第079号室 星を仰ぐ………
人の形を模っていたとしても、溢れ出す雰囲気が明らかに人外、グロウゼアは未来予知を可能とする閻魔の魔眼を用いて、ネクロマンスヴァンパイア、ソヒィちゃんの力量を測った。
一度目の未来予知、間合いに入るや否や見てからでは間に合わない剣閃が胴を薙ぐ、素手どころか水着の相手に警告無しの一撃必殺、あまりの容赦の無さに何故かと問えば、初めが肝心と訳の分からない答えを返される。
二度目は見る前から動いて難無く白刃取り、引き寄せて相手の首を片手で掴み直角に圧し折ったが致命傷には至らないらしく、柄打ちで鼻を潰され、怯んだ隙に鼻を押さえた腕ごと首を跳ばされた。
三度目、深く踏み込み間合いを殺して初太刀を打たせず、両腕を掴み胸部に膝蹴りを入れるが手応えがない。相手の見せたお尻を突き出し、脚を揃えて膝を伸ばし足首を起点にした小さな跳躍、これだけの動作で膝は躱され、代わりに肘から先を背中に回して翻された刀で、顔面を削ぎ落とされた。
思わぬ手練れの登場に頰が熱くなり、気分が高揚する。四度目、五度目と試行回数重ねる毎に打ち合う時間が延びていく。打撃に対して異様な耐性を見せ、骨折も意に返さず、急所打ちも致命とはならない。予知の末、遂には得物を奪うに至りここぞと振るえば、ソヒィの素手で鎬を削る荒技に刀をへし折られ、跳び後ろ回し蹴りを首に受ける。
しかし、刀の処理を終えた時点で勝負は付いていた。こと肉弾戦においてグロウゼアは最強の地位を欲しいままにしており、ソヒィの踵は強靭な頸椎一帯の筋肉群に撃墜される。
攻めあぐねるソヒィに逡巡許さず、グロウゼアの攻め手は綺麗に決まり、まだ試されていない締め技を掛ける。関節を極め膝を蹴り付け地面に片膝立たせ、死に体の相手にゆっくりと腕を回して首を締め上げた。
数秒と持たずに首の骨が砕ける。動脈は引き裂け散らばり静脈と絡まる。声帯の軟骨は潰れ、気管も食道も隙間が消えて無くなる。ソヒィの首は密度を上げて細くなり、肉の押し除けられる様が、鬱血した皮膚の下で虫のように蠢いて、肉の潰れる音を立てる。
それでもソヒィは死に至るどころか、窒息する気配すら無い。勝ちの見えない勝負にグロウゼアは戦意を喪失した。
「なんだコイツは?やってらんねぇ〜〜」
次の予知では刀を奪うと、打ち込む前に組み伏せて、呆気なく首と四肢を別ち断ち、なおも瞳をしばたかせて睨む首を霧の中へ蹴り飛ばした。
(まあ、殺すばかりが勝負の決着ではないか)
そして、未来は今になる。ソヒィと視線を交えながら、グロウゼアは流石に達磨落としは体裁が悪いだろうかと考えを改め、もう一度、予知をと考えたところで時間切れ、思わぬ伏兵が声を上げた。
「待って、私に闘わせて」
水着姿にランドセルを背負った少女、小夜がツイストダガーを掲げて飛び出した。
グロウゼアの予知には穴があった。未来を見ている間も実時間が経過するのだ。結果【今、動けば十秒後にこうなる】という事象を【十秒前に動いていれば今、こうなっていた】と観測しているに過ぎず、小夜の行動はグロウゼアが動かなかった結果であった。
(時間を掛け過ぎたか、やはり、人が多いと読み切れない部分が出てくる。しかし、この子供、何をする気なのだ?)
