10石 買い物と出会い
10石 買い物と出会い
中は多くの人が行き交っていた。
「混んでますね」
「1階は食品関係だからな」
「うわぁ。ここ全部食べ物のお店なんだ」
エルミナが入り口から見える店の多さに驚いている横で壁の館内案内を見る。
「2階がフードコートで3階が目的の衣服関係か」
「4階が雑貨や書店に化粧品、5階が電気屋、6階がゲームセンター、7階が映画館……ここまで詰め込む必要があるのでしょうか」
隣でレイラが館内案内を見て呟く。
その答えは余にも分からない。
「上の階にはエスカレーターかエレベーターで行くんだよねぇ?」
「そうだな」
「楽しみだなぁ」
「そんなに面白くないと思うぞ」
「魔導技師として実際に体験しない訳にはいかないからねぇ!」
「じゃあ行きはエスカレーターで帰りにエレベーターに乗るか」
「うん!」
相変わらず周囲の視線を集めながら、ふたりを連れてエスカレーターの前までやってくる。
「おぉ!」
エスカレーターをエルミナが興味深そうに見ている。
「ほら、とっとと行くぞ」
「はぁい」
エルミナがワクワクしながら先頭でエスカレーターに乗る。
前に乗っている子供が不思議そうにエルミナを見ていた。
その次に余を見てきたので、とりあえず渾身のドヤ顔をかましておく。
そんなことをしているうちに2階着く。
「うわぁ」
「これはやばいな」
巨大なフードコートはめちゃくちゃ混んでいた。
「実際にひとつの建物でこんなに混んでいるのを見るのは初めてです」
「だろうな。ほら、足を止めるな」
足を止めそうになったエルミナを注意しながら3階行きのエスカレーターに乗る。
そうして目的のフロアに着いた。
「ここが衣類関係のフロアですね」
「服がいっぱいだぁ」
「えーっと下着は……」
柱のフロアマップを見て下着の場所を探す。
「ランジェリーショップか。あっちだな。付いて来い」
すぐに女性下着のエリアに着く。
ただ、店がいくつかある。
「どのお店に行くのぉ?」
「そんなに高くないところが良いのだが」
ポケットからスマホを取り出して、ここにある店の名前で検索する。
なるほど。
「あそこのタロスタイルとかいう店が良さそうだ。そんなに高くなくて人気があるらしい」
「では、そこにしましょうか」
「ああ」
ふたりを引き連れてタロスタイルに向かう。
相変わらず周りからめちゃくちゃ見られているが、もう慣れた。
店の前まで来ると店内の様子が見える。
当たり前だが、女性下着が多く並んでいて店員も客も女しか見えない。
「はぁ……」
微妙に入り辛いが覚悟を決めて店の中に入る。
「いらっしゃいま……せ?」
すぐに若い女性店員がひとり飛んできて声を掛けてきたが、余たちを見てポカーンとしてしまった。
丁度良いし、この店員に頼もう。
「頼みがあるのだが」
「えっと……なんでしょうか?」
「余たちのサイズを測ってくれ。ついでにブラジャーのつけ方も教えてほしい」
「サイズを測るのはいいのですが……つけ方?」
「実は余たちはブラジャーというのをつけたことがないのだ」
「え……」
店員は余の言葉に信じられないような表情を浮かべたあとにエルミナの胸を見て絶句した。
余はコートでレイラはメイド服だがエルミナはニートTシャツだけだしな。
流石に分かるか。
「おーい」
「……はっ!」
フリーズしていた店員が再起動する。
「ま、任せてください!」
何故か店員がガッツポーズしながらそう言った。
なんでそんな気合い入ってるんだ?
