第1話
私はこの顔が嫌いだ。
どこにでもある奥二重も、低い鼻っ柱も、かわいらしくもない薄い唇も。
特徴のない輪郭も、何もかも全て嫌いだ。
せめて身長が高ければまだ目立つこともできた。
低ければ逆に、チヤホヤしてくれたかもしれない。
でも、私はどれにも当てはまらなない。
至って平凡なのだ。
そして何より忌々しいのは、自分の将来の姿が目の前にあることだ。
家に帰りその姿をみれば、私の20年後の姿を想像するに難くない。中肉中背でぷっくりと油の乗った丸顔。足首は太く、太腿も細くはない。二の腕なんて震えてる。
至ってどこにでもいるおばさんだ。
唯一、私と違うところは、母の目が一重と言うところだ。
ひいき目に見ても、かわいいとは思えない。
それでも、同じ会社でうだつの上がらない万年平社員の父と結婚できたのだから、彼女としては幸せなのだと思う。内向的な私とは正反対。
いつも私は思う。
世の中不公平だと。
神は二物を与えずとはよく言ったものだが、私にはなにもない。
次に生まれてくる時には、せめて一つは持たせてほしい。
小さい頃から、友人はできなかった。
見るに見かねた母親が、子供たちが集まる公園に連れて行ってくれたが、誰にも私は見えていなかった。雑草の中に咲く雑草だから。目に止まるはずはない。
小学生にあがり、クラス担当の教師でさえ、私に気づかず「あれ、佐倉は休みか」などと言われたもの。教壇の目の前に私はいたのに。
それからというもの、中学、高校と必ず私の席は一番前。
一番人気のない、最後に残った場所が、私の居場所というわけだ。
学生時代の部活は悲惨だった。
部活を決める前の、体育の時間にやったドッジボールでは、誰にも当てられず、勝手に進行していっていつも私だけが残った。そして、うちのチームの負けで終わる。
「まだ私がいます」そう言えれば環境も変わったかもしれない。でもそうはならない。小さい頃から友人のいなかった私は、この、赤の他人と喋ることを拒否していた。
誰にも気づかれない私。
そんな私が、団体行動の部活をえらぶとは考えられない。
中学高校とえらんだ部活は、常に一人でいられる読書部を選択した。
ますます、孤立していった。
廊下を歩いても、目の前から歩み寄る生徒は避けることはない。だから、いつも私から場所を譲ってあげた。でも、それでお礼を言われることはない。
――当然よね。
空気な私を、誰も発見できないのだから。
一番困ったのは、体調が悪くて全校集会で倒れたときだ。私の並び順はいつも真ん中。人が貧血を起こして倒れているというのに、生徒たちは、解散と同時に、私を蹴り飛ばしながら教室へ戻っていった。後が詰まっていたから仕方がないといえば仕方がないのだけど、押されるように次々と私の体は蹴り飛ばされた。ボロボロの制服で教室へ戻っても、誰も気にかけてくれなかった。空気ここに極まれりというやつだ。
それからというもの、体育の時間は、あの日で休んでいる生徒の隣に座っていた。
誰にも見つけられない私は、夜な夜な手首に傷をつけた。
でもあれって痛いのよね。
カッターの刃先を腕に当てて、少しの力を加えて引っ張るだけなのに、いざ、その時がくると怖くなった。だから、薄皮一枚だけ切り裂いた跡がいくつも左手にできた。
私がそんな生活を送っていたから、両親すら左手の傷に気づくことはなかった。
幸いにも、自分たちに子供がいるという認識だけで、かろうじて家族をしていた感じだ。
高校を卒業する前に、いくつも就職先を探した。
学校に来ている求人に応募して、面接までは必ず進んだ。
当然だ。私の成績は学年120人中12番目。決して馬鹿ではなかったと自負している。内申書は可もなく不可もなく。存在感のない生徒の内申書なんていい加減な物だ。教師に覚えられて居なければ適当に付けるしかないからね。
そして、面接会場に行けば、面接官は面接した事すら忘れている。最悪だったのは、5人まとめての面接だった。
「佐倉さん」と呼ばれ、あいさつしたのにも関わらず「あれ、佐倉さんは不在か」などとのたまわれ、結局、家に届いた通知には【ご縁がありませんでした】で、片付けられていた。
いっそこのまま、アサシンにでもなってやろうかと何度も思ったわ。
でも、私が罪を犯し、万一掴まりでもしたら、これまで育ててくれた両親に迷惑がかかる。そう思うと、悪い事はできなかった。
そこまで落ちぶれてもいないしね。
普通に面接を受けてもダメな私は、100件目にしてようやく仕事にありつけた。道路の交通量調査の仕事で、いわゆる日雇い労働者と呼ばれる職だ。
この仕事にありつけたのには訳がある。
アルバイト雑誌に、仕事がしたければ、いついつ何時までに、この場所へ。といった募集を見つけて、時間前に並んだ。割り振られた地域のカードをすかさず受け取り、目的の場所まで移動する車に乗り込む。そして、8時間後――。調査を終えた私たちは、迎えに来たワゴン車に回収される。会社に着いてから日当をもらうのだ。
