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守られ系主人公―ハルベラ視点―

それからあたしは御零のことを実の娘のように可愛がった。御零は嬉しそうにあたしになついてくれている。

御零に関わるうち、彼女が驚くほど物事を知らないことがわかった。貨幣の価値も、簡単な魔法の原理も、この国の歴史や常識も全く知らず、普段家で当たり前に使っている物の名前すら彼女は初めて知ったような反応だった。そうかと思えば、教えたことの飲み込みや理解は早いし、礼儀や作法も知っている、貨幣の価値は知らなかったのに教えもしない計算はすらすらと出来る。

あまりに偏った知識にもしやどこかに閉じ込められでもして育ったんじゃないかと不安を抱くほどだよ。何故そこまで世間を知らずに育ったのか、御零が詳しく話すことはなかったけどね。

そんな世間を知らない御零は、あたしにさえ身を売っているということを隠している。言いたくないことをほじくりかえす趣味はないからね、あたしは何も知らないふりをすることに決めた。だが、もし何かあったときにはすぐに助けられるようにと、絶対的に信頼できる夫のウィリアムと御零の右隣の家に住むケイトには伝えてある。御零にはそれとなく転職をすすめているが、御零は困ったように首を横に振るばかりだった。


それからほどなくして、街でガラの悪い男達が話している嫌な噂を耳にした。

『御零の愛』という娼館にいる娘はどのような男も受け入れ、金さえ受けとればどのような命令にも従順に従う。淫らで浅ましく金にがめつい娼婦であると。その証拠のように客の名にストワルの名が挙げられていた。

あたしはその場で話していた奴らに嘘っぱちを言うんじゃないと厳しく怒鳴り付けた。どこからそんな話が出てきたのか、あの日の朝、御零とストワルの姿を見かけたのはどうやらあたしだけではなかったのだろう。

御零が噂のような人間ではないことは関わればすぐに分かることだ。御零は世間知らずで純粋な少女だ。ストワルのことさえも決して悪し様に言うことはない。だからこそ、もし、その純粋さに付け入られ、男たちに恐ろしいことを強要されているのだとしたら…。私はもう黙っていることは出来ない。

とはいえ、御零の様子に特に変わったところはない。無邪気にあたしの家で料理を習って、客が来ないことを嘆いている。泣いたのもあの朝だけだ。無理に問い詰めることは逆に御零を追い詰めかねないね。そう思うと、あたしに出来ることは少なかった。夜中に客をずっと見張っておくわけにもいかない。


頭を悩ませていた数日後の朝、またも御零の家の前に男達が集っているのを発見した。あたしはすぐさま声をかけようとして、大きく目を見開いた。四人の屈強な男達が囲むようにして御零と薄い布を被った男が向かい合っている。その護衛の中の一人をあたしはよく知っていた。近衛騎士隊に所属する息子のハイルだ。ハイルは第三王子であるラシュエル様のおぼえめでたく、ラシュエル様の専属騎士になっていたはずだ。ということはつまり、あのお方は…。御零は相も変わらずのほほんと手を振って彼らを見送った。彼らの姿が見えなくなると御零は僅かに肩を落としながら家の中に入っちまった。後でハイルを問い詰めなくちゃならない。しかし、ハイルを呼び出すも仕事が忙しいと会えぬまま数日が過ぎた。


「ハルベラさん、料金表を取り付けるの手伝って貰えませんか?」


いつものようにやって来た御零は疲れたような顔をしていた。そして、御零の家の前に立て掛けられている木の板を憎々しげに見ている。


「どうしたんだい?それ」

「この間、王子様だっていうお客さんが来て、一泊の値段を上げろって話になって、そしたらあの立派な料金表が届いたんです。仕方ないから取り付けようと思ったんですけど、ちょっと重たくて」

「王子様が来てたのかい?すごいじゃないか。わかったよ。ちょっと待ってな」


白々しく驚いて見せれば御零は曖昧に頷く。あたしはウィリアムを呼んで、3人でその立派な料金表を御零の家に取り付けた。その料金表には王家の紋章が彫られていた。


「御零、これ…」


ウィリアムが言葉をなくしている。この紋章が意味するところ、それはつまりこの店が王家御用達であることが示されている。こんな小さな店に付けられることは通常あり得ない。


「あの、私は反対したんですけど、この値段にしろという命令で…」

「いや、値段じゃなくてだね。この紋章が彫られてるってことは、王子様はあんたの店のことが相当気に入ったんだね…。こりゃ、王家御用達をあらわすんだよ」

「え、そうなんですか?」

「知らなかったのか」

「はい」


王子様も考えてるねぇ。王家御用達にしちまって、値段をつり上げれば、金のないゴロツキ供からは御零を守れるかもしれない。だが、あの噂が有る限り逆にクズな連中の興味をひかないとも限らないんだがね。


「ウィリアムさん、ハルベラさん、ありがとうございました。お茶を入れるのでどうぞ上がってくださいね」


御零はあたし達が心配してるとは露とも知らずにニコニコ笑っている。それでいいんだ。あたし達は御零を悩ませたい訳じゃないからね。




-----------------


それから程なくして、街では新たな噂が流れていた。


『御零の愛』という娼館には、心優しく、どのような容姿の者にも平等に接する、聖女のような少女がいるらしい。その優しさは平等ではあるが、その愛を得るためにはただ1人彼女だけを愛さねばならない。高潔なその少女の魂に王家の者でさえも心酔しているという。もし、少女が望まぬことを強要し傷付けるようなことがあれば、その者にはそれ相応の罰が下されるだろう。


その噂を流したのが、ラシュエル様本人であることは、ハイルから聞き出して知っている。これで、ひとまず少しは安心しても良いだろう。王家に逆らうなんてそんな馬鹿な輩は少ないだろうしね。しかも、御零の一夜の値段は庶民が気軽に手が出せるものでもない。御零を守りつつも自ら独占しないとは、ラシュエル様は御零を相当気に入ってるんだろうね。

あの王子様やり手だねぇ。こりゃ王家もハイルも安泰かね。

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