第012号室 生き写し
団地というよりは古びた小学校の木造校舎を思わせる木組みの廊下、材木の乾燥した臭いが漂い、ガラスを斑点状の白い汚れに覆われ明かり取りの窓は溝にびっしりと苔類が繁茂して窓枠を固定しており、実質はめ殺しになっていた。
「………お願い、もっと泣いて」
小夜が吊るし上げた小人を揺らし、時折り前後に振って勢いをつけ一回転させる。虚勢を張り声を押し殺している汚らしい小人も、遠心力で身体が押し込められると、情け無い声を上げて人間には理解できない鳴き声を漏らし小夜の耳を楽しませた。
廊下を進む途中、壁の窪みにはめ込まれた塗料が剥がれ錆の浮き上がった消化器箱を開いて消化器を取り出し、代わりに身代わりに使い効力の失われた藁人形を詰めて箱を閉める。
「………!」
しばらく耳を澄まして箱の中の様子を伺っていると衣擦れの音が微かに聞こえ、さらに耳をそばだてると箱を内側から叩く音が鳴り、次第に大きく激しくなっていく。
小首を傾げると小人に流し目、特に意味も無く消火器箱を踵で蹴り付け、ポルターガイストを黙らせると小人を振り回した。
ーーー
図書室前の廊下に張り巡らされた紐に吊るされた鳴子を避け、足音をさせぬよう忍び足で、木の床を軋ませぬよう慎重に近づき、引き戸に手を掛け、叩きつけるように開け放つ小夜。
図書室内の水を打ったような静寂を、乾いた木材同士のぶつかり合う破裂音が引き裂く。気の毒なことに、入り口近くの開けた空間で団地の立体地図を作成していた人物が、驚きのあまり声もなく硬直して固まる。
「こんにちは、教授」
笑いを堪えてニヤ付く小夜を見て、還暦を迎えている割に背筋が伸びているせいか、一回り若く見える白人男性の教授は、躊躇いながらも懐から大口径の回転式拳銃を取り出した。
「うん、こんにちは………」
「あら………?やめてよね、子供に銃を向けるなんて………何のつもりなの?」
「君と連絡がつかなくなって、もう、十日経つからね。今、僕の前にいる君は、君のフリをした何か、別の物かも知れないじゃないか?だからまず、君が本物だという証拠を見せてくれないかな?」
「証拠?そんな物は無いわよ?私が本物かどうかは、あなたが自分で決めて」
目を見開き一歩進み出る小夜に対して再度、銃を突き出すように構え直し牽制する教授。
「じゃあ………その服はどうしたんだい?前に出て行った時とは違う服を着ているようだけど」
「フン、十日も経ってるのよ?服くらい着替えるわよ」
教授が務めて自然に見えるよう、小さく息を飲み込んだの事に小夜は気づき、じっとりとした目付きで見詰め首を直角に傾げた。
「いったい………何処で手に入れたんだい?」
「ベランダに干してあった洗濯物を貰って来たのよ。どこで取って来たか案内しましょうかぁ~?」
教授が恐怖で上擦る声を必死に抑え、銃の撃鉄を起こす。
「これは、昔、君から聞いたのだけど、記憶を読み取り擬態するようなタイプの物は、対象の長期記憶、つまり深層に刻まれた印象的な記憶を参考に擬態を創るんだってね?………だから、このタイプを見分けたければ、ごく最近の他愛もない出来事を尋ねると良いと」
「おっ?なになに、なになに??」
残像が出来る勢いで首を振る小夜、尋常では無いその挙動に思わず教授が引き金を引く。小夜が人間離れした速度で身を捩るも右腕を銀弾が掠めた。
「ちょっといたい!痛い!!何すんのよ!!」
右腕を抑え床に転げ悶絶する小夜を教授が冷たく突き放す。
「下手な芝居よせっ!それは僕と初めて会った時と同じ服じゃないか!」
教授が床に蹲る小夜の背中に銃口を向け引き金を引くより一瞬早く、小夜の身体が不自然な挙動で跳ね上がり、天井に背中合わせで張り付くと振り乱した髪の毛の隙間から教授を覗き込んだ。
「………あら、ばれちゃった?」
「いやぁ………」
痛みを感じる気配を微塵も見せず、糸が切れたように表情を無くす小夜、見る見るうちに眼底が沈み込み墨汁のように黒く、肌は灰のように白くなってひび割れ、粉を吹く。
「やっぱり偽物じゃないか!」
教授が頭部を狙って銀弾を撃ち込むも、捕食形態へ移行したドッペルゲンガーの反射速度は、銀弾の速度を上回り、側面へ回り込まれるように回避される。
「高説垂れずに撃てばよかったのに、甘いのね〜〜〜!!」
大口径の反動で仰け反る教授の隙を付き、ドッペルゲンガーが飛び掛かる。相手の白く鋭い指先が届くよりも速く、自ら倒れ込み巴投げの要領で、腹を蹴り上げ図書受付棚の反対側まで蹴り飛ばす。
教授がうつ伏せになって棚ごと撃ち抜く、一発二発と大穴を開け、三発目が棚を吹き飛ばすと影からドッペルゲンガーが飛び出し、天井に張り付いて教授に狙いを定める。
ドッペルゲンガーが天井を蹴って勢いを付け再度飛び掛かる。途中、身体を捻って教授の放った銃弾を躱し、向き直るように態勢を入れ替え教授を跨ぐように着地、リロードに手間取る相手を組み伏せる。
「あぁ………」
教授が諦めの表情を浮かべつつも膝蹴り、ドッペルゲンガーの股間を打つが死相に覆われた小夜の顔は顔色一つ変え無い。耳まで裂け鋸状に生え揃った牙の並ぶ口を剝き出しに、教授の首元へ齧り付こうと振り被り、頭をもたげ口腔を限界まで拡げると、横合いから打ち振るわれた消火器に顎を砕かれた。
「小夜ちゃん!!」
消火器を携え現れた本物の小夜に驚き、年甲斐もなく喜ぶ教授が声を上げる。
「いいタイミングだ!!」
「ええ、初めから見計らっていたんだもの「うん?」当然よ」
突然の横槍を受け、教授の上から飛び退き態勢を整えるドッペルゲンガー、消火器を抱える自身がトレースした少女を見初めると、爪を床に叩き付けギリギリと引っ掻き怒りを全身で体現する。
「あら、それって私のマネ?………おっとっと」
消火器に振り回されるようにふらつく小夜を見て、もう、消火器を貰う事は無いと考え、教授の銃を捌くことに集中したドッペルゲンガーの脚に、消火器を捨て身軽になった小夜が抱き着く。
「「!?」」
小夜の予想外の動きに不意を突かれ、おとなしく組み付かれるドッペルゲンガー。
「早く、撃って」「「あっ!!」」
ついでに不意を突かれていた教授が、小夜の言葉で我に返ってクイックリロード。一発だけ装填し直し、小夜を蹴り飛ばし隙を晒すドッペルゲンガーの眉間に銃口を突き付け、とにかく急いで引き金を引くと、熟して弾けたザクロのようにその頭蓋を吹き飛ばした。




