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嬉しかった

美しい毛並みを取り戻した白馬と別れ、私は転移のスキルを使い家に帰ってきた。

空腹を感じながらも、何かを作る気にはなれず、バナナに似た果実を食べて空腹を紛らわせる。一昨日から、ハルベラさんの家にもなんだか行きにくくて、町に買い出しに出るのも気が重い。だから、というわけでもないが、食に対する意欲が落ちているのを感じていた。このままじゃダメだと思うけれど、今はまだうまく笑える気がしなくて、ハルベラさんに会うのさえも避けてしまっていた。


でも、明日は、ストワルさんに会うのだから、しゃんとしないと。


この計画のために、私はストワルさんを巻き込むんだ。ストワルさんには一緒に嘘をついてもらう必要がある。呆れられてしまうだろうか…。思い出すのは、優しいストワルさんの声。意図せずにじんだ視界に自分でもよほどショックだったのだと改めて実感した。ストワルさんに話をするのは怖いけれど、でも、味方になってもらえたらどれほど心強いだろうか。たった一人で周囲の評価に怯えなくて良いならば、どれほど…。私はすくむ己の心を奮い立たせるように、頬を軽く叩いた。


翌朝、起きてすぐに着替えて出かける準備を整える。いつストワルさんが来ても良いように。

扉が叩かれる音がした。ドキドキと緊張にこわばる体動かして扉を開く。

黒衣に身を包み、フードを目深にかぶった、長身の男性の姿を認め、私は出来るだけいつも通りにっこりと笑いかけた。そして、家のなかへ招き入れる。


「おはようございます。ストワルさん」

「おはよう。御零。遅くなってすまない」


私は首を振る。なぜ謝罪されるのか分からないけれど、ストワルさんは申し訳ないというように扉の前で立ち尽くしたまま瞳を伏せている。その表情は完璧な絵画の一枚のようだった。


「そんなことありません。来てくれてありがとうございます」

「いや、あんたが望むときにすぐに来てやれなかった。約束したのに」

「いいえ、来てくれました。今、一番会いたかった」


ストワルさんの切れ長の瞳がわずかに見開かれる。そして、ほんの少し眉根を寄せて、そのけぶるような青い瞳が私の瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「何か、あったのか?」


その声は心配してくれていると、すぐにわかる。弛みそうになる涙腺を必死に堪えた。このままお友だちのストワルさんに甘えてしまいたかったけれど。きっと何も言わずとも慰めてくれる、なんてそれは信頼ではなく傲慢だろう。


「私の話、聞いてくれますか?」

「あぁ」


テーブルを挟んでストワルさんと向かい合って座る。ストワルさんは心配そうに私を見つめていた。嫌な緊張が喉をカラカラにさせる。何か飲み物でも持ってきておけば良かった。


「私の、噂って、知ってますか?」

「噂、か。そうだな。恐らく知ってはいるが」


ストワルさんが困惑したように言葉を選んでいるのがわかって、やっぱりストワルさんも私が娼婦だと言われていることを、知っていたのだとわかってしまった。羞恥に頭が熱くなる。娼婦という職業は私にとって身近なものではないけれどどのようなことをするのかくらいはわかっている。職に貴賤などないと頭ではわかっている、けれど…。恥ずかしいし、本当はそんなデタラメを流されたのが悔しくて辛かった。


「それ、嘘です。私、娼婦なんてやってません」


一息で告げる。ストワルさんの顔は見れなくて、私は下を向いたまま。


「誰だ」


ほんの一瞬の間すらなかった。その声は、地を這うかのように低く、怒りに染まりいつもより明らかに大きかった。彼から溢れる切り付けるような雰囲気に、殺気なんて知らなくてもそれがそうなのではと思った。唸るように続けられた言葉は震えていた。


「その噂を流したのが誰か、知っているなら教えてくれ。今すぐ八つ裂きにして殺してやる」


その言葉を恐ろしく感じる。けれど、それ以上に、私は嬉しかった。信じて、くれるんだ。一片の疑いすら持たず、私が嘘だと言ったそれだけを、ストワルさんは信じて怒ってくれてる。

何も言葉を返せない私にストワルさんははっとしたように溢れ出ていた殺気を消した。


「すまない。御零を怯えさせるつもりなどなかった。だが、許せない。御零の名誉を傷つけ、数多の脅威に晒させるなど」


殺気は消えても、ストワルさんの中の怒りは、より純度を増し過熱しているようだった。その証拠のように、蒼の瞳が剣呑さを帯び濃く深くなっていた。

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