格の違い
「で、困ってることって何なんだ?」
ストワルさんと話してた時と同じように、ジュードとも机を挟んだ椅子に向かい合って座っている。言いにくい、けれど、協力してもらうには事情を話さないわけにはいかない、のだ。唾を飲み込んで、私は話し始めた。
「その話なんだけど…ジュードが一昨日言ってた、噂の話、なの」
「あぁ、あの聖女が娼婦やってるっていう」
「あの時は否定したんだけど、どうやらそれって私のことだったみたい、で…」
「はぁっ!?」
当然ながらジュードは驚いたように声を荒げた。それはそうだ。だって、否定したのは一昨日だ。それでなんで肯定するんだって、なるよね。
「おま、え、…だったみたいって、何だよ。どういう、意味だ?」
冷静に問うことを努めてそうしているように。ジュードは私の目をあえて見ないようにしてるようだった。それでも分かるほどに、その真紅の瞳は燃えるようにギラついていたのだけれど。
「私のことが噂されてるの。でも、それは全部嘘で」
ドンッと空気が重くなったのがわかった。まるで体にかかる重力が増したかのようだ。今は、顔を上げることすらできない。ジュードの威圧感に気圧されてるのが分かる。
「つまり、何者かが、お前のことを貶める為のデマを、流してたってことかよ」
「う、ん」
「で、検討はついてんのか?殺すんだろソイツ」
「こっ、ううん!わかんない」
「そうか。なら、見つけ出すとこからだな。任せとけ」
ジュードの声の調子は特段変わっているようには思えない。むしろ普段よりもあっけらかんとしているようにさえ思えるのに、底冷えするような恐ろしいものに感じてしまうのはどうしてだろうか。
「そう、じゃないの」
喉がカラカラに乾いてしまっていた。今度は飲み物をあらかじめ用意していた。だというのに、飲めない。コップに伸ばしかけた自分の指先がカタカタと震えているのに気付く。
「どういう意味だ?」
「ごめ、怒らないで…」
ジュードの威圧感から身を守るように両腕で自らの体をかき抱き出来るだけ小さくなるように縮こまらせる。恐ろしさのあまり思わず謝罪の言葉が口をつく。
もう、許してほしい。
「あ?別に怒ってない、っ!わりぃ。一旦外出るわ。落ち着いたらすぐに戻る」
言い終えたか否かくらいの瞬間に、ジュードの威圧感が無くなった。縮こまらせていた体からようやく力が抜けていく。頭を上げれば、そこにはジュードはいなかった。へなへなと机の上に頭を預ける。
こわ、かった。
やっぱり、どれだけ優しくても、ジュードは魔王なんだと、理解してしまう。苛烈で冷酷で強い。
どれほどの時間そうしていたのか、瞳を閉じて心を落ち着けているうちに、家の外から声がかかったのがわかった。いまだぎこちない動きながら、何とか扉の前に移動して、ドアノブを回した。想定していた位置にジュードはいなくて一瞬固まる。
「こっちだ」
私のお腹くらいの高さから聞こえた声に促され下を向く。地面に片膝をついて私を見上げる姿のジュードに私は首を傾げた。
「ジュード、どうしたの?」
ほんの少し掠れたけれどなんとかいつも通りの声が出せた。ジュードからはすでにさっきの威圧感は消えていた。
「中、入っていいか?」
極上の美形の上目遣いに困惑しながら私は頷く。見上げても見下ろしてもどっちでもかっこいいな。
「うん。さ、立って」
「…悪かったな。つい、ユリアと同じ感じで接しちまった」
「え、ユリアさんはあれ浴びて平然としてたの?」
「あぁ」
「やっぱり、ユリアさんって凄いねぇ!芯が強いっていうか、かっこいい!」
「…だろっ!!やっぱ半端ねぇよなぁユリア!」
いつのまにか視線を合わせて笑い合っているのに気付いてお互い安堵する。緩んだ空気のまま、今度は私は椅子に座り、ジュードはソファへと座っていた。確かにさっきのことがあったからたぶんこのくらい距離が離れてる方がいいと思う。
「噂を流した輩を見つけ出した殺してほしいわけじゃねぇんだよな?じゃあ、お前はどうしてほしいんだ?」
ソファにその長身を沈めて、長い脚を大きく開いたジュードは椅子の上に座った私を見上げている。
「私は、娼婦じゃ、ない」
「あぁ」
「それをみんなにわからせたいの」
「噂してる奴を片っ端から絞めて分からせてくか?」
「そ、そんなことできないでしょ」
「?お前が望むならしてやるけど?」
「遠慮します…」




