第024号室 闘技場 竜
墜落した西洋型ドラゴンが積み上げられたコンテナを薙ぎ倒し、爆撃にも似た衝撃と轟音を響かせ壁は崩壊、大蜘蛛から三度子蜘蛛が散らされ、ついでにシスターに張り付いていた子蜘蛛も散らされる。直撃を免れた異形がドラゴンと崩れたコンテナの脇を走り抜けようとして、出鱈目に踏鞴を踏むドラゴンに踏み潰される。
「これは、運が向いてきました!クモに感謝!………あれ?」
シスターが逃げ出す異形達に追随すべく機会を窺い、墜落時に痛めたのか後ろ脚を引き摺るドラゴンに隙を見出したが、神に感謝の言葉を捧げる中、仰向けに転がった子蜘蛛が正気を貪るように八脚を蠢かしたの目撃して思考がこんがらがる。
「………神に感謝でした」
人差し指を立て胸の前で左右に振る。まともに十字も切れない。一息ついて再び生き延びる事に意識を集中させるとまた新たな隙を認めて距離を詰める。瓦礫を飛び越え、死骸の間をすり抜けて、血溜まり踏み抜き飛沫を上げて、ドラゴンの死角を駆け抜ける。しっかりと活路を正面に捉えながらも視界の端ではドラゴンの動きを見逃さない。焦る気持ちを抑えて屈み無差別に振るわれた尾を躱す。ドラゴンが散らばった瓦礫と血肉に足を滑らせ態勢を崩し、仰向けの子蜘蛛に影を差した。
「あ!あぶない………!!」
ドラゴンをやり過ごす千載一遇の好機を棒に振ると、ドラゴンの巨体に押し潰されようとしていた子蜘蛛を引き寄せ飛び退ったが両足を挟まれてしまった。
「ああ!!バカな事をしました………!!!」
ブーツを残して右足が地面とドラゴンの間からすっぽ抜ける。右足で背を踏みつけ左足を抜こうとするがドラゴンが身動ぎ鱗がブーツを貫き肉に食い込む。考えるよりも先に身体が動いていた。蜘蛛の親子に慈しみを覚えていたのかもしれない。どうも親子愛には弱い。この大蜘蛛は、子蜘蛛がシスターに纏張り付いていた時、攻撃を止めていた。この大蜘蛛の技量ならば子を避けて頭のみ飛ばすことも出来ただろうに、万が一にも子を案じて牙を収めたのだ。見た目はどうあれその行動は、シスターにとっては子を思う母親の愛情を知ら占めるのに十分であり、言葉とは裏腹に子蜘蛛を庇ったことに後悔は無かった。
「………んぅ!!」
ドラゴンが立ち上がるのに合わせてシスターの左足も解放されたが削ぎ落されたブーツの切れ間から血が溢れ出す。傷の具合も確かめず立ち上がろうとし、激痛に脚をすくわれ崩れ落ちる。いまだドラゴンの死角であったが這って逃げ遂せる程の猶予は無い。
「やっぱり、プニプニしてる」
振り向くドラゴンの視線は無視して、組みつく子蜘蛛のお腹をくすぐり引き剥がすと母蜘蛛の方へ向けて押し出す。駆け付けた大蜘蛛が子蜘蛛を腹の下へ隠しと糸を紡ぎ子蜘蛛ごと腹に巻き付ける。
「そうそう、それならもう散らかりませんね………」
大蜘蛛がシスターを見つめ牙を剥き出し、ドラゴンの振り下ろした前足とシスターの間に身体を滑り込ませると、押し潰される前に脚を一本犠牲に爪をいなして、顎を撃ち出し指を撥ねる。痛みに吼えたドラゴンの払った尻尾がコンテナを打ち、異形を打ち、地面を削って跳ね上がり、躱し損ねた大蜘蛛を打つと、大蜘蛛の腹にシスターをめり込ませ壁の外へ弾き飛ばした。
「うぅ………あなたも………バカな事をしましたね………」
身体の芯から溢れ出す激痛、くぐもって反響する耳鳴り、二重三重に重なり赤み掛かった視界、喘ぎ悶えながら体を引き起こす。大蜘蛛はドラゴンの尾を受けた衝撃で片側の脚を全て失い、あれ程ふくよかに膨らんでいたお腹は引き裂かれ、体液を噴き出し萎ませていたが、腹の下に縛り付けた子蜘蛛達は全くの無傷であった。
片側の脚を失い弧を描いて進む大蜘蛛に寄り掛かり、前へ進めるように肩を貸し合う。痛みを堪え、身体に鞭打ち、後ろは振り返らずに進む。
先に逃げ出した異形の死骸の横を抜ける。新たな死骸に行く手を阻まれ斜めに舵を切る。とても踏み越えていける程の体力は残っていなかった。並ぶ死骸を横へ横へと躱していくと同時に違和感を覚える。どの死骸にも致命的な損傷が無いように見えた。毛の無い大猿のような異形の背中に光るナイフ、それを中心に渦巻くグロテスクな痣、苦悶の表情を浮かべ事切れた口元に零れた泡に気付いて、他の死骸も見渡し同じ特徴を見つけて戦慄する。
(毒っ!………どれも背中に!?)
振り返ったシスターが最後に見たのは、崩れかけたコンテナの上で人型の触手が外套を翻したかと思うと、空中に鈍色の線が引かれ自身の背中に突き刺さるところだった。




