第059号室 水底団地 リップサービス
「このっタコーーーッ!!!イキってんじゃああ無いわよーーーッ!!!」
興奮して我を忘れた小夜が指揮触を死体蹴り。質量に押し返された足を振り上げストンピング、粘液に足を取られてバランスを崩す。
「待て!まだ生きてる!!」
「はぁああ!?」
教授の忠告に小夜が振り返った刹那、機能を失った頭部を握りつぶし、別の触手を変形させて新たな頭部を生み出した指揮触が触手を広げ襲い掛かり、擬態触にきっちり止めを刺した四人が大童で割って入った。
『『『『『『『『ヨクモ!よくもオオ!!ぶっ殺してヤル!!!』』』』』』』』
「死んだふりとか恥ずかしぃ~ヤツぅ⤴︎」
ボブの投げた三叉槍が、再び向き直る小夜の鼻先を掠め、指揮触の肩口を貫き仰け反らせる。勢いに任せて上半身のみ一回転、反動を制御した指揮触へ、疑似的アラクネと化したシスターが前方一面に放出した糸を手繰り寄せ、全体重を乗せた蜘蛛糸手繰、小夜の頭上を越え膝から激突する。
「負け負け!もうムリだから、逆転できませ〜〜ん!!」
指揮触がシスターを払い除け、引き抜いた三叉槍を小夜へと振り下ろす。ダヴィの刀の切っ先が三叉槍をなぞり軌道をずらして燕返し、硬質化させた触手に阻まれついに折れた刀身が、指揮触の新しい首を貫通する。
『グぇ…』「はぁああ!!折れちまった!!!」
同士討ちを恐れて、接近し過ぎた教授の重機関銃に触手が絡み付き、銃口を空へと向ける。槍を奪い返そうとボブが組み付く。全身を締め付ける触手にも怯まずシスターが渡り合う。ダヴィが中程から折れた刀を突き立て、指揮触が触手の白羽取りで押さえ込む。
四人は全ての手足を、指揮触も全て触手を使い切って絡み合った結果、ひと時も力を緩める隙の無い完全な拮抗状態が生まれ………
『『『『『『『『何らチカラを持たヌ、下等生物めガ、我らダゴンを
舐メ腐りおっテ………!!!』』』』』』』』
「はぁ~~~??舐めてんのはアンタでしょ~~う??」
………ただ一人、小夜だけが完全に自由な状態になった。
指揮触の頬を平手打ち、ベットリと纏わり付いた粘液に、小夜が顔を歪めながらも二度三度と勢いを増して叩き続ける。
「何よ、その声、喋り方、なんでエフェクト掛かってんの?それカッコいいって思ってるんでしょ?やめてよね?耳が腐るわ(笑)ほらほら!!何とか言いなさいよ!?」
『『『『『『『『このガ「おい!きぃ~~~~~~~もい!だ〜ま〜れ♡ほら、喋んな♡ちゃんと『貴様が黙れ!!!』うっ………!!」
呆気に取られる大人達の隙を突いた指揮触に触手のビンタを返されて、口の中を切った小夜が血液混じりの唾を吐き掛ける。
「プッ……!このクソムシがぁ………!こんな意味わかんない世界、連れて来られて迷惑なんですけどお??」
『『『『『『『『何を言っていル?「またその声!」この世界ノ有り様は、どう見テモ貴様ら人間共の建築様式では無いか???』』』』』』』』
「!?………ああ………確かに」
「………てか、うっざ、正論言えばマウント取れると思ってんの〜?詰まんないわね⤵︎⤵︎⤵︎まるで使えないのね、役立たず、ゴミクズ、おい!なんとか言え!!何がダゴンだ、頭足類!コッチは人間様だ、崇めよタ〜コタコタコ、タコ星人!!なんなの?その頭!そんなんもうチンコじゃん!!」
「えっ、ちょっと、こら!あいたたた………」
触手と組んず解れつのシスターが卑猥な言葉に反応して、小夜を窘めようと身動ぎ、触手が余り目の肉に食い込んで説得力を無くす。
「小夜ちゃん?何を………!?」
小夜が身体全体を使った平手打ちを噛まし、反対に掌に痛みを覚えて手を止め、必死に触手を抑え込む教授の背中で粘液を拭うと、次は指揮触の口元から髭のように伸びた触手を掴み、乱暴に引き千切る。
「これ何?この触手、ヒゲのつもり?あんたこれ、カッコイイって思ってるんでしょう???ナイからぁ〜〜!!マジ無いからぁ〜〜!!ヒゲ剃っとけやー!!!ヌルヌルきもいんだけど??えぇ???やだ最悪ぅ~汁ついた、汁漏らすなや、汚ったない汁出すな!乾いとけ!雑魚!ザコ!!ざこ!!!ざぁ〜〜こ!!!!」
小夜が触手の髭が無くなりスッキリした顔の輪郭に指を掛け、下顎をクイッと持ち上げる。
「う~~ん、髭ありの方が良かったわね………」
「クソガキが!!調子こいてんじゃあねえぞ!!」
「ダガーはどうした!?武器を使え!!早く止めを刺せーーーっ!!!」
