第087号室 3rd Wave つるぎのまい
―――バリケード焼失の28分前………
高層マンションの屋上では団地攻略ガチ勢の三人と小夜が好き勝手していた。
アメリカンサイズのプールを組み立て、溺死体の浮いた貯水タンクから直接水を引いて階下の水の出が悪くなり、水道ホースでガスを引いてバーベキュー、ヤバ気な臭いが立ち込める。陽気なレゲエミュージックにつられて陽キャが集まり、24時間体制でパーティーが行われていた。
喧騒の中、誰かが対岸のマンションを指差し、ゾンビが飛び降りたと声を上げた。
熱狂する住民達の声に惹かれ、隣の屋上から次々にゾンビが現れては飛び降りるたびに歓声が上がる。やれ何メートル飛んだ、やれ今のは新記録だ、などと野次る声に応えて徐々に飛距離が伸びていく。
湧き上がるゾンビの収まる気配は無いどころか、勢いを増す一方で、健康な人間と同じ速度、いやそれよりも速いのでは無いかという速さの走りを見せたゾンビが、屋上の縁ギリギリを踏み切り大跳躍、驚いた住民達を一歩退かせて黙らせると共に、バリケードの内側に落ちてアスファルトを窪ませミンチになる。
堰を切って溢れ出したゾンビの大軍が怒号を上げて後に続き、住民達は余裕を失い恐怖を覚えた。お立ち台でバブリーダンスを踊っていたサモニャンが動きを止め、ビーチチェアで肌を焼いていたジャックが呪印を結び半身を起こす。
ビル風を偶然とらえたゾンビが一体、マンションの谷間を越えて下の階に突入し、ガラスを砕いて四肢をバラして絶命し、覗いていた住民の中から悲鳴が上がる。客足の途絶えたバーベキューコンロの横でエイプリルが肉切り包丁を擦り合わせた。
試行回数を増やす内、マンションの谷間を越えて中階に激突するゾンビの数は増えてベランダを血と肉と骨で汚し、脳髄と内臓をクッション代わりに即死を免れたゾンビが這いずり部屋へと進入する。
「さすがに、屋上まで飛び越えて来るゾンビはいないでしょう?」
小夜が囁くと同時にゾンビを掻き分け、姿を現したお手打ちお手伝いのシンソヒアが大跳躍、軽々と屋上を飛び越え人混みに三点着地で住民をなぎ倒し、すかさず毒牙を立てて眷属を作り出した。
「今コイツ、隣の屋上から飛び移って来たか?」
バーベキューの売り上げを仕舞いながらエイプリルは、まるで小夜が相手を呼んだかのように悪態を付き視線を投げた。睨まれた小夜が半目で応える。
「此奴はゾンビじゃない。ソヒィでしょう?」
「なお悪いんだよなあ、たしか雑魚ソヒィならこれで隙を晒すんだっけ?」
肉切り包丁を舐めるエイプリルに笑み、メイド服のスカートを摘まみ恭しく会釈を返すソヒアのスカートの裾から、大量の刃物が雪崩れ落ち床を滑って一面に散らばった。
「効いてない………」
「固有レアリティ持ちじゃあない?」
滑って来た刀剣を足で蹴りながらエイプリルが流し目、目端の小夜がアヘ顔で逃げて行く。
撒菱のように屋上を埋め尽くした大量の刃物は逃げ出した住民達の足を鈍らせ、足元を気にしないソヒアの眷属が新たな犠牲者を連鎖的に作り出し、刃物の上に寝転ぶと肉の絨毯となって主の足が刃に触れることを防いだ。
「私知らない、後は任せるから」
えっちらおっちら、たたらを踏んで階段に急ぐ小夜の前を逃げ惑う住民達が塞ぎ、「あの!子供優先!!わたし子供だから!!」と情に訴える小夜の声は眷属の怒号に搔き消されて階段とは反対方向に追いやられ、同じ境遇の住民とボロボロの貯水槽の上へ押し上げられた。
