第11話
翌日、ミーシャは元気になった。ここまでは、これまでと同じだ。
「アカネさま、昨晩もありがとうございました」
ふふっ、その笑顔が見たいから私はやってるの。これからもずっとね。
「ううん、そんなお礼を言われる程でもないわ。それよりも、ちょっと聞いて良いかな?」
この際だから、ミーシャの本心を聞いておかないとね。
「なんでしょうか?」
「うん、ちょっと小耳に挟んだんだけど……ミーシャと王子さまのどちらかが、王さまの後を継ぐとしたら、ミーシャならどっちがいいと思う?」
「それは――弟の方がいいですわ」
ミーシャは少しだけ考えて、でもハッキリと答えた。そう言われると思ったけど。でも、なんでかな。
「それは、なぜ? ミーシャも立派に勉強をしているでしょ?」
「ふふっ、私、体が弱いですから。それに、女の王よりも男の王の方が、民も望んでいると思いますわ」
あちゃ。やっぱりそうなのか……。でも、それだと王妃の思惑と同じなのよね。
困ったわ。これでミーシャが王になりたいって言うなら、協力するんだけど。
「でも、私はミーシャが王になる姿を見てみたいな」
王というか、女王さまだけどね。きれいで聡明で、優しくて。そんな女王さまがいても、私は良いと思うのよ。そんな生半可な事ではないと思うけどね。
そして、午後になり、私はいつもの情報集めに奔走する。
あっ、あのメイドだ。それは、たまたまだった。
メイドは、紅茶の茶葉が入った熱々のポット、そして、ティーカップを運んでいた。そして運んでいる最中に、ポットにあの液体を混入させた。
普通ならここで彼女を捕まえて、兵に突き出す。でも、それはできない。だってあの中身は水だもの。私は思わずニンマリする。
でも、驚いたわね。まさか、家庭教師とお茶をするときにアレを混ぜるなんて。
その家庭教師は大丈夫なのかしら。そう思って、メイドの後を付いていく。
そして、ミーシャの部屋に二人で入った。
ミーシャは驚いているけど。私は内緒ねって、鼻に指を立てて口止めする。
そして気になっていた家庭教師は、お茶を飲まなかった。
なんでも、胃が荒れているからという話しだった。この家庭教師も怪しいわね。
メイドと一緒にミーシャの部屋を退室してからは、ずっと、このメイドに張り付いた。すると、予想通りまた書庫へと入っていく。そして中には王妃さまがいた。
「少なくなったでしょ。これ次の分よ。次からは、あの子が寝込んだ時にもウォーターポットに入れて頂戴」
なんですってぇ! 私は身震いした。これまでは二日に一度。それが毎日になれば……普通の人間だって四〇度の熱が1週間も続けば死に至る危険がある。
この人、本当にミーシャを殺す気だ。思わず殺意が芽生えた。
「で、でも、そ、そんな事したら――しん――」
「お黙りなさい! あなたの家が今の暮らしを送れるのは、誰のおかげだと思って!」
「そ、それは、勿論。――奥さまのおかげです」
「ならやりなさい。もう、時間がないの。良いわね」
メイドは震える声で頷いた。そして、もう一つの毒を受け取る。私はその一部始終をただジッと見つめていた。
メイドと王妃が居なくなった書庫で、私は考えた。
このままでいいのか。ただ毒をすり替えるだけで大丈夫なのか。ううん、それで大丈夫なわけがない。ならどうすれば……あの王妃にやり返す。
あの王妃さえ居なければ――ミーシャは平穏に暮らせる。
そうと決まれば、作戦実行ね。
私は、またメイドの部屋に行った。先日は受け取ってすぐにベッドの下に隠していたから。またそうだと思った。でも、メイドは戻らなかったのか、ベッドの下には一つしか瓶がなかった。
まぁ、明日でもいいわよね。今日はもうないだろうし。
私は油断していた。この後、夕食にも毒を入れるとは思わなかったから。
次の日の朝、ミーシャは来なかった。私は急いで駆けつけた。
「なんで……」
ミーシャは苦しそうだった。これまでにないほど。私は王妃を甘く見ていた。
毒の効果が上がってる?
そうとしか思えない。私が、薬を飲ませようとしても飲めなくなった。
そして、前日に食べたものだろうか、ミーシャは何度も嘔吐した。
どうすれば、どうすればいいの。
私は、ルーチンワークとなった熱冷ましのタオルしか、できる事がなかった。
そしてミーシャがうなされている最中に、隣のドアが開いた。
時間はちょうど昼だった。
メイドがウォーターポットを交換しにきた。しかも、あのメイドが。
止めて。止めてよ。これ以上、ミーシャを苦しませないで。
私は、メイドが出て行くと、すぐにそれを捨てに行った。そして、浴槽でよく洗った。これでよし。水場に行って清潔なお水を汲んで戻った。
ミーシャの熱は次の日も続いた。そのたびに繰り返される。王妃の仕打ち。
もう、黙って見過ごせない。私は、新鮮な水をサイドテーブルに置くと食堂へと向かった。毒の入った瓶を持って――。
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