第062号室 深淵神殿 グローリーホール
………………………………ぱらぱら♪ぱらぱら♪♪前売り即日完売御礼!!!このカタルシス、全てのモノを過去にする!!団地ご禁制のぶっ飛びDead・or・Live!!!近日、開幕ぅう!!!!(ぱらぱら♪ぱらぱら~~~♪♪)この禁断症状、君はもう抗えない。
………………~~~~♪♪♪
「あ〜、前売り買ってたのに、無駄になったわね…」
画面の割れたタブレット端末で、動画配信を観ていた小夜が呟いた。
立ち上がった客船の火災が収まり、上流から流れる水はおそらく水道水なのだろう、決壊したダムの底、”水底団地”に僅かに残る湖の泥水と入れ替わって透明度を増していく。
異常性が失われた事を示すように澄んだ湖の中から、人魚のローレライが現れ、髪をかき上げながら笑顔で手を振る。
「間欠泉、見つけたわよ〜〜!瓦礫が吞み込まれてたから、ちゃんと機能してるみたい」
朗報を聞いた住民達が小さく声を上げたり、安堵のため息をついたり、喜びの感情を落ち着いた様子で表現しローレライのもとへ集まり出す。
念入りに止めと指揮触の焚き火を囲んでいたボブと教授が、良い匂いがするんですよとお腹を鳴らす中、遠くから走り寄って来る人影に気付いた。
「あれは………カニ頭じゃないのか?………痩せたな〜」
筋骨隆々だった筈の魚人の男達の痩せた哀しい姿にボブが眉を寄せる。
「フン、どうせユーナとかいう性悪女に、全部吸い取られんたんでしょ?」
ヨリを戻したげな魚人達の全てを見透かして、セイレーンがキツく睨み付け、何故か傍に居ただけの小夜が咽せる。
「…?どおしたのよ?……?そう言えば、あなた何処かであった気がするのよね~………??」
「あ……いえ……初対面です」
顔を背ける小夜をセイレーンが不躾に凝視して、記憶の糸を辿っていったが、ローレライの急かす声に中断される。
「今更帰って来ても、も~う遅い!みんな!あんな奴ら置いて行くわよ!早く早く!潜水艦に乗って乗って!!」
これ幸いとセイレーンから逃げた小夜が、潜水艇に駆け込み人間達も後に続く。
「いや、気のせいね」
記憶に蓋をしたセイレーンが湖に入り、人魚達の先導に従い潜水艇が途中、漂っていたドクターを引っ掛けて進む。
人魚の先導は比較的ゆったりとしたものであり、痩せ細った魚人達でも、血反吐を吐いて泳いだならば追いつけるだろう速度だった。
ーーー
それなりの平穏を取り戻した”水底団地”の一画に存在する押し寄せた瓦礫に隠されたダム穴、グローリーホールは深淵へと落ちる縦穴であり、滴る水滴が空気を震わせ、叫びにも似た空鳴りが反響して静寂を押し流していた。
グローリーホールを降り団地ダムの更に地下、地中深くを刳り貫いて造られた治水施設、団地外郭放水路には、太く楕円形で古く白茶けたコンクリートの巨大な柱が等間隔で並び、頼りもとない発光生物の蒼白い灯りは、足元ばかりを照らし出して天井と四方の壁を暗闇に隠し、無限に広がる”深淵神殿”を重苦しく荘厳に表していた。
………………ぱらぱら~~~~♪♪♪
「あれ?あたし前売り買ってたっけ??」
携帯端末をながら歩きで覗き込む女性、低めの身長、幼いとも見えるその肢体、左目には医療用の白い穴あき眼帯がはめられ、お姫さまカットのミドルヘアーは真っ白に色素が抜けており、素肌の上に直接羽織ったオーバーサイズのトレンチコートは肩からズレ落ち、端末を持つ腕とハイウェストに結んだレースのベルトで、辛うじて身体に引っ掛けている。
「最前席を確保しておきましょう」
「………ぅーん」
背後の影から現れたシルクハットを目深に被った、紳士風の異形の提案に生返事を返す。
「二階席も取っといてよ」「はい?」「だって、その方が人、沢山、見降ろせるでしょう?」
「………左様でございますか、ではそのように」
「………ぅーん」
ほのかな薄明りの中、ふと歩みを止めて端末から顔を上げた女性が、目蓋を細めて透き通るような深淵の向こうに目をやる。ただ事ではない気に当てられ、彼女を護るように六つの屈強な影が背後の闇から現れた。
細身の燕尾服に目深シルクハットで杖を持つ長身のジェントルローチ、執事服をはち切れんばかりに胸板で膨らました能面顔のオウルバトラー、全身ブラックレザーのポリスファッションで仁王立ちはディアベルオフィサー、短パンにガーターソックス貴族学校制服のキューピーポー、鮮やかな道化服にオペラマスク物腰柔らかなピエロロメロ、そして一際目を引く上品に絞られた筋肉質の肉体に太いストライプの腰巻と宝石輝く金属器を纏ったストゥムアヌビスが我らが女王様を囲む。
たとえ種族の異なる者であったとしても、あるいは敵対するべき異形の類いの者であったとしても、はたまたその気の無い同性の者であったとしても、彼等を一目見たならばその美しく端整な容姿に息を呑み、洗練された見目麗しい立ち振る舞いに心奪われたであろう。
個々の趣向は違えど、それぞれに大人の色香を漂わせ魅力的な雰囲気の所謂イケメン達を侍らせたハーレムの女王様が、長い舌をくねらせビー玉ほどの泡を作ると、唇を尖らして息を吹きシャボン玉として飛ばした。
唾液のシャボン玉はふわりと浮かび、突然、何もない空間に張り付いて半月状に潰れると、一拍置いて弾け飛び、鉄を貫いたかのようになるまで圧縮された風切り音が轟くと同時に、アヌビスが剛腕を振るい、女王様のお御髪を揺らした。
「うぅ⤴︎こっわ~~い♡」
青筋立てて中空を握るアヌビスの掌から血液が滴り、不可視の魔槍の形を浮かび上がらせてゆく。
「まったく、顔隠さなきゃ、パンチも出来ない訳ぇ〜〜?女々しいヤツねぇ〜〜〜??」
ギリギリと奥歯を噛み締め、女王様を貫かんとする魔槍を押し止めるアヌビスの献身を試すように、女王様が槍に向かって一歩踏み出し、アヌビスは苦悶の声を上げつつも見事に槍を押し返し、その正体を、三千世界の理りを解し、目眩く悠久の時に君臨する、貪欲なる水底の邪神、あらゆる全ての悪意の権化、団地ダゴンの創造主、老獪触の姿を暴き出した。




