穏和な青年
ぽっぽっと火照ったままの頬を冷やすように手を当てた。魔王に告白された。魔王のことは好きか嫌いかで言えば好きだ。この世界に来て、ミレイのことを1人待っていたあの時、毎日ワクワクドキドキして見ていた彼と実際に出会って、その人柄を好ましく思った。けれど、咄嗟には魔王の告白に応えられなかった。そもそもそんな対象として見ていなかったし、何で?という思いが強すぎて。だって、魔王は聖女のことをあんなにも愛していたのに、それを会ってすぐの私を好きだというだなんて、私にはそれが普通だとは思えなかった。魔王とは違う平凡な顔、聖女のように強くも優しくもない私の、何が良いと言うのか。魔王が聖女と別れたのはもう何ヵ月も前の話ではあるのだけれど、魔王はずっと聖女を想い続けていたのに。じゃあ、騙されてるのかと言えばそれは魔王の性格からして無いようにも思えた。だから、どうしていいかわからなくなった。
その言葉を信じるには魔王のことを知らなすぎて、嘘だと断じられるほどの確信も持てなくて。けれど、はっきりと断れないくらいには、魔王の好意が嬉しかった。好きという感情は、私を肯定してくれるから。
ちゃんと答えなくちゃ。あんなちゅうぶらりんの返答じゃいけない。わかってるのに…。
思考の沼にズブズブとはまっていた私を現実に引き戻す。家の扉が叩かれる音がした。
誰?
「はーい。今開けますね」
私は表情を引き締扉を開けた。開けた先には、夕暮れ時の薄闇の中、初めて出会う1人の男が立っていた。肥満体型に醜悪な顔立ちをした若い男だ。思わず一瞬顔がひきつった。
「ど、どのようなご用件でしょうか?」
「あなたが御零さんですか?」
質問に質問で返される。わずかな苛立ちを感じながらも、お客さんである可能性は捨てきれないため、私は愛想よく微笑んだ。
「はい、そうですけど」
「あなたを一晩買いたいのですが」
「私を?この宿に一晩泊まりたいということですか?」
なんだか嫌な言い回しに私はその真意を問う。
「ええ、そのような言い方もできますね」
なんだ。とりあえず、ただのお客さんみたい。私は愛想笑いを継続することにした。
「構いませんけど、一泊のお値段はそちらになりますけど、大丈夫ですか?」
ラシュエルから送られてきた料金表の看板を指して私はそう問いかけた。この値段にしてから初めてのお客さんだ。たぶん分かってて扉を叩いたのだとは思うけれど、さすがにこの法外な値段だ。知らなかったらと思うと心配になる。
「ええ。知っていますよ。お金ならありますので、心配は無用です」
「そうでしたか。申し訳ございません」
どうやらお金持ちの人のようだ。かなり法外な値段だと思うのだけれど、彼は全く頓着していないらしい。彼は笑ってくれた…のだと思う。元から細い目が更に細くなって、大きく裂けたような口をにんまりと歪ませたから。内心、少しびびる。チートハウスの前まで来れるというだけで、もちろんこの人が私を傷つけたりしない人だということはわかってはいるのだが。
「ひとつ、お伺いしたいのですが」
「はい。なんでしょうか?」
彼がほんの少し迷うように言葉を切った。私は軽く首を傾げて待つ。
「御零さんは、あなただけを愛するものしか、愛さないというのは本当ですか?」
「え?」
全く予期していなかった質問に思わず変な声が漏れた。何を言い出すんだこの人。そもそもそんな話、ラシュエルとしかした覚えがない。ラシュエルから聞いたのだろうか?