まぁいいが。
その後、余たちは試着室に連れていかれて店員に順番にサイズを測られる。
その際に何故か店員が毎回ため息をついていたのが不思議だった。
トップとかアンダーとかウエスト、ヒップのサイズを覚えるのが面倒だが、すべてレイラが覚えたので問題ない。
余が分かるのは余がCでレイラがB。
そしてエルミナがEだということだけだ。
サイズを測り終わったあとは店員が持ってきたブラジャーでつけ方を教えてもらう。
正しいブラジャーのつけ方を教わったのだが、正直ただつければ良いと思っていたので意外だ。
全員が店員につけ方を教えてもらったあとは、店員がオススメしてきた上下セットの下着の中からそれぞれ気に入ったものを選ぶ。
レイラは黒。
エルミナは水色。
余はよく分からないので白いやつを選んだ。
締め付け感などもあまりなく良い感じ。
選んだ下着を着たまま何セットか同じのを買う。
値段もそんなに高くないし満足だ。
「ありがとうございました!」
店員がやりきったという感じの良い顔で言ってくる。
なんでそんなやる気だったのか知らないが、まぁ助かった。
「世話になったな」
「またのご来店お待ちしています」
「うむ」
余たちは気持ち良く店を出た。
「これで下着はなんとかなったな」
「次は服だねぇ」
「そうだな。全員で回っていると時間が掛かるし、服はそれぞれ気に入ったものを探して買おうと思うが」
「いいよぉ」
「はい」
ポケットから封筒を取り出して中から金を出す。
「これで何着か買ってこい」
ふたりに5万ずつ渡す。
出費が痛いが女性服は金がかかるらしいからな。
しょうがない。
「集合場所はエレベーターの近く。服を買い終わったらそこで待っていてくれ。あと買った服に着替えて来いよ」
「はぁい」
「かしこまりました」
ふたりは散らばっていった。
「さて、問題は余だ」
レイラもエルミナも服選びに問題はないだろう。
だが、余はファッションセンスに自信が無い。
という訳で、マネキンが着ている服で良さげなのがあったらそれを買うことにする。
「順番に見ていこう」
近くの服屋から順番にマネキンのコーデを眺め続ける。
なかなかしっくりくるものがない。
スカートは履く気が無いしな。
そこで気が付く。
「そういえば靴も買わなければいけないんだった」
すっかり忘れていた。
今履いているのはサイズが合っていない。
服と一緒に買うか。
そう考えてマネキン眺めに戻る。
「お?」
そうやって見ている気になるマネキンを見つける。
それは白のシャツにデニムのショートパンツ。
「これは良さそうだな」
余にも似合いそうだし、動きやすそうだ。
ついでに白いスニーカーも履いているし、あとで買ってしまおう。
そう思った余はマネキンが着ている白のシャツとデニムのショートパンツと同じものでサイズが合いそうなのを持って試着室に入る。
「うむ……良い感じだ」
白のシャツにデニムのショートパンツでサングラスに海外球団の帽子。
鏡に映った余の姿は悪くはない……と思う。
「これにするか」
サイズも合っているし同じのを何着か買っていこう。
あとで白のスニーカーでサイズの合うやつを探して買うか。
余は買う服を着たまま同じのを何着か持ってレジに持っていく。
「分かっていたが結構高いな」
金がやばい。
そう思いつつ支払いを済ませてタグを切ってもらってから、手提げ袋に着てきた服を押し込む。
「さて、これで衣服の問題は無くなった」
とりあえず集合場所のエレベーター前に行こう。
1時間経ってないが、もう誰か居るかね。
エレベーター前に行くとエルミナが手提げ袋を持って既に待っていた……スウェット姿で。
「あ、ウーちゃん!」
「エルミナ……その服で良いのか?」
「うん。動きやすいし、これが1番良いのぉ」
「お前が良いなら良いが」
「あ、師匠が来たよぉ」
そこでレイラが手提げ袋を持って現れる……メイド服で。
「お待たせしました」
「レイラ、服はどうした?」
「メイド服が売っておりませんでしたので、生地を買ってきました」
「……まぁいい」
レイラは結局メイド服なのな。
「ウーちゃんはなんかカッコイイねぇ」
「お似合いです」
「ありがとう」
まぁスウェットよりは似合うと思うが。
「あ、これお釣りねぇ」
「どうぞ」
ふたりから余った金を渡される。
エルミナはほとんど残っていて、レイラは半分くらい。
1番金がかかったのが余か。
……余もスウェットにすれば良かったか?