毎回、茶封筒に入った賃金を、交通量を書いたボードと交換で受け取れる。
私の存在感が薄くても、ボードを渡せば茶封筒を出してくれるのだから、まさに天職といえよう。
コツコツ頑張って働いて、わずかばかりのお金もたまった。毎日、現金支給でお金を受け取るから、私の机の中は貯金箱になっていた。
面倒くさいのは確定申告の時だ。
これまで受け取った賃金の明細をまとめて市役所に持って行くと、受付で嫌な顔をされた。まぁ、担当の人は私の顔など満足に覚えちゃいないだろうけれど。
働いていれば当然、住民税と国民健康保険の請求はくる。住民登録に名前が載っているから当然だが、存在が空気なのだから免除してくれればいいのにと、思わなくもない。
でも、私の存在感は薄いけど、まったく認識されないわけではない。
データとして残っていれば請求所はとどく。そして、コンビニのレジで商品とお金を渡せばちゃんと処理してくれるところだ。それさえも気づいてもらえなかったら、私の人生詰んだようなものになっていただろう。
二十歳になり、めっきりと気温が下がったある日、私はいつものように、道路脇に設置した椅子に座って数取器をポチポチ押していた。
時折、吹きすさぶ風が、ほほを撫でるたびに身震いする。ちゃんと肌着に、セーター、厚手のコートを着込んでいるから寒さ対策は万全だったが、それでも顔は冷たい。
数取器の扱いにも手慣れたもので、コートのポケットに両手を突っ込んだ姿勢で、ひたすらカウンターを押す。ポチ、ポチ、ポチ。
休憩時間になり、私は持ち場を離れた。幸いにも道路向かいにコンビニがある。お昼はそこで買おうと、横断歩道を渡りはじめた時にそれは起きた。
歩道の信号は青。ちゃんと左右確認もした。凍えた体を丸めながら、とてとてと、渡り始めると、後方からキィキィキィキィキィとスキール音がして、振り向いた時にはもう遅かった。たまに居るんだよね。格好付けて走り屋ぶっている馬鹿が。場所をえらべと言いたいけど、いまさら言ってもしかたない。
後方から左折してきたスポーツカーが、私の真横にダイブしてきた。
あ、私、死んだかもしれない。
この勢いで回避できるとすれば、対向車線をはみ出して信号待ちの車に突っ込むか、回転しすぎて歩道に乗り上げるかの二択しかない。
こんな街中でドリフトかますヤツが、うまくかわせる訳がない。
予測に違わず、私に向かって一直線で飛んできた車は、私に気づかず衝突した。
一瞬、運転手と目が合ったように見えたが、運転手は笑っていた。
きっと、あっはっは、うまくドリフト決めたぜ! とか思っていたに違いない。
私の体は宙を舞う。衝突の衝撃で痛みすら感じなかった。
そして近づいてくるコンクリートの地面。
あぁ、当たったら痛いんだろうな。頭から落ちたら嫌だな。やっぱり、血が出るかな、でも足から落ちて下半身まひとかなっても大変そうだな。
そんな事を考えている間に、私の体は地面に落ちた。
「痛い、いたたたた」
路面には、私の流した血がドバッて事もなく、私は打ち付けたであろうお尻を揉んだ。
「痛ぁ、なんかじんじんする」
とにかく必死こいて、ひたすらお尻を揉む。落ち着いた所で立ち上がろうとすると、今度は膝が痛い。まったく力が入らない。
「もう、やだぁ」
お尻から落ちた時に、衝撃で膝も強く打ったようだ。車にぶつかった部位かもしれない。
とにかく、警察を呼ばないと。
私は、コートの内ポケットからスマホを取り出し、110番にかけるがつながらない。あれ、落下の衝撃で壊れちゃった。でも、腕は上がるし、両手も動く。胸も痛くないわよね。
そして私は気づいた。周りにはやじ馬の人だかりも、事故を起こしたスポーツカーも、目の前にあったはずのコンビニもないことを。
「えっ、ここどこ?」
私は、柔らかな草原のじゅうたんの上にいた。
「ここどこよ!」
頭でも打ったのか、いやいや、そんなわけはない。その証拠にまったく上半身は痛くない。
尻餅をついた格好のまま私は周囲に目をやるが、どれだけ目をこらしても景色が変わることはない。ときおり温かな風が頬をくすぐる程度でって、なんで風が温かいのよ。今は冬でしょうに。
でも、それを否定するかのように、草原の中には色彩鮮やかな花が咲いている。
「あっ、わかった。ここ天国だ。私、やっぱり死んだんだ」
ひとりごちる。
これから神様が現れて、新たな人生を望むか、それとも無を望むかとか言われちゃうのね。きっと――。
「にしても天国にスマホが持ち込めたとは、以外だわね」
そうだ、天国なら存在感の薄い私の外見も変わっているかもしれないわね。
私はスマホのカメラ機能を使って自撮りしてみた。
「えっ」
撮った画面には、私がいた。20年間、嫌いに嫌った、にっくき私が。
「まぁ、こんなこともあるわよね。これからよ。これから」
それにしても、神様まだかなぁ。いつお迎えにきてくれるのかしら。まさか、自分から神様のところへ歩いて行くなんてないわよね。鬼ごっこじゃあるまいし。
神様を探せ! とか、どんな罰ゲームよ!