いい加減にダヴィがキレた。ボブの指示には怒りが滲んでおり、シスターの特大な深呼吸も響き渡る。
「無能、ねえ、あんた土下座しなさいよ!?まだ、舐めんてんでしょ?人間舐めてんでしょ??おい土下座、舌だせ…舌、した、ほら、靴舐めろ、ほら、ペロペロ、ぺろぺろっ!おい、頭足類!人間様の靴の味はどうだ!?」
小夜の蹴り出した足に指揮触が噛みついて靴を奪う。
「………お!マジやめろ!なーめーんな!汚ったない!!ふざけんなよ??ホントにやるとかプライド無いんですかぁあ〜〜???雑魚!クズ!!クッソタコ虫!!!靴パクってんじゃね〜〜〜!!!」
「そろそろ限界です………!骨が折れそう………」
ついに教授の体力が底を突き、徐々に均衡が崩れ始める。
「能無し玉無し、無し!ナシ!!なし!!!アナタ生きる価値が無いのよ、チョロすぎだわマジで!」
僅かに余裕の生まれた指揮触が、ようやく小夜に自身を害するだけの攻撃手段が無いと勘付く。そして、この口汚く罵る矮小な少女こそが、無防備な相手にのみイキリ散らす事が出来るどうしようもない雑魚だと理解し、安堵とも怒りともつかない嘲笑を浮かべる。
「おおん?なんだあ??その顔はぁ???笑いやがってナマイキィィィ!!さっさ、くたばっとけやぁああ!!!死ね!死ねっ!!死んじゃえぇえ!!!」
『『『『『『『『ワ~~~ッハッハッハッハッ………………!』』』』』』』』
小夜のパンチにキックはまるで効果が無く、指揮触の触手はボブの関節を極め、ダヴィを捻じ伏せ、教授を簀巻きに締め上げ、緊縛されたシスターのいつもは閉じられているのではないかと言うほど細く切れ長な目蓋が、薄く半目に開かれ、開き切って逆に無くなった淡い白銀色の瞳孔が、目端から小夜を射殺し、跳弾がちゃんと頑張ってた男子三人と指揮触を凍てつかせる。
「『「「「あ………!」」』」」
もごもごと蠢くシスターの唇が開く前に、小夜の身体が反射的にツイストダガーを拾う為動き出した。いち早く正気を取り戻した指揮触が反応し、この小娘だけは絶対に殺す、刺し違えてでも息の根を止めると全ての触手を自切し、相打ち覚悟の奥の手、本物の頭部を捻り出し、深淵の嘴で喰らいつく。
黒真珠色に濡れた巨大な嘴に、小夜の身体が頭から臍上辺りまで飲み込まれ、左右からギロチン状の段平が閉じられる。
油圧駆動にも似た体液の循環による顎の閉口は、少女の肉など焼いたマシュマロよりも柔らかく、かき混ぜたプリンよりも繊細で、温めた生クリームの方がまだ食感を楽しめるといった具合に圧壊、胴を二つに分断し、耐え難い激痛と悲鳴と共に、腹の底へと納め、生きたまま酸で焼くこと必然だったが、ランドセルを両断する程では無かった。
地図や書籍、小道具などで膨らんだランドセルを横方向から咥え込んだのでは、指揮触最後の奥義も不発に終わり、全く感情の読めない状態のシスターが膝、天上の蜘蛛糸、地を這うように糸を手繰って跳び荒び、二つ折りに指揮触の内蔵を掻き分け、小夜を吐き出させる。
「あはは………!!!い…いま、一瞬、真っ暗になったわ?」
身体を粘液に汚され、狂ったように腹を抱えて笑う。人差し指を側頭部へ反り返るほど押し付けてグリグリなじる。目玉をひん剥いて指の回転に合わせて上目遣いから白目を剥いて、三日月よりも鋭角に吊り上がった口元から、蛇のように長い舌を突き出し這わせる。所謂アヘ顔、これが小夜の最高にイキってる時の煽り方であった。
「ぺらいペライ、薄っぺらいのよ愚かしい⤵︎浅はかな考え、ホント笑えるわ♡何からナニまで、無駄な働き、ご苦労サマぁあああ⤴︎⤴︎⤴︎!!!」
小夜が小首を傾げ手の甲で両眼を塞ぐ、その指に掛かる引き抜かれたスタングレネードのピンが、これ見よがしに揺れて輝いた。
「スタングレネーーーッッッ………!!!」
普段小夜のランドセルのストラップに掛けられている閃光弾が無くなっていることに気付いたボブが咄嗟に叫び、全員が防御態勢を取って指揮触が敗北を悟る。
『『『『『『『『ーーーッア!!イア!!!クトゥル………………!!!!!』』』』』』』』
輝いた閃光と爆音は指揮触の体内を反響してくぐもった水音を鳴らし、油膜に似た虹を掛けて辺りを照らすと、失神して致命的な隙を晒させ、あとは気の触れた人間達にタコ殴りにされること想像に難くなく………
「いぃ~~~っ!ひっひっひっひっひっひっひっひっ!ひっ!!ひっ!!!………………!!!!」
………少女の愉悦に身悶え常軌を逸した莫迦笑いが、危うい勝利宣言を”水底団地”に木霊して伝えた。




