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曇天

「御零、昨日貴女は客が来なくて困っていると言っていたな」

「うん」

「私が日を開けずここに来れれば良いのだが、正直それは難しい」

「大丈夫だよ。そこまで気にしてもらわなくても」

「いや、そうはいかない。故に、御零は一晩の値段を上げるべきだと思うのだが」

「いやいや、今でも充分に高いと思うんだけど」

「何を言っているんだ。安すぎるだろう。御零は自分の価値を分かっていない」

「わかってるよ。今でもお客さん全然来ないのにこれ以上値上げしたら本当に誰も来なくなっちゃう」

「誰が来ずとも私が来る。私は御零に苦労をさせたくないのだ」

「おかしいって。ラシュエルにそんなお世話してもらう義理ないし」

「私が御零を助けたいのだ。御零がこの店を続けたいわけではないのならば、他の仕事を手配しても良い」

「…ううん、宿は続ける。まだ本格的に潰れそうな訳じゃないし。これからだってラシュエルみたいに気まぐれにお客さんが来ることもあるだろうし」


ラシュエルに紹介してもらえる仕事に興味がないわけではないけれど、やはりまだ、この世界の常識もまともに知らない私はこの家の外で働く勇気がなかった。ラシュエルは落胆したようにアメジストの瞳を伏せる。


「そうか。ならば、やはり価格を上げるべきだ。最低でも今の20倍程度にすれば良いだろう」


20倍って、一泊100万円?そんな宿聞いたことない。しかも民宿よりも小規模のこの宿でそんな値段をふっかけたら誰も来るわけがない。王子様のラシュエルは金銭感覚がおかしいのだろうか。


「100,000ベルなんて誰も来なくなっちゃうよ」

「心配することはない。必ず私が月に一度は来るようにする」

「何それ。そんなの駄目だって。それじゃ私働きもせずラシュエルに養ってもらってるだけじゃない」

「何か問題があるのか?御零は貴女だけを愛する者しか受け入れぬのだろう」


どうして、今その話題が出てくるのか。繋がりが見えない。とにかく、ラシュエルの提案を受けるわけにはいかない。


「何で私がラシュエルに養われるの。そんな関係じゃないじゃん。私、ラシュエルにそんなことしてもらいたいなんて思ってない」

「御零の、気持ちは、わかるが…。私とて、御零を他の者にみすみす渡したくはない」


何故かとても真剣な顔でそんなことを言われて面食らう。よく分からないけど、ラシュエルは私が誰かのものになるのが嫌だから養いたいってこと、だよね。


「ラシュエル、この際だからはっきり言うけど。そういうの、彼氏面みたいなのされるの迷惑なんだけど」

「そんなつもりでは、ない…」

「じゃあもうこの話は終わりにしよ」

「御零、それでは、今までと変わらないだろう」

「だからって、ラシュエルに頼り切りの経営なんて嫌」

「では、10倍でいい。これ以上は下げられぬ。御零が頷いてくれぬなら、私は王子としての権限をもってこの店に命令を出す」


そんなのありなの。私は憤慨してがたりと椅子から立ち上がった。ラシュエルの眉尻が僅かに上がった。


「そんな命令だしたらラシュエルのこともう絶対この家には入れないから」

「くっ…。これは御零の為だ。このままでは、この店には御零に相応しく無い卑しく粗野な客ばかり訪れるだろう。そんなことは、許せないんだ。頼む。頷いてくれ。貴女が傷つくことだけは耐えられない」


ここはチートハウスだ。そんな人が来たところで私の宿に近づけもしないだろう。だから、儲かってないのかもしれないけど。本当になんて物騒な世界だろう。

この家には私に害意ある者は近づけないってことを知らないラシュエルは、私のことを心の底から心配して言ってくれているらしい。あまりに必死な表情。どうしてそこまで私のことを心配してるのだろう。わからない。わからないけれど、ラシュエルが本当に私だけのことを考えて言っていることは伝わってきた。

それに、国に楯突いてここから追い出されるようなことにはなりたくない。追い出されなくても、国からの命令に背いた店なんて言うレッテルが貼られたら、客が来ないばかりかせっかく仲良くなったハルベラさんやウィリアムさん、ケイトさん達とも疎遠になってしまうかもしれない。そう考えると、私は頷くほかなかった。


「わかった。ラシュエル、今回は従うけど、次王子様権限とか言いだしたり脅したりしたら、本当にもう絶対にこの家には入れないから」

「わかっている。これが最初で最後だ。すまない」

「…いいよ。ラシュエルが私を思って言ってくれてることはわかったから。でも、次はないから」

「わかっている」


ラシュエルがあんまり神妙な顔で頷くから、私は少し笑ってしまった。ホッとしたようにラシュエルは眉を下げた。

こんな宿で一泊50万なんて一体誰が来るだろう。ラシュエル以外来るわけがない。これは本格的に他の仕事に就くことを考えたほうが良さそうだ。もしくは宿以外でこの家を有効活用する方法を模索するか。その為にも、私はこの世界のことをもっと知っていかないとな。まずはミレイにもらったチートアイテムの使い方をマスターしよう。

ラシュエルはその後ほとんどゆっくりする間もなく帰らなければならなかった。ラシュエルはきっちり50,000ベルを支払うと紗を被って外に出る。本当に護衛の人達は朝まで外で控えていたみたいで、私はなんとなく心苦しく思ってしまったのだけれど、ラシュエルも護衛の人達もそれが当然とばかりに話しているので、きっと何も特別なことでは無いのだろう。紗を被ってしまうとラシュエルの美貌は完全に隠れてしまった。あの紗も魔法がかかっているのかもしれない。そう思いながら私はラシュエルに手を振った。


「気をつけて帰ってね」

「ああ。御零、くれぐれも怪しい客は相手にしないように」

「わかってるって。じゃあね」

「近い内にまた来よう」

「うん」


お別れはいつだって寂しい。私はラシュエルたちが見えなくなるまでその背中を見送った。

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