考えなしな行動
「腹の立つ女だ!お前、覚えとけよ!絶対に、何とかして、仕返ししてやるからな!」
「それ、魔王の信条に反してるよね?無理じゃん」
「お前、俺の信条まで知ってるとか…」
「わりとあの時は、ずっとあなた達のこと見てたもの」
「あの時っていつだよ」
ミレイの代理を務めていたあの期間、ミレイが用意してくれたあの空間で、私が急にいなくなって落ち込んだり取り乱したりしてる家族や友達の姿を見ているのは辛くて、私はほとんどこちらの世界の様子ばかり見ていた。
特に私がこちらの世界に連れてこられた原因を作った魔王と勇者と聖女を。その三人はとにかく規格外だった。世界の核壊しちゃうくらいなんだからまともなはずないけど。
はじめは恨む気持ちがあったけど、三人の様子を見ているうちに私はその三人にまるでドラマの中の登場人物に抱くような感情を持ってしまっていた。何もかもスケールが大きくて、やたらドラマチックで。引き込まれずにはいられなかった。
聖女をさらった魔王の城へ勇者がたった一人でやって来て、魔王とお城にいる魔族を相手取って戦いを挑んだり、悪い国に囚われた聖女を助けるために勇者と魔王が手を組んで共闘したり、あれは胸熱な展開だった。これがたった10日間の出来事だなんて信じられない。それまでにも出会いからのいろいろがあっただろうことを思うと、それらを目にすることが出来なかったことが悔しいくらいに。
もともと、聖女は勇者に恋をしていたのだから、魔王は完全に迷惑な当て馬だったのだけれど、それでもその気持ちの真っ直ぐさに私は当てられてしまった。聖女と勇者は真っ直ぐに愛し合い、魔王は叶わぬ恋に真っ直ぐに突き進んだ。その3人の真っ直ぐさが見ていてとても心地よかった。中でも魔王の行動は常識の違いゆえかハラハラドキドキの連続で、それだけではなく不器用に聖女を愛する魔王の姿は心を打った。
勇者と聖女はお世辞にも美人という容姿ではなかったけれど。そこはそれ。さすがにドラマではないのだから。だからこそ、ドラマの中の俳優よりも遥かに見目麗しい魔王の姿は異質だった。
勇者も聖女も本当に素敵な人だったから最後は幸せになれて本当に良かった。ただ、少しだけ魔王が可哀想だと、思わずにはいられなかったのだけれど。
「おい、なんだよ急に黙りこくって」
「ねぇ、魔王。あなたは今」
幸せ?
とは聞けなかった。きっと、そんなことを初対面の私に聞かれたところで気分悪いだけだろうし。幸せではないと言われても、私にはどうすることもできないもの。
「…お前は、ユリアと少し似てるな」
「そう、かな?」
「ユリアも周りの幸せばかり気にしていた。俺を恐れもせず、見下しもせず、初めて優しくしてくれた」
魔王の言葉に私はきゅっと心が締め付けられた。聖女を愛する気持ちはまだ消えてはいないのだ。それでも、聖女のために身を引いた魔王の心を思うと胸が痛い。
「聖女のこと、話すの嫌じゃないの?」
「なんでだよ。この俺が惚れた女だぜ。最高に良い女なんだアイツは」
「…嬉しい」
つんっと鼻の奥が傷んで視界が潤む。
「何でお前が泣いてんだよ」
「泣いてないよ。ねぇ、魔王。もっと聖女との話聞かせて」
「あ?別にいいけど」
「ほんと!じゃあ、私の家に来て。美味しい紅茶があるんだ」
物語の登場人物としての興味だけではなくて、素直にこの人の話が聞きたいと思った。
「お前、俺が何者かわかってんのか?自宅に招くとか…」
「知ってるからこそに決まってるじゃん」
魔王が驚いたように目を見張った。
「お前なぁ、その信頼に満ちた目を止めろ!調子が狂う」
「ふふ、魔王、顔赤いよ」
「グアーッ!黙れっ!」
私はけらけらと笑いながら魔王の腕を引っ張って歩き出す。抵抗されるかなと思ったけれど、女子供には優しい魔王は私の手を振り払うこともなく着いてきてくれた




