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普段通りの君でーストワル視点ー

怒りに呑まれた思考の手綱を引き締め、俺は誰がこの様な噂を流したのかを考える。俺が聞いた噂の内容は、御零が、心優しく誰に対しても平等な聖女のような娼婦であり、ラシュエルの寵愛を受けている、というものだった。噂の中には、御零の他にもう一人固有の人物名が出てくる。


ラシュエル。


この大国の第三王子、賢明で優秀で酷く醜悪な男。御零の宿の値段を吊り上げさせたのも恐らくこの男だろう。王家の紋章の入った料金表が何よりの証拠。


この噂の元凶には、あの男がいる。


けれど、御零のつづけられた言葉に俺は目を見開いた。御零は俺に犯人探しではなく、この噂を全て消すことを望んだ。


「誰が、噂を流したのかそれはわかりません。それよりも、私はこの噂を消したい…。…でも、ストワルさんが、私の言葉を信じてくれて怒ってくれたのが嬉しかっ…。あ…りがとっぅっ」


テーブルを挟んだ向かい側で、御零が、泣いていた。何故、俺になんか、そんな言葉をかけてくれるんだ。怒りと申し訳なさで全身が引きちぎれそうだった。何故、御零がこんなにも苦しめられなければならない。俺は、馬鹿だ…。確かめることもせず、あんな噂を信じたのか。御零が知る前に全て消し去って仕舞えばよかった。俺ならばそれが出来た。

必死に泣き止もうとする御零は目を擦って、それでもその透明の雫は流れ落ち続ける。

どんな言葉もただの言い訳にしかならないと分かっていた。せめて、泣き止んでほしくて、その丸い頭の上に手を乗せた。


「悪かった…御零…」


口から溢れた自責の念が言葉を紡ぐ。例え、御零が犯人探しを望まないのだとしても、俺はそいつを見つけ出して必ず罪を償わせる。優先すべきは御零の望みを叶えることだ。だが、それだけで終わらせるつもりなど毛頭ない。


「ストワルさん、協力してくれますか?」


まだ涙声のまま問う御零に俺はただ頷いた。御零は泣き濡れた顔でへにゃりと微笑んだ。

ズキズキと酷く胸が痛んだ。


「あの噂が間違いだったってみんなに知ってほしいんです」


決意をにじませた御零の言葉に俺は当然だと頷く。しかし、ことはそう簡単な物ではない様な気もしていた。


「それは、当然だ。しかし、…言いにくいが、噂は王都中に広まっている。それも、なぜか噂が広がり始めて時間が経っているにも関わらず、いまだに人々の話題に上っている」


恐らく、だが、この噂はなんらかの目的を待って市中に流布させられたものだ。そして、その噂が消えぬ様絶えず流しつづけられている。大して面白くはない噂だ。その噂を流したことで得をする人物といえば、一人しか思い当たりはしない。そいつならば情報統制などお手の物だろう。だとすれば、容易に裁ける人間でもないわけだが…。


「たぶん私が否定しただけじゃ噂自体を完全に消すのは難しいってことですよね。だから、私、聖女になろうと思うんです」

「…どういうことだ?」


だから、の前後の話が全く噛み合っていない。なぜ、噂を消すことが難しいから聖女になる、という話になるんだ。想像の範疇を超えた提案に俺は瞠目する。御零は先程まで泣いていたとは思えないほど自信を湛えながら笑った。無理をしてはいるのだろう。あえていつものように振る舞おうと。ならば、俺も、そんな御零に合わせるべきだと思った。


「私、どうやらその噂のなかで"聖女みたいな娼婦"って言われているらしいんです。だったら、本当の聖女ってことにしようかなと思いまして」

「何故そうなる?」

「ただ、私はもちろん聖女ではないので、そう見せかけたいんです。その為に治癒魔法をストワルさんに教えて頂きたいと思いまして」

「頼むから俺の話を聞いてくれ…」


聖女の使用できる治癒魔法は、聖女の称号がなければ使えない。そして、その称号は、生まれつき備わってることがほとんど。御零の計画は正直実現できる可能性が低すぎる。

どこから話し始めれば良いのか戸惑う。御零は少し、いや、かなり世間知らずだ。そもそも魔法やスキルについて何も知らないのだから当たり前なのかもしれないが。なぜ、それらをここまで知らずに育ってきたのだろうか。果たして、そんなことは可能なのだろうか。俺がなんと声をかけるべきか悩んでいると、不敵な表情で真っ直ぐに俺を見つめていた御零の表情がだんだんと曇ってゆくことに気づいた。御零をこれ以上俺の沈黙で不安にさせるわけにはいかない。俺は慌てて口を開いた。


「よくわからんが、わかった。御零に治癒魔法を教えよう。ただ、俺には聖女の使う治癒魔法を教えることはできない。一般的に、俺達が使う治癒魔法は、基本的に術者自身にしか効果がないんだ」


予想外だったのか、御零は俺のその言葉に首を可愛らしくかしげた。激しくなる胸の動悸に気づかぬふりをして、俺は表情を変えぬよう意識した。

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