―再会―ストワル視点
何がどうしてこうなったんだ…。
長期の依頼を受け、御零のいる大国の王都から離れていた俺は、帰ってきて早々に耳にした噂に呆然としていた。
御零が、娼婦、だと。しかも、ラシュエルの寵愛を受けている。
どういうことだ。御零は宿屋の主人だった筈だ。まさか別の店の話か。いや、その様な偶然はさすがに考えられない。では、御零が私に娼婦だと明かさなかった理由は…。それは、そうか。このように醜い俺に買われたくなど、なかっただけだろう。
ひらりと手紙が手元へと現れ落ちてきた。開けて見れば、御零に渡したものだ。そこには『お仕事が忙しくなければ、また会いに来てください。御零』とそう書かれている。舞い上がりそうになって、すぐさま正気に戻る。御零は一体どのようなつもりでこれを書いて寄越したのだろう。
「友達、か」
それすらも俺には充分過ぎるじゃないか。噂通り、御零は醜い相手にも平等に接するだろう。価値がわかっていなかったとはいえ、俺に回復薬をただで渡そうとするくらいだ。つまり、御零が悪いわけなどではなく、俺が普通では考えられないほどに醜いというだけだ。
ラシュエルですら、許されたというのに。遮蔽の魔法のかかった斜をつけた醜い王子の顔が思い浮かんだ。あぁ、俺にはあの男が持つ身分がない。あるのは、莫大な財産とこの強靭な肉体だけだ。
それでも、俺が御零の手紙を無視することなど出来るはずもなく、自らに清浄の魔法をかけると御零の宿へと向かった。
『御零の愛』そう書かれた看板を目にして、噂がこの宿を指していたことを理解する。看板の横に取り付けられた木板には王家の紋章。一晩の宿代は以前の10倍に跳ね上がっていた。宿代では到底考えられないような値段に愕然とする。御零は本当に身を売っているのか。俺は頭を振る。そうだとして、俺が御零とどうこうなれるなど考える方がおかしい。
ガチャリと鍵が開く音がして、目の前の扉が開いた。中からこの国では珍しい双黒の色彩を持つ少女が姿を表す。
「あれ、ストワルさん?」
「あぁ。久しぶりだな」
「わぁ!もう来てくれたんですね。お仕事大丈夫ですか?怪我はないですか?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に圧倒される。御零はそんな俺を気にすることもなく、部屋の中へと招き入れようとした。
「御零、いくら昼間とはいえ簡単に男を家に入れるな」
「ストワルさんまでそんなこと言うんですか。でも、ストワルさんが私を傷付けようとか変なこと考えてないのはわかりますよ」
わかってないだろ。俺がお前に何を期待しているのか。お前に醜い劣情を抱いているなど…。
だが、俺はそれを押し付けるつもりはない。御零が笑いかけてくれるのならば、俺は友という身で充分だ。
「それよりも、怪我はしてないですか?」
「していない。しても魔法があるからな」
「そうなんですね。良かった」
本当に安心したように御零が笑う。暖かな笑顔が、その言葉が心の奥に染みる。御零がいれば俺はもう孤独ではない。御零の無垢な微笑みは一月半前となんら変わらなかった。彼女はまだ、俺に笑いかけてくれる。
部屋に通された俺はテーブルの前に座らされ、御零の淹れた紅茶を飲む。
「一月半ぶりくらいですよね。ストワルさんはずっと仕事だったんですか?」
「あぁ、長期の依頼で他国へと渡っていた。御零は、変わった、ようだな」
「そうですか?」
御零は不思議そうに首をかしげた。
「あんた巷じゃ聖女とか言われてるみたいだが」
「なんですかそれ?というか、私が聖女なわけないじゃないですか」
クスクスと笑う、冗談だと思っているらしい御零の様子に、俺は本当に知らないのかと瞠目した。噂は王都中に広まっているようだったが、直接御零に言ったものは誰もいないらしい。
「ストワルさんって冗談とか言うんですね」
「冗談ではない」
「えーでも聖女なんて人に言われるほど私いい人じゃないですよ。それにそもそもそんな言われるほど人と関わってないですもん」
そう言いながら、御零はひどく上機嫌に俺に笑いかけた。なぜそこまで機嫌が良いのか。正直、含みのない人の笑みなど正面から向けられたことが少ない俺には、御零の嬉しそうな笑顔は心臓に悪い。かわいい、という感情がどのようなものか、嫌でも理解してしまう。
「だから、今日はお友達のストワルさんが来てくれて、嬉しいんですよ。私にとってストワルさんは、この"国"での初めてのお友達だから」
俺が来たからこんなにも嬉しそうなのか。そう思うと頭が痺れたように歓喜に包まれた。
彼女が、聖女でないのなら、この世に聖女などもはやいないだろう。まぁ、それは言葉通りの存在としてという意味だが。本物の聖女、など、ろくな存在ではない。
素顔を晒せば化け物扱いしかされたことのないこの俺に、真っ直ぐに微笑みかける人間など俺は知らない。
「俺も、あんたから手紙を貰って、嬉しかった」
「う、うれしい」
御零は感動したかのようにふにゃりと表情を崩した。言葉に偽りなどないとわかる。
「ストワルさん、今から街に買い物に行くので、一緒に行きませんか?私、最近料理を習ってて、ストワルさんにも食べてほしいんです」
俺はほんの一瞬迷って、御零の瞳に一分の陰りもないと判断すると、首を縦に振った。俺にさえ平等な御零には理解出来ないのだろうか。俺と共に歩くことがどれほど異様な光景なのか。
「わかった。御零、俺も手伝ってもいいか」
「ストワルさんって料理も作れるんですか」
「まぁ、人並みにはな」
瞳をキラキラと輝かせる御零は俺を友人として受け止めてくれている。今この時が人生最良の時だと俺は確信している。今までの孤独を思えば、信じがたいほどに幸せだ。今さら御零を金で買おうなどとは思わない。それは、友である御零に対する冒涜だろう。
それでも、こうまで胸が痛むのは、どうしてなのか。
「私、たくさんストワルさんに話したいことがあるんです」
「俺も、あんたの話が聞きたい」
頬を薔薇色に染めて御零は俺を見上げる。かわいい、と声に出そうになり、俺は気を引き締めた。御零に俺が抱いている感情を知られたくはなかった。俺を友と慕ってくれる御零を裏切りたくない。
御零と共に扉の外へ出ると、俺は隠蔽の魔法のかかったマントのフードを目深に被った。




