第007号室 魔鏡
陰鬱と薄暗いマンションの中程、カタカタと整備不良の換気扇が音を立てて回転し、寿命間近の蛍光灯が乾いた放電音と共に点滅しながら、青白い光で共用のランドリールームを照らし出す。そんな中、スクール水着にランドセルな小夜は、着替えが欲しいと勝手に洗濯物をひっくり返していた。
洗濯機に溜まっていた水で身体に付着したガソリンと赤錆を濯ぎ、バスタオルで拭い取る。送風機の前に座り込んで髪を乾かして、白地のヨレヨレになった大きめのパーカーを羽織り、革靴と紺色のソックスを脱ぎ、水玉状に穴の開いた偽ブランドのゴムサンダルに素足で履き替えた。
流し台の鏡に姿を写し、髪型が決まらないと毛先に指を絡めて捻る。ガソリンに錆水を被ったのだから、これは一度トリートメントしなきゃ駄目ねと、団地内サークルの草野球チームのロゴが入った、黒いベースボールキャップを深く被り、取り敢えず繕った。
帽子の角度や着こなしの微調整をしていると、突然鏡との同期が途切れ、鏡の中の自分が睨み付けてくる。血涙を流し、顔面の皮膚が断裂するまで口を広げた鏡の中の逆小夜が、絶叫しながら鏡を突き破り両手を順小夜の首に廻す。
順小夜がフフンと鼻を鳴らしながら一歩踏み出すと、首を狙った逆小夜の両手が打点をズラされ順小夜の背面で交差する。殴りつけるように順小夜が鏡から出てきた逆小夜の襟元を両手で掴むと巴投げ、自分はランドセルで受け身を取りつつ、鏡から引き摺り出した逆小夜の脳天をランドリールームの床に叩き付ける。
「ぱんぱかパ~ン………☆」
ずっと鏡の中に居られれば、どうしようもなかったのだが、相手から出て来てくれるのなら話は別で、海老反りで跳ね上がる逆小夜の首を小脇に抱え、ジャンピング・ネックブレーカー・ドロップ、首を圧し折る。
なお立ち上がる逆小夜の鳩尾へ前蹴りから透かさずタックル、両足を抱え上げお尻からドラム洗濯機に押し込む。
ドラムからはみ出した足首を掴んで投げ込み、這い出そうと抵抗しドラムの縁に掛けられた逆小夜の指が、勢いよく閉められたガラス扉に挟まれて拉げる。それでも足掻く逆小夜へタックルするように扉の開閉を繰り返し、完全に逆小夜を洗濯機へ閉じ込めると、洗濯機の電源を入れ適当にモードを選択、洗濯を開始する。
金切り声を上げる逆小夜が収まった洗濯機の扉にロックが掛かりドラムが回転を始める。徐々に加速する洗濯ドラム、暴れる逆小夜も直ぐに遠心力で押し付けられ指一本動かせない様子、それにしても回り過ぎでしょうと、洗濯機のモード表示を見て驚愕する。
【団地脱出速度乾燥】
「ウソ………!?ここから出られるってこと………っ?」
一瞬都合良く解釈し、期待に胸が高鳴ったが、際限なく加速を続ける洗濯機と、その中で何処までも薄く引き伸ばされていく逆小夜を見て、これは使えないでしょうと冷めきってしまう。
「フフン、これはない………」
辺りの空気がざわつき途端に膨らみ始める洗濯機、ドラムの中が輝きミラーボール状態へ、プラズマやレーザー光が眩しく弾けたので、ちょっとこれは離れた方が良さそうと、少しだけ行く末が気になりながらも踵を返しサイドステップ。直後ドラムの中心がスーパーノヴァしてガンマバースト、マイクロブラックホールが誕生と同時に消滅して暗転………
「あら………?」
………ランドリールームの一画が直径4mの球状に刳り抜かれ、重力波が団地中を駆け巡った。
「ぎゃ!!!」
幽霊や悪魔、怪物に異形だけではなく、人知を超えた意味不明、理解不能な家電や雑貨、衣服に食べ物と、人々を貶めること妥協無しと、この団地は生意気かます少女へ言葉無く示したのだった。




