ミレイ「ここにね、お金置いてるからね」
「ミレイ!」
「呼んでくれてありがとう。御零。元気にしてた?」
「うん。ミレイのおかげだよ」
「良かった」
私がミレイの名を呼ぶと、チカチカとまばゆい光が舞って、その光よりも眩しい"創造神"が現れた。
およそ一ヶ月ぶりの再会だが、この世界はミレイの波動で満ちているので、久しぶりな感じはしない。
「ミレイって相変わらず輝いてるのね」
「そうかな?」
「うん。それより、ミレイったらこの世界では創造神なんて呼ばれてるんだね。びっくりした」
「神様なんて柄じゃないのだけどね。今日はどうしたの?何か困ったことでもあった?」
ミレイが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。変わらず優しいミレイに私は安堵した。呼んでも答えてもらえない可能性すらあると思っていたから。しかし、それは杞憂だったらしい。ミレイはいつでも私を守ってくれるだろう。それさえ分かれば、もう心配することはきっと何もない。
「そんなことはないよ。美味しい紅茶を貰ったから、ミレイにも飲んでもらいたいと思って。お隣のハルベラさんという人と一緒にケーキも焼いたから食べていってね」
「とても嬉しいよ。ありがとう」
私はミレイとお茶をしながらこちらに来て出会った人たちのことや出来事を話した。
ミレイにならば何も秘密を抱えずに話すことができる。変に思われることも誤魔化すこともしなくて良い。私が別の世界から来たことは今までもこれからも特に誰にも話すつもりはない。信じてもらえても、もらえなくても、どちらでも構わない。今この関係性で私は満足しているのだから、話す必要は感じなかった。
ただ、ミレイは特別だというだけ。
「ミレイ、私が呼んだときだけじゃなくて、もっと会いに来てよ。忙しいならいいけど」
「…それは、御零が嫌じゃなければ」
「嫌なわけないじゃん」
「ありがとう」
「ここで宿をやってるんだけど、なかなか上手くいかないの。だから、お客さんも来ないし、少し寂しい」
「ごめんね。御零…」
「どうしてミレイが謝るの?」
「そうだね。ねぇ、御零。この国を出て他の国で大きな宿屋をやらないかい?この国と同じくらい治安のよい、御零を受け入れてくれる場所ならもう見つけてあるんだ」
「それは、魅力的かもだけど、ハルベラさんたちと別れるのは嫌だなぁ。でも、どうしてそんなことを言うの」
「それは…」
「確かにここでの宿の経営はたぶん上手くいかないと思ってる。だから、副業を何かしようかなって思ってるの。そしたら私1人くらい生活するのは」
「御零、ここではあなたは…」
「……ミレイ?」
「いや、何でもないんだ。ねぇ、御零。この家にもうひとつ魔法をかけてもいいかな?あなたに性的な感情をぶつけようとする人間は入れないようにする魔法」
「ええっ」
「この世界は物騒だからね。そういう人間があなたの近くに来ないとも限らない」
「わ、わかった」
「向こうがその様な感情を持っていても、あなたが相手をこの家に入れることを許していたら勝手に入れるようになるから。…恋人まで入れなくなることはないから、安心して」
「こ、恋人なんて、いないし大丈夫だよ」
恐ろしく美丈夫なミレイにそんな話をされるとどぎまぎしてしまう。そういう犯罪者は私を傷付けようとしてくるはずだから、今の魔法だけでも充分じゃないのかと思ったのだけれど、これ以上神様に性的な話をされるのはちょっと勘弁してもらいたいので何も言わなかった。
「ありがとう。あなたのことは何者からも私が守るからね」
「お礼を言うのは私じゃない?」
「そんなことないよ」
ミレイが短く呪文を唱えるとまたキラキラと光が瞬いた。魔法の使えない私では何が変わったのかさっぱりわからない。そうだ。魔法を習ってみるのも面白そうだなぁ。やはりファンタジーな世界に来たのだから、使えるものなら使ってみたい。
そのあとはミレイとまた他愛ない話をして過ごした。晩御飯を作って一緒に食べて、ソファでゴロゴロして、ミレイとくっついて眠った、ミレイのそばはあまりに安心できてしまう。穏やかで居心地がいい。
「御零、ごめんね。そろそろいかなきゃ」
翌朝、朝御飯を食べ終えるとミレイは申し訳なさそうにそう言った。私はミレイを困らせないように頷く。
「わかった。また、来てね」
「ありがとう。ねぇ、御零」
その言葉と共にミレイの手が私の腰を掴んだ。え、と思う間もなく引き寄せられる。左手で私の腰を掴んだまま、そのまま右手を顎にかけられミレイの方へ顔を上向かされた。私に触れる手は大きくほんの少し乱暴で、綺麗すぎるミレイの白金の瞳は見たこともないくらい鋭くて息が出来なくなる。初めて、ミレイが男性なのだと知る。喘ぐように私はなんとか息を吸った。
「こういことに、なるかもしれないから。どうか気を付けて」
「あ、…う、ん」
「私みたいに理性で欲望を抑えられる者ばかりじゃないから」
「それって…どういう…」
「御零、男と簡単に一緒の寝床に入るなんて、絶対しちゃダメだよ。寝てしまったら、何をされてもわからない。そこに害意がなければ、あなたが相手を信頼してしまっていたら、この家だけではあなたを助けることが出来ない。私が、昨日あなたに何をしたか、あなたは知らないでしょう」
「な、なにか、したの」
「してないよ。でも、嘘をつくのは簡単だからね」
そういうとミレイはごめんねと謝って私から手を放した。その表情を表す言葉を私は知らない。鋭い眼差しが罪悪感に揺れていた。ドキドキと心臓はまだうるさい。
「私のこともあまり信用してはダメだよ」
「うそ」
「うん。嘘。だけど、あなたはあまりに無防備だから、少しは警戒して欲しい。私が男だということ忘れないで。そして、私はあなたを好ましく思ってる」
そう言うと、ミレイは来たときと同じようにキラキラと輝きながら消えてしまった。私はそれを呆然と見送った。