残りの金とエルミナを見ながらそう思った。
「荷物をお持ちします」
そこでレイラが帝国に居た時のようにそう言ってくる。
「いや、自分で持つ」
「かしこまりました」
レイラは不満かもしれないが、これくらいは自分で持つさ。
その後は同じフロアにあった靴屋で3人で靴を選んで買う。
余が白のスニーカーを選んだら、ふたりはその色違いを選ぶ。
全員スニーカーだった。
そして再びエレベーター前にやってくる。
エルミナが乗りたいと言っていたから帰りはエレベーターだ。
「じゃあエレベーターを呼ぶぞ」
そう言ってから下のボタンを押す。
それをエルミナがジッと見る。
「これでエレベーターが来るんだねぇ」
「多少時間は掛かると思うが、まぁ3つあるからそこまでは掛からないだろう」
「ボタン1つで3つ動くんだぁ」
すると、すぐにチンッという音が鳴って真ん中のエレベーターの扉が開いた。
中には誰も乗ってない。
「早いねぇ!」
「運が良いな」
全員で乗り込む。
「エルミナ。1のボタンを押してみな」
「やったぁ!」
エルミナは嬉しそうに1階のボタンを押した。
すぐに扉が閉まってエレベーターが動き出す。
「やっぱり魔導昇降機に似てるねぇ」
「感覚は少し似ています」
「やってることは同じだからな」
魔導昇降機は魔導工房にたまにあった魔導具で、大きな魔導具を上や下の階に運ぶ為のものだ。
まぁ人を運ぶものは無かったが。
「あ、着いたぁ」
すぐに1階に着いて扉が開く。
出るとすぐに扉が閉まり、エレベーターは下の階に降りていった。
「この下ってなにがあるのぉ?」
「駐車場だ」
「へぇ」
ちなみにこのショッピングモールは地下3階まである。
「人が増えてますね」
レイラが周りを見てそう言う。
確かに来た時よりも明らかに人が多い。
「もう夕方だからな」
「なるほど。学校帰りの学生や仕事終わりの会社員、それに夕食の為の主婦ですか」
「そういうことだ。よく分かったな」
「テレビでよくやってますから」
流石はレイラ、よく勉強している。
「とっとと帰るぞ」
「はぁい」
「はい」
ふたりを連れてショッピングモールの出口に向かう。
外に出ると来た時よりも多くの人々が行き交っている。
「外も多いですね」
「駅前だからしょうがないだろ。逸れるなよ?」
「うん」
「はい」
後ろのふたりが逸れないように気を付けながら道を歩いていると、すぐに空が暗くなってきた。
「空はこんなに暗いのに辺りは明るいねぇ」
「帝都もこれくらい明るければ犯罪が減ったんでしょうか」
「いくら周囲が明るくなろうとも悪事は起きる。それはどの世界も変わらない」
「……確かにそのようですね」
そう言ってレイラが立ち止まる。
「どうした?」
「あれを」
レイラが建物と建物の間の道を見ていた。
余とエルミナもそこを見ると、制服を着た少年が強面の成人男性ふたりに追い掛けられていた。
「高校生か……それで? レイラは助けたいのか?」
「いえ」
「なにか気になるのぉ?」
「ただ、ああいうのは変わらないのだな……と」
「ふむ」
別に余たちは善人でもなければ、特に善人を目指している訳でもない。
なので、助ける必要はないのだが。
「余が気になるから少し覗いていこう」
「分かったぁ」
「かしこまりました」
「ここならカメラも無いだろうし、ついて来い」
余は建物の上に飛び乗る。
エルミナとレイラも同じように隣に飛び乗ってきた。
3人で下を覗く。
丁度、少年の逃げる先にフェンスがあって追い詰められているところだ。
「クソガキ! やっと追い詰めたぞ!」
「手間取らせやがって!」
「くッ! お前らしつこいんだよ!」
少年がフェンスを背にそう言う。
