こわごわと
ストワルさんの言葉があまりに予想外で私は全く同じ内容を聞き返してしまった。
「治癒魔法って、自分にしか効果がないんですか?」
「あぁ。基本的には、な。そもそも、自らに使用する治癒魔法すらも、使える者は多くはない。だからこそ、聖女という存在が崇められる。聖女の称号を持つ者だけが、他者への治癒魔法を使うことができるからだ。しかし、その称号を持つ者の母数は圧倒的に少ない。大国ですら、1人いるか、いないか程度だろう。それに、聖女は国や教会の中で囲われ外に出てくること自体稀だ。その希少価値ゆえ身を狙われることも多い。それに、聖女などという神聖な称号はあれど、創造神の信徒とは名ばかり、周囲の奴らにチヤホヤしかされてこなかった奴ばかりだ。一般市民にまでその力を与えるような、お優しい人間などほとんどいない。その力を自由に使い、誰をも助けようとする者など、勇者と共にいる聖女、くらいだ」
ユリアさんのことだ。あぁ、そうか。だからユリアさんはあんなにも人に慕われていたんだ。聖女という称号に違わぬ高潔で心優しい彼女だからこそ。
ストワルさんが聖女の話をしてくれる時に僅かに滲んだ不快感に、恐らくユリアさん以外の聖女は崇められてはいてもあまり慕われてはいないことが想像出来た。そんな感情を持っているのは、きっとストワルさんだけじゃないのだろう。
「早速だが、御零。あんた、聖女の称号持ちか?」
私は首を横に振った。私の称号の中に聖女、というものはなかった。創造神代理は、あったけど…どう考えても違うし。
「まぁ、そうだろうな。持ってる方がおかしいんだ」
しかし、そうなると私の計画は早々に頓挫したことになってしまった。まさか他者への治癒魔法の使用が、本物の聖女限定だったとは。私が落胆しているのに気がついたストワルさんが不器用な仕草で私の頭に手を乗せ、ほんのわずか撫でるように動かした。触れるか触れないかのその手が優しい。
「その様子じゃ、聖女について、知らなかったんだな。まぁ、スキルすら知らなかったんだ。無理もない」
「はい…。でも、どうしよう。このままじゃ、状況を変えられない…」
「御零、称号というものは、付与条件がはっきりしていないものが多い。しかし、聖女、という称号は生まれた時から有してるものが多いそうだ。…だが、そうじゃない奴もいる。さっき言った勇者と共にいる聖女がその称号を得たのは、12の歳らしい」
「ユリア、様?」
「あぁ。確かそんな名前だったか。そいつに話が聞ければ、何かしらのヒントに繋がる可能性はある。ただ、あの女、世界中の戦場を飛び回っているだろうから、今どこにいるのかは」
ユリアさんの居場所。もしかしたら、魔王であるジュードなら、知っているかもしれない。…ジュードに会うのも、本当は気まずい。彼が探していた噂の張本人が己であったと、あれだけ否定したのに、本当は自分でした、なんて…。実際、全くの嘘偽りなのだけれど、それでもやはり、娼婦だと噂されているなんて…。
それに何よりも、ジュードには一昨日告白されたばかりだ。そしてきちんとした返事も出来てない。一体どの面下げてユリアさんの居場所を聞けばいいのだろう。
「悪かった。不安にさせるつもりはなかった。御零が習いたかったのは他者にかける治癒魔法なのだろう?それならば、俺では力になれん。その代わり、俺はユリアという聖女を探しに行く。大丈夫だ。必ず見つけてきてや」
ストワルさんの心配そうな声にハッとする。思わず俯いてしまっていた頭を上げてストワルさんを見上げた。また、この人の優しさに甘えてしまうわけにはいかない。本当なら、ストワルさんには関係のないことなのだから。
「だ、ダメです。ストワルさん…忙しいのに…」
「俺のことなどどうでもいい」
「え…?」
「御零が、娼婦だなどという噂が、嘘が、世間に広まっていることが耐えられない。お前を傷つける、こんなクソみたいな噂を野放しになど出来ない。俺に、できることなら、なんでもさせてくれ。この噂を広めた者全員の口を一生開けなくさせてやることだって」
「ストワル、さん?」
「俺は、御零の為ならなんだってしてやりたいんだ。俺を…頼ってくれ」
ひたりと見据えられた瞳の真剣さにどう答えれば良いのか迷う。ストワルさんの優しさに頷きたくなる。でも、その優しさはどこかいつもと違う。後悔、もしくは懺悔みたいなそんな感情が見え隠れしている気がして。
「だ、大丈夫、です」
私は曖昧に笑った。ストワルさんはこの世界で出来たはじめてのお友達で、私にとって特別な存在で、そして、ストワルさん自身も私を大事だと思ってくれているように感じる。でも、だからこそ、今のストワルさんはなんだか無理をし過ぎてしまうような気がするから、私は首を横に振った。
「なぜ…」
「実は、私、ユリア様のことをよく知っている人と最近知り合ったんです。だから、まずはその人にユリア様の居場所を聞いてみて、それでもしわからなかったら、ストワルさんに助けを求めてもいいですか?」
「…そうか。わかった。当然だ。すぐに俺に言え」
「はい」
心強い味方がいてくれることに変わりはないのだ。
私は、ジュードにもう一度会うことを決めた。




