。でも、あのご様子ではね。もう少し、お体が良ければ侯爵家からムコ
殿を呼べるのに」
「では、あのウワサは本当なのかしら」
「ウワサって?」
「奥さまは姫さまがお嫌いだから、姫さまがお倒れになっていても放っておくようにご指示なさったって」
「ちょっと、声が大きいわよ。こんな話しをしている事がバレたら――私たちも危ないんだから」
「そ、そうね。気を付けるわ」
「姫さまが十二歳になって婚約されれば、姫さまの勝ち。ただし、今のままでは無理だっていう話よ。このまま体調がすぐれなければ、王子さまの方に軍配が上がるってもっぱらのウワサよ」
「それで方々に王妃さまの影響が……」
「そういうわけ。だから私たちは、どちらが王位を継いでもいいようにしないと」
へぇ。ミーシャは十二歳で婚約すれば王位なのか。それを難しくしているのが、アノ体調不良ってわけね。ならもう答えは出ている。ミーシャの体調が芳しくないのは毒のせい。それさえ止めさせれば。ミーシャが女王さま。うふふっ。
いい情報を仕入れた私は、さっそく調理室へ向かう。
調理室では、夕食の準備に明け暮れていた。本当に、ミーシャの食事とは月とすっぽんね。ああぁ、あんなに食材をムダにして。いい部位しか使わないのね。
これ誰のかしら。そう考えていると、メイド頭の声が聞こえてきた。
「ほらほら、もう奥さまも王子さまも食卓に着いているわよ。早くしてよね」
「おぅ! 出来上がったのから運んでくれ!」
ふーん、これか。
私は前菜のサラダのドレッシングにコッソリ毒をポタリ。そして、スープにもポタリと垂らした。よし。復習成功!
さてと、あのメイドの部屋にも行かないとね。ミーシャは寝込んでいるから、毒を使うことはもうない。私はその足であのメイドの部屋へ向かった。よし。誰もいないわね。こっそり忍び込んでベッドの下を見る。
あった。二個。でも、どっちかしら。まぁ、どっちでもいいか。
私は持ってきた瓶に一つ目の液体を入れる。よし、まだ入るわね。そして、満タンになるまで毒を詰め込んだ。空いた瓶に今度は水を入れないと。
コッソリ退室して、水場へ。軽く中を荒い、目分量で元あった水量を入れた。
ふふっ。これでしばらくは安心ね。
翌日、ミーシャは全快した。
「ミーシャ治って良かったわね」
「アカネさまには本当に良くしていただきましたわ」
うんうん、この笑顔よ。この笑顔が私を癒やすの。そう言えば、ミーシャの誕生日っていつかしら。
「ねぇ、ミーシャ。ミーシャの誕生日っていつなの?」
ミーシャは少し考えてから、
「後、二週間後ですわ」
えっ、二週間……。私は焦った。この二週間が山場なのだから。
「それじゃ、二週間後にはミーシャは婚約するのよね?」
驚いた私は尋ねる。まだ少女のミーシャが婚約。私だって二十歳でお相手はいなかったのに。もう――あんな事や、こんな事をする年齢なの?
「ふふっ、私の体が悪い内はありませんわ」
そうは言うけど、ねぇ。その元凶は私がつぶすし。
「それじゃ、もしかして、ミーシャは来年にはお母さんになったり?」
ちょっと、ミーシャ何がおかしいのよ。声を必死に押し殺して、おなかまで押さえて。
「えっ、私、なにか変なこと言った?」
「くすくすっ。いいえ。あまりにもアカネさまは気が早いので。くっ。くくっ」
そんなおかしな事言ったかしら。私が小首をかしげると。
「ええっ。それはもう。婚約は一二歳で行いますが、成人は二年後の十四歳ですわ。成人してから、そういう事をすると聞いています。ので、実際に出産するのは十五歳ですわね」
あぁ。なんだ。婚約イコール結婚ではないのね。それでも十五歳で出産も早いと思うけど。これは日本とは違うものね。あれ、でも昔の人は出産年齢が若かったって習ったような。確か、前田利家の奥さまは十二歳で出産されたっていうし。
現代では考えられないわね。まぁ、私には関係ないか。どうせ二十歳だもん。
「そ、そんなに若くして出産するのね。驚きだわ」
「そういえば、アカネさまは何歳ですの?」
えっ。いまそれを聞く?
「ちなみにミーシャは何歳だと思う?」
あはっ。首傾げちゃった。かわいいんだから。でも、この時代の人から見たら、私って何歳に見えるのか。うーん、興味あるわね。
「そうですわね――十六歳くらいでしょうか?」
うん、そうよ! 私はまだ高校生なの。かわいいから頬ずりしちゃう!
「ちょ、ちょっとアカネさま。急にどうされたんですの?」
「いやぁ。ミーシャはかわいいなって思って。こういうの嫌?」
あっ、焦ってる。こんな顔もできたのね。
「いえ。嫌ではありませんが――恥ずかしいですわ」
そうか、そうか。ふふっ。今度からもっとしちゃお。ミーシャの弱点発見ね。
私たちが庭園でじゃれ合って城内へ戻ってくると、なぜか城内が騒がしかった。
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