第001号室 予兆
ブラバ?とかしないでほしい♡
古き良き団地の夕暮れ、建て替え間近のマンション群は、山脈のように地平の果てまで立ち並び、落ちる日を呑み込むためにその背を延ばす。
植え込みには花を枯らして雑草が茂り、樹齢を重ねた街路樹はその根で石畳を持ち上げ、平らな歩道は残されていない。
夕焼けで横薙ぎに倒れる無数の影は、伸びて広がり多くのそれらと混ざり合い、この世のものとは思えない異形の姿を深層意識に投影する。
乾いた苔に目貼りされた側溝の隙間から反響する、どの夏の虫とも違う騒々しく不快で、どこか心を蝕むような不協和音が耳を塞ぐ。
ガードレールの無いドブ川の石垣は墓石で積み上げられており、虹色に泡立つ濁り水は流れ無く淀み、瘴気と悪臭を漂わせて鼻を侵す。
真っ赤に染まる風景は徐々に濃度を増して、瞳が錆水で煮込められる感覚を覚える。
薄っすらと肌を覆う汗と、じっとりと蒸し返す湿気とは裏腹に、口の中は苦くなるほど干からびて舌が上顎に張り付く。
正常な思考を奪う熱気の中、猩猩の鮮血よりも真っ赤に熟れたランドセルを背負った少女、小夜は思い出したように握りしめていた縦笛を口に運んだ。
糊状に粘度を増した唾液に留められ、渇いて綴じられた唇に吹き口をねじ入れ、息を吹き込み異様の団地に響かせる。
夕暮れになると何処からともなく聞こえて来る、謎の笛の音を鳴らす仕事をしている人の仕事を奪って『ぴ〜、ぽ〜〜、ぱ〜〜〜。』脈絡なく日の入りは一瞬で、団地が夜の闇に染まる。
ひび割れた白線の上を歩けば、なんの前触れもなしに側溝の蓋が落ちる。アスファルトは底無しの峡谷に変わり、白線から足を踏み外せばどこまでも落ちて行ける。蠢く気配が深淵に降ったアスファルトの底から覗く時、小夜も深淵を覗き返して見てやる。
街灯が苦しげに唸りを上げて明滅を繰り返せば、暗闇に潜む悪霊の影を陰に隠して明示する。ランドセルにくくられた交通安全のお守りは良く磨かれた反射板で出来ており、悪霊の目を潰すには十分すぎる威力を持っていた。
カラスに睨まれ鳴かれたならば、レモンで磨いた五円玉をポケットから投げて寄越して、ステキなご縁がありますように。
花束が添えられ錆の浮いたカーブミラーが、忌み数に割れて小夜の肢体を分断、素早く水筒をランドセルから取り出し、聖水で沸かした麦茶をミラーにかける。聖水で沸かした麦茶とカーブミラーの屈折率が同じであることはその筋ではよく知られており、ひび割れに水が滲みて見掛け上、亀裂が消え肢体が繋がり、四肢にバラバラ、バイバイをキャンセル。
垣根から飛び出した黒猫が足元を横切る。飛び出した黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。黒猫が足元を横切る。三つ首の黒猫が足元を横切る。二つ尾の黒猫が足元を横切る。一つ目の黒猫が足元を横切る。鰹節パックを手のひらから優しく吐息で舞いひらかせば、既視感の流れが断ち切られ、黒猫の群れが足元で踊る。
道端には轢かれた亀の死骸、ひっくり返ったてんとう虫の死骸、倒立したトンボの死骸、生垣の椿の花が首を落とし、空き地にひしめく彼岸花が妖しく艶めく。革靴の飾りもいちにいさんよん、リズム良く捥げてただの革靴になる。
闇夜に青天の霹靂からぬるま湯の豪雨が駆け抜け、踏み切りを渡ろうとすれば音もなく遮断機が断頭台より速く下りて行く手を遮る。
訃報を告げる町内放送の音声は割れて呪詛を吐き続け、彼方からの灯台明かりが集合団地に人外の幻影を映し、丑三つ時を待たずに時報のサイレンが消魂しく鳴り響く。
「フフン、不吉な予兆もこれだけ重なれば笑えて来るわね・・・」
人の世とは似て非なる別世界、伏魔殿の様相を呈する団地の果てを探し続ける小夜にとって、予兆など最早ただの日常であった。
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