ソヒアがロングスカートの裾を翻すたび、ナイフに包丁、刀にのこぎり、統一性の無い刃物が床に散らばり火花を散らす。
『皆様何処へ行くというのです?ココからが楽しいトコロだというのに』
ソヒアが裾を払った拍子に特大の舶刀を両手に取り出し、大まかな狙いで投擲すると空中で八つに分かれて一面を斬り払った。
エイプリルは諦めたようにため息をつい身体を丸めると、一応の防御姿勢でカットラスを受け止め、裂けた皮膚の隙間から鋼鉄の機械化された骨格をのぞかせる。
サモニャンも両腕で頭を抱いてカットラスをガード、パックリと開かれた傷口から滴る血も膨れ上がる筋肉に押し止められ、軋む骨格がその身を巨大化させ、刃物を物ともしない強靭な皮膚を持つ超人へと変容する。
背面から倒れ込むように大きくのけ反ってカットラスを躱したジャックは、足を浮かせ重力を無視した伸身の後方宙返りで宙に浮き上がり、頭を下にして頭上に手を伸ばし、床に散らばったカットラスを拾い上げると、呪術を籠めて投げ返した。
『アラ?妙なのが混ざっていますね?』
スカートを捲り青龍刀を抜いたソヒアがカットラスを弾き落とし、サモニャンの掴みを潜って膝蹴り。鳩尾を抑えて沈むサモニャンの首へ青龍刀を叩きつけるが、エイプリルが鋼鉄の義手を挟み込んで止めた。
「サモニャはスロースターターなんだ。もうちょっと、待っ『イヤ、そんなコトは知らない』………!」
言い終わりを待たずに攻防が再開される。ソヒアの襟元から翻ったアイスピックが、エイプリルの鼻の穴に突き立てられるも刺さらない。攻撃の隙を突きエイプリルの文字通り鉄拳がソヒアの鼻を砕いた。
『………スン、人間の硬さじゃないわね』
「脳みそとか、真っ先に対策するところじゃん?」
エイプリルは肉を掴めば引き千切ること容易な義手で組み着こうと前に進み、ソヒアは折れた鼻を無理やりに引っ張り出すと、身体の影間から手繰る得物を一刀ごとに持ち替えて、滅多打ちに斬り刻む。
「そんな鈍じゃあ、私の身体は切れねえ!」
『なら、こう言うのはどう?』
襟を緩めたソヒアが一本の短い金属製の筒を取り出し、つまみを回して起動スイッチをカチリと入れる。
短筒の上部から眩く光るプラズマが吹き上げて刀身をなすと、理外の刀剣、荷電粒子刀がエイプリルの身体を舐めた。
とっさに腕を突き出し頭部を庇ったエイプリル、義手の人工皮膚は炭化して花吹雪、外骨格が爆熱で溶解し血飛沫のように吹き荒び、内側の駆動部までが赤熱して鉄雫を垂らす。
「あ!?それ、何か見たことあるかも………!?」
「荷電粒子刀、URの得物よ?」
刀身(?)に重みを持たない刀剣(?)を見栄え良く振り回すと、光刃が空気中の細かな塵や水分を打って耳障りなノイズを掻き鳴らし、エイプリルの装甲を少しづつ、しかし確実に剥がして行く。
「ふざけんなよ!?お前ら!!いつまで一人でやらせる気だ!??」
エイプリルの怒号に眷属の処理を諦めたジャックが応える。ナイフを投げつけソヒアを受けに回させると、さらに印を結び思念動力で刀を浮かせ斬りつけた。
ソヒアは宙を舞う刀に驚きもせず荷電粒子刀を重ねて蒸発させ、側転しながら殴りかかって来たサモニャンの顎を二度蹴って仰け反らせた。
「三人がかりで圧されてるとか雑魚くない………?ちょっと、恥ずかしくないの??」
「うるせーーっ!!チョロ毛も生えてないようなガキが!大人ナメてんじゃねぇええ!!!」
貯水タンクの上から切羽詰まった小夜の暴言が、精いっぱいやってるガチ勢を襲い、余裕の無いエイプリルが大人気なく罵った。