「当たり前だ! お前の所為で極上の獲物を逃しちまったんだからなぁ!」
「せめてお前を気が済むまで殴らなきゃ気が済まねぇ!」
「なるほど」
どうやらあの少年は男たちが追っていた極上の獲物とやらを逃したらしい。
理由は正義感かなんなのか知らんが。
「クソ野郎どもが……」
少年はそう呟いてジリジリと後ろに下がる。
「やるしかねぇ」
そこで覚悟を決めたのか、少年が構えた。
「どうやらあの少年はなにかをやっているらしいな」
素人ではない。
「ですが、相手が悪いですね」
少年の構えを見た男たちも構えた。
「相手も戦闘に自信があるんだろう。実戦的なものだな」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
少年が気合を入れて手前の男の殴りかかる。
それなりの速度で放たれる右の拳。
「ふっ」
それを男は鼻で笑って左手で掴んだ。
そのまま男は少年の頭を掴んで膝を腹に叩き込む。
「ぐッ!?」
少年は地面に倒れこんだ。
「チッ。たった1発でこれかよ」
「お前が腹に膝を入れるからだろ。まあまだ殴れるか」
男のひとりが少年の胸ぐらを掴んで強引に起き上がらせる。
「勝負あったねぇ……へぇ」
エルミナが面白いものを見るような目で少年を見る。
それもそうだろう。
「あの少年、まだやる気ですね」
少年の目が死んでいなかった。
まだ気持ちは折れてはいないようだ。
「だがまぁこれ以上は嬲られるだけだ。レイラ、悪いが荷物を持っていてくれ」
「かしこまりました」
余はレイラに手提げ袋を渡す。
「さて、行ってくる」
そう言って余は建物から男たちの背後に向かって飛び降りる。
「おっと」
力加減を間違えてアスファルトにヒビを入れてしまった。
結構脆いな。
少年は余を見て目を見開いている。
そりゃ空から人が降ってくれば驚くよな。
強面の男たちも余が着地した音に気が付いて振り返る。
「なんだぁ?」
「誰だお前」
「助ける気なんて無かったのだが、気が変わった」
「なに言ってやがる?」
「見どころのある少年だからな。ここで消えるのは惜しい」
「頭おかしいんじゃねぇか」
「バカッ! 早く逃げろ!」
ハッとした少年がすぐにそう言ってくるが無視だ。
余は被っていた帽子とサングラスを外して地面に置く。
「さて、極上の獲物とやらが目の前に来たらどうするんだ?」
余の顔を見た男たちがニヤついて舌舐めずりする。
少年を放り出してふたりで近付いてきた。
「そりゃもちろん」
「俺たちのものだ」
気持ちの悪い視線向けながら近付いてくる男たちの頭に手を当てる。
「?」
そして滅魔法を一瞬使う。
「はい終わり」
それだけで男たちは意識を失って倒れた。
なんてことはない。
コイツらの悪意を滅ぼしただけだ。
「……」
少年は地面に倒れたまま顔を上げてポカーンとしていた。
余は地面に置いておいた帽子とサングラスを拾って装着する。
「さて、少年。余はもう行くが大丈夫だな?」
「え?」
「ふむ。大丈夫そうだな。では励めよ」
そう言い残して余は建物の上に飛び乗った。
そしてそのまま建物の上を乗り移ってその場を離れる。
すぐにレイラとエルミナが近付いてきた。
「お疲れ様です」
「あの程度で疲れなんて感じないだろ」
「結局、あの子助けたんだねぇ」
「反対だったか?」
「わたしとしてはもう少しボロボロになってからで良かったと思うけどぉ」
前線で戦っていたエルミナらしい考えだな。
レイラの方が全体的に指導は厳しいが、こういうところはエルミナの方が厳しい。
「分かっていると思うがこの世界の人間は余たちほど頑丈ではないのだ」
「分かってるよぉ」
そんなことを話しながら余たちは帰宅した。