熱―魔王視点―
「腹の立つ女だ!お前、覚えとけよ!絶対に、何とかして、仕返ししてやるからな!」
具体的に何をするかは決めていないが、なんとか嫌がらせでも…。
「それ、魔王の信条に反してるよね?無理じゃん」
「お前、俺の信条まで知ってるとか…」
俺の信条など、俺のごくごく身内かユリアにしか話していないというのに。
「わりとあの時は、ずっとあなた達のこと見てたもの」
「あの時っていつだよ」
女の言葉は要領を得ず、いくら問おうとも詳しく話すつもりもないようだ。わかったことといえば、創造神が俺のもとへ訪れた前後の話をこいつが知っているということ。
女は表情をわずかに曇らせ俺を見つめてくる。
「おい、なんだよ急に黙りこくって」
「ねぇ、魔王。あなたは今」
幸せですか?
恐らく、そう問いたいのだろう。既視感を覚える。その表情がうっすらとユリアの麗しい顔に重なって見えた。
「…お前は、ユリアと少し似てるな」
外見が、ではない、そのどこまでも他者のことばかり気にかける中身が。
「そう、かな?」
「ユリアも周りの幸せばかり気にしていた。俺を恐れもせず、見下しもせず、初めて優しくしてくれた」
魔族最強の称号を得たのはもう覚えていないほど過去のことだ。幼子の頃より俺は最強として生きてきた。圧倒的な魔力も、それを使いこなす才能も、苦労することなどなく生まれたときから手にしていた。そんな俺は、魔族のなかですら異端で、人間の目からは明らかな化物として恐れられた。ユリアに出会うまで、ただ、俺はひたすらに血を求め、そのわずかな温もりに、渇えていたんだ。ユリアに与えられた優しさに、俺は本物の熱を知った。
女はどこか苦しそうな顔をして俺を見上げてくる。
「聖女のこと、話すの嫌じゃないの?」
「なんでだよ。この俺が惚れた女だぜ。最高に良い女なんだアイツは」
「…嬉しい」
なんで、お前がそんな顔すんだよ。
今にも泣き出しそうな、どこまでも嬉しげな。
訳がわからない。
「何でお前が泣いてんだよ」
「泣いてないよ。ねぇ、魔王。もっと聖女との話聞かせて」
泣きそうな面で、あくまで女は笑う。そして、ユリアの話をねだるのだ。それは、俺にとって、悪くない話だった。今更、ユリアのことを話せる相手はいなかった。身内はその話題に触れるのを避けているが、俺は別に触れてほしくない訳じゃない。初めて感じたこの感情を俺は誰かに話したくて話したくて、本当は堪らなかったんだ。
ただ、それを悟られるのは気恥ずかしくて、俺は澄ました顔で了承の意を告げる。
「あ?別にいいけど」
「ほんと!じゃあ、私の家に来て。美味しい紅茶があるんだ」
はぁ!?何故そうなった?
魔族を家に上げるとか、いやいや、それどころか俺はただの魔族じゃない。魔王だぞ魔王!
そんじょそこらの男と思うなよ。
な、何、されても、しゃーねーぞ…。
「お前、俺が何者かわかってんのか?自宅に招くとか…」
「知ってるからこそに決まってるじゃん」
俺は驚きに目を見開いた。女の目はどこまでも純粋な信頼だけを乗せて俺を見る。
誰よりも、もしかしたらユリアよりも、真っ直ぐに。
「お前なぁ、その信頼に満ちた目を止めろ!調子が狂う」
「ふふ、魔王、顔赤いよ」
「グアーッ!黙れっ!」
女はさも愉快げに、悪意など一欠片もないような表情で笑う。熱い顔面に俺は狼狽する。何だよ、何で、こんな女に…。
すっと伸びてきた腕は、俺の腕を柔く掴んで歩き出す。恐ろしく無力な腕に力は全く入っていないように感じて、だからと俺が振り払えばこの女は傷付くのだろう。俺のわずかな動作で簡単に壊れてしまいそうな体を引き離すことも出来ず、女の横に付いて歩いた。