グロウゼアが見透かす未来の情景を数秒遅れて小夜が模倣する。
「出たわね、ソヒィちゃん?私と一騎打ちしましょう?」
「あら、ご挨拶じゃな~い??まあ、いいけど?勝負は見えてるものネ!」
間合いの外で立ち止まった小夜が、ツイストダガーを眼前で横に寝かすとおもむろにペロっと舐めた。
「ペロっ………」
「!………ほう」
「え?なに………??」(何だ??)「え?えっ??」「どうした??」「ちょっと?」
小夜の威嚇に住民達は思考を阻害され、ソヒィは、はっと息を呑んで刀を燻らせ鍔に接吻をすると刀身を舌先でなぞり始める。
「チロチロ、チロチロ………」
「「「何が始まったんだ???」」」
小夜が自慢の長い舌をまろび出し、立てた小指で切っ先を固定して、ねじれたダガーの刀身へ舌を巻き付けて渾身のストローク。ソヒィも負けてはいない、器用に指を這わして刀を縦軸回転、ハート型の波紋に合わせて舌をタップする。
「じゅるぅ!オォオオ!!」「ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ………!!!」
「「「これはもしかして、すごい、ごかくのたたかいなんじゃないのか???」」」
しかし、三角形の刀身を持つツイストダガーは、こと舐めるにおいては既存の刃物に追随を許さず、武器の性能差によって徐々に優位が小夜に傾き始めた。
小夜が直立させたダガーの溝に長い舌を流し込んで高速回転、白目を剥いて天を仰ぎ完全に理容室のアレの様!!常軌を逸したペロペロに住民は静まり返り、ソヒィちゃんはこのままでは敗北必至、だが諦める訳も無く起死回生の禁断奥儀を披露する。
「ペロリィ~~~~~ン………」「………そ~~ぅ、まだよ!これでどうかしら?」
「「「ごクリ」」」
固唾を呑んで行く末を見詰める住民達の前でソヒィは片膝を立てて刀を翻し、切っ先を頭上に掲げると喉を鳴らして刀身を呑み込み始めた。
「「「おぉおおおおお!!!」」」
沸き上がる歓声、驚愕に掌を打ち鳴らす音が響く。一度の突っかかりも無く刀は呑み込まれていき、鍔が唇に触れて刀身は完全に見えなくなる。ソヒィは鍔を咥えて固定すると両手を離して大きく広げ【完飲】を証明した。
「スターーー☆ゲイ☆ザァアアーーーー「隙ありィイイ!!!」あああああああああーーッ!!!」
「「「わぁああああああ!?!?!?」」」
凶器を呑み込み全く身動きの取れない状況、この致命的な隙を小夜が見逃すはずも無く、横合いからのダイビング・ヒップドロップ、ソヒィちゃんは一撃で沈黙した。
「フフン、ソヒィちゃんには攻略法が確立されているのよ?」
呆気に取られる住民達をよそに小夜は、星のエフェクトをきらめかせるソヒィの額から豪奢な装飾が施されたカードを剥がした。
「わからんな、今のは闘いではない」
溜息をつくように喉奥を唸らせたグロウゼアが、小夜の脇から哀れなソヒィの亡骸を覗き込み、数を減らしていくエフェクトにまた首を傾げる。
「わからん、なんだこのキラキラは?それに死体の姿が変わっている。さっきまでとは別人だ、これではそこらのゾンビと変わらんではないか」
「そうよ?憑依霊だもの。こっちのカードが本体なの、殭屍みたいなものよ?」
小夜の差し出したソヒィの姿が描かれたカードを受け取り、グロウゼアは口をへの字に結んでやはり分からないと首を振る。
「フフン、慣れればザコよ?ただ、正攻法で倒そうと思わないことね」
「しかしな、闘いとは命のやり取りなのだからな………」
強敵の呆気ない散り様に不満を隠せないグロウゼアは、無造作に腕を伸ばしてソヒィのカードを小夜に返すと、代わりにソヒィの依り代となっていたゾンビに腕を噛まれた。
「「あっ………!」」
―――
ウィルス性ゾンビに噛まれ、感染した疑いのある住民達が隔離されたマンションの屋上で、グロウゼアは既に治癒しつつある腕の噛み傷を眺めた。
「なんとまあ、臆病な奴らだ。ゾンビに噛まれたくらいで、ナニをそんなに心配するコトがある??」
グロウゼアはドアの軋む音に振り返ると現れた、ゾンビに成り立てらしい感染者に悪態を付く。
「ハッ、噛まれてゾンビになるような奴は、気合が足らんのだ!」
酷く膿んだ噛み傷だらけの両手を突き出し、小刻みに震えながら迫る新鮮なゾンビに対して、グロウゼアは身体の正面で腕を交差させ、数歩分の助走を付けて正面から激突すると、裏諸手打ちでゾンビの胸部を破壊し屋上から噴き飛ばした。
ラスボス、死亡!!




