第047号室 ナイトクルーズ パワープレイ
声を詰まらせながら教授が真っ当な疑問を口にする。
『小夜ちゃん………!?何故そこに??』
「何故、私がここに居るかですって……?…………??………………???さあ?わからないわ」
『わからないですか………まあ、無事で何よりです。ところで、通信士の方に代わって貰えませんか?先程まで無線でやり取りしていたのですが、急に途絶えてしまいましてね?』
小夜とダヴィは一応、間を開けて辺りを見渡し、通信士らしき船員どころか、自分たち以外誰も居なくなった操舵室を確認してから答えた。
「クルーの人達なら、さっきまとめて殺られたわよ」
『そうですか………………妙なノイズが入ったと思ってはいたんですが、そちらの状況が音声だけだと、どうにもわからなくてね………』
「『………………」』
嫌な沈黙を早々に破ろうと、今度は小夜が素朴な質問をする。
「教授の方は何で、船がある事知っているの?」
『無線でSOSを拾っただけですよ………………ああ、そう言えば君、船を動かす事は出来ますか??』
「え………?無理よ」
『大丈夫、できます出来ます、最近の船はゲーム感覚で操舵できますからね。やって見ましょう、まずは、中央の船長席へ!』
「………うん?」
教授に促されるままに小夜とダヴィは船長席へ向かい、ディスプレイ画面が大きくひび割れ、システムの電源が落ちていることを教授に伝えたが、教授は諦めない。
「ざんねん、壊れて動かないわ」
『いいや、いけます行けます、バックアップがありますから』
「………………ううん??」
指示されるまま、前方のアナログ計器と小さな舵輪取り付けられた非常用制御卓を見つけた小夜、あまりにもちゃちな見た目にいける気がしてくる。
「あ、イケそう、これ」
『流石小夜ちゃん、その調子です。こう言ったものほど、直感的に動かせるよう出来ているものです。取り敢えず、また、座礁しないうちにダムの中央まで移動させて下さい』
「そうねぇ〜………私が船長よ!」
『よっキャプテン!!』
ガラスの抜け落ちた窓から横殴りの雨が差し込む中、大量の泥水とのたうつ波で、境界が曖昧になったダム湖と水面から突きだす高層マンション郡を続けて見比べていた小夜は、教授が前に言っていたダムの水を全て抜く作戦を思い出した。
「そういえば教授〜どうやってダムの水、抜くのだったかしら?」
『ああ、アレですか?目には目を、歯には歯を、ダムにはダムをで、まず、上流にある幾つかのマンションを目張りして蛇口を流し、マンション自体を巨大な貯水槽として水を溜めます。次に、十分な水量が確保出来たら一斉に倒壊させて瓦礫と水をダムに流し込み、濁流でダムの貯水容量を突発的に超えさせて決壊させる予定だったのですがね………「これで突っ込んだらダメかしら?」………おおっとぉ???』
小夜の狂ったアイデアを教授は反射的に否定しかけたが、彼女の天邪鬼的な性格を考慮して思いとどまると、彼女の合理的な思考に訴えかけた。
『そうですね~………団地のダムはその船には狭すぎます。十分な加速を確保できず、そのままで激突したとしても破壊できないでしょう。よしんば壊せたとして上の部分を少し崩す程度です。底を抜いた訳ではありませんから、意味が無いですね』
「ふ~ん、せっかく雨が降っているのに………」
『ええ、とっくに決壊していてもいい降水量だと思うのですが、思ったほど水位が上がっていないようです。何処か水の抜けている所があるのかもしれませんね~』
「じゃあ、どうするの?」
『多少は誤差の範囲です。水を溜めたマンションを同時に倒せば排水量なんて関係ありません。津波のように排水する間もなくダムを押し流せるはずです』
「へぇ、じゃあそれ、いつやるの?」
『そうですね~すでに十分な量の水が溜まっているはずですから~嵐が治まって、君が船から降りて、安全を確保して、それから~?もろもろ~~??ひぇ~~~………!??』
「………なあに?どうかしたの?………うん!?」
小夜と教授が無線で話している間、手持ち無沙汰だったダヴィは、ぼんやりと浮かび上がる夕焼け色の怪光に気付いていた。操舵室の横へとせり出したブリッジウイングから客船の後方を見詰め、驚きで開いた口を塞ごうと下顎に手を掛け押し上げようとする。
仄暗い乱雲の空へせり上がる水面に比例して、開いていくダヴィの瞳と大きな口、水底から現れた大質量の物体に掻き分けられ、流れ落ちる滝のような大波に巨大な客船が軋んで悲鳴を上げる。
徐々に光の大きさを増し、舞い踊る雨粒に乱反射して、この世の物とは思えないグラデーションの虹が無軌道に放たれ、団地の一室では教授が我が目を疑い眼鏡を外す。
そんな事、気にしない小夜は、客船をドリフトさせようと舵輪を回すも、安全装置が働き想定外の挙動を許さない。
ダムの奥底から現れたダゴンの頭目、支配触の半球状の巨影が雷の下、暗雲に照らし出され、その影を映した稲光は、支配触の体表でシャボン玉のようにのたうつ虹の如き触手と瞳の渦に吸い込まれ消える。
光を貪るように怪光の届く辺り一面の光源から灯火が失われていき、雷は音を鳴らせど光は見えず、風と雨は響けどある種の静けさを呼び、完全な暗闇が訪れる。
永遠にも感じられる闇の中で支配触が、ついに放ったその場に居合わせた全てのモノを悲運で呪う荒唐無稽に燐光はためく星喰う怪星は、光速の下、嵐の空を焼き尽くし、太陽嘲り天へと登れば、木漏れ日適当薄明光線の触手を降ろし、団地を遍く暴き尽くした。