「にしても、膝いたぁい。なんで天国なのに痛覚があるのよ。これ血みどろのケガだったらしゃれにならないわよ!」
小一時間も座り込むと、痛みもだいぶ和らいだ。意を決して立ち上がると、遠くの方に大きな壁が見える。
「何、あれ――。あそこに神様がいるの」
目測にして1時間も歩けば着きそうだ。いつまでもこんな場所にはいたくない。
私は、着衣についた汚れを無造作にはらい、林の中をよろよろと歩きだした。
* * *
今、私の目の前には大きな壁がある。入り口は、見当たらない。
「とりあえず、一周してみましょうか」
壁伝いに歩くこと10分。円周状に築かれた壁は、まだ先がありそうだが、とりあえず門はあった。門の前には、馬車が並んでいる。
「あれ、みんな亡くなった人なのかしら」
少なくとも馬車は10台並んでいる。神様と会うのに順番待ちがあるとはしらなんだ。少なくとも10台で30人は乗っていそうだから、私の番は、その後と言うことか。
遠くから砂煙をあげてこちらに向かってくる馬車もある。
「さすがにアレの後は嫌だな。会うなら早いほうがいい」
後続の馬車がくる前に並ぼうと、痛い膝に鞭打って駆けだした。
「よし、狙い通り」
10台目の馬車の後ろに着いた私は、目の前の馬車を覗き込む。天界の割にショボい作りの馬車だ。しかも、荷台には藁袋の荷物まで積んでるし。
あ、きっとアレね。神様への供え物。でも、どうしよう、私そんなの持ってこなかったけど。まぁ、最悪はスマホでいいわよねっ。文明の利器をお供えすれば、次の人生も期待できるかもしれないし。
一台、また一台と、入門していき、やっと私の番が回ってきた。
前の馬車が通るときには、何か通行証のようなものを出してたけど、大丈夫かな。厳つい門番がこっちを向いている。何て言われるのかしら。チョットドキドキするわね。
「おい、通行証をだせ」
威圧的な口調で言われて、思わず固まる私。
「へい。こちらでございます」
あれ、なぜか私の番なのに、後ろの馬車が優先された。
というか、私に気づいていない?
えっ、天界でも空気なの?
さすがに死んでまで、その扱いはないんじゃない?
というか、普通に素通りできちゃったし。
後続の馬車に轢かれないように、私はいつものように脇に避ける。今、私の目の前を後続の馬車が通っていった。
あれれ、どういうこと?
本当に気づいていない。というか、前世と変わらない。
うん、私もうすうすは気づいてたのよ。ここが天界なんかじゃないってことに。 車に轢かれて死んだのに、ピンピンしてることがおかしいものね。しかも、あの世へは金は持ち込めないとか言うけど、私のスカートの中に財布があるし。
じゃ、ここはどこって話しに戻る訳だけど、そんなの知るわけがない。
門を抜けた先は街でした。建物とか中世風でボロいし。歩いている人の服装はみな地味だし。だいたい、道が石畳って何世紀の世界よ。
あ、わかった。あれだ。あれ。タイムスリップ。
事故の衝撃で、過去へ飛ばされたのね。ソロ部活動でよく読んだわ。時の旅人とか、ある日どこかでとか、メトロに乗ってと同じね。
でも、そうなると困ったわね。言葉は通じそうな気もするけど、さっき門番の言葉が分かったし。ここでも空気だと仕事はあるかしら。さすがに日本円は使えないわよね。
ん、あの女の人、何やってんの。馬車から降りたと思ったら、急にしゃがみ込んで。もしかして具合でも悪いのかな。
「あのぉ、どうしまし――」
ぎゃぁぁぁぁぁ、この人、うんちしてる。
きれいなドレス着てるから、てっきり具合が悪いのかと思ったら、まさかの、う、ん、ち。
もう、勘弁してよ。こんな大衆の面前で。空気の私でもそんなことしないわよ。
通行人は素知らぬ顔で通り過ぎるし。これが普通なわけ、あ、そういえば、昔の貴族とか外でうんちしやすいように、ドレスが膨らんでるって何かで読んだわね。そして、ハイヒールは汚物を踏まないように作られたって。よく見たら、街中至るところに落ちてるじゃない。
日本で生活してた私には、これはきついわ。
どうりで何か匂うと思ったのよね。天界は臭かったなんて、しゃれにならないわよ。天界じゃなさそうだけど。
でも、困ったわね。これからどうすればいいのやら。
立ち止まってても始まらない。街を彷徨いてれば、何か見つかるでしょ。
私は歩き出した。路上に落ちる異物をかわしながら。
お読み下さり、ありがとうございます。