チートハウスの活躍
「ありがとう。私の名前は御零」
「ん、んんっ、御零か。わかった」
「私は魔王の名前を呼んでもいいの?」
「はあ?お前俺の名前知っててずっと魔王って呼んでたのかよ。ヤメロヤメロ。魔王は単なる称号なんだからよ」
「わかった。じゃ、ジュード」
「なんで、初っぱなから愛称で呼ぶんだよ!?」
「え?」
「俺の名前はジュードフリートだ。様をつけても良いぞ」
「えー、長いね」
「もういい…。ジュードって呼べ」
「やった」
嬉しくなって上機嫌な私は魔王にニコニコと笑顔を向ける。魔王の整った顔には渋面が浮かんでいたけど、諦めたのか小さくため息をついている。
「魔族の寿命が長いって言ってたけど、どのくらいなの?」
「だいたい250位か」
「そうなんだ」
「魔力の高いやつはもう少し長いな」
「すごいんだね」
「別にすごくはないだろ。そういう種族ってだけだ。それより」
「ん?」
「お前さぁ、もしかして、聖女とか呼ばれてね?」
「えぇ?呼ばれてないよ」
魔王にもそんなこと言われるなんて、と思いながら首を振る。ストワルさんにも言われたけど、そんな事実は全くない。そもそも、魔法も使えないのに、聖女みたいに誰かを癒すことなんて出来るわけがない。なんで二人とも私が聖女だなんて思うんだろ。
ミレイの身内とは言ったけど、ミレイを信仰してるとかでもないし。そもそも、ミレイは神様的存在ってだけで、信仰を望んでるわけでも無さそうだし。
「ふーん」
「でも、なんで?」
「この国に聖女がいるって噂が広まってるんだよ。だから、俺もユリアかと思って来たわけだし」
「へぇ。どんな噂なの?」
「聖女が娼婦をやってるって噂」
「それは、魔王が来るわけだね。聖女、ユリアさんのことじゃなかったの?」
「あぁ。そんなこと有り得ねぇとは思ってたけどな。ユリアは恐ろしいお人好しだからな。なんか頼まれて断れなくて…とか巻き込まれてる可能性もあったしな」
少し恥ずかしそうに魔王は聖女のことを話す。素直にすごいなぁと思う。魔王は、噂の真偽も確かめぬまま、フラれても好きな人を守るためだけに行動を起こせるんだ。
「ジュードは、かっこいいね」
「はぁっ!?何言ってんだお前!!」
「かっこいいよ。魔王に愛される人って絶対幸せだと思う」
「訳わかんねぇ!俺が、か、かっこいいとか」
もちろん顔がかっこいいのは当然だけど、中身だってとってもかっこいいと思ったのだ。聖女は好きな人がいて、とても一途だったから、魔王のことを友人としては受け入れても惚れたりすることはなかったけど、聖女じゃなかったら、もし私だったら、きっと気持ちがグラグラ揺れちゃってたと思う。かっこよくて、不器用だけど優しくて、絶対的な愛を捧げてくれる、なんて…。でも、だからこそ、魔王は聖女に惹かれたのだと思う。その心の清らかさと芯の強さに。私とは違う。
「お前は、俺に愛されたいとか、思うのかよ?」
「えぇ?そ、それは、さすがにおこがましいよね。そもそもジュードが私のこと好きになるとは思えないし」
「そう…、だな。当たり前だろ!」
変な質問に私は苦笑する。だって、それこそ、仮定として考えることすら難しい。魔王がずっと聖女を思っているという話を今までさんざん聞いたばかりだ。それに、私に魔王に愛される要素があるとは思えない。
少しだけ沈んだ魔王の声に顔を上げたが、そこにはさっきまでと変わりのない魔王の顔があるだけだった。
「お前とユリアじゃ比べ物にならねえ」
「そうだね」
「…嘘だ」
「え?」
顔に魔王の手が触れた。ひんやりとしたその手が私の頬を撫で、そのまま顎から首をくすぐるように撫でた。赤い目は私を捉えて、私もその視線から目を離せない。急所である首を撫でられる不快感と本能的な恐怖に、手を振り払おうとしたが、体は動かなかった。別に魔王から威圧されているわけでもないのに、ひくりと喉が鳴った。
「な、なに?」
魔王は無言で私を見たまま。顎をがちりと掴まれた。驚きに目を見開けば、魔王の顔がすぐそばへと近寄ってくる。整った顔が余計に怖く思えて、私は魔王の理解できない行動に怯える。なんとか私の顎を掴む魔王の手に指をかけて、離してほしいと軽く引っ掻いた。
次の瞬間、魔王の姿は目の前から消え去っていた。
「え、えええ…。今のって」
チートハウスがやったのだろうか?その証拠のように家のなかにはキラキラと黄金の粒子が舞っていた。




