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信じるもののすれ違い―ラシュエル視点―

「…貴女は容姿で人を判断しないのだな。今までそのような者に会ったことなどなかった」


優秀であること、成果を出すこと、それをひたすら追い続けてきた。正しさよりも、利益や効率を重視してきた。それが悪かったとは思わない。ただその結果、彼女に軽蔑されたのだろう。私の空虚な内面を。


「私が愛したところでそれが喜ばれるなど思ったこともなかった」


事実、そうだっただろう。婚約者候補の誰一人として、私を恐れない者はいなかった。


「あなたの立場なんて知らないけど、自分を愛してもくれず、ただ目的のために利用されるだけだと分かっている人と誰が結婚したいと思うの?あなたは愛のない結婚をしないといけないのかもしれない。でも、そこに情がないのは、辛いよ。大事にしてもらえなきゃ、あなただって嫌でしょう?」


あまりに甘く、優しい彼女の考え。それに反発したいと思う気持ちが確かにあるのに、私は理解してしまった。


「そのように考えたことも、なかったな…。いや、昔はそのように考えていたかもしれない。だが、今はそのように考えること自体出来なくなってしまっていた。私は、私を受け入れてくれた者を大事にしたかった…」


私の目的を理解し、私のような者に嫁いできてくれるのならば、その意思を出来る限り尊重し大切に扱うつもりでいた。もし、叶うのならばと、そこに小さな幸せを願ったのは、確かだ。小さな私は、たとえ、愛がなくとも、穏やかに過ごせる場所が出来るのではと、夢を見た。

それは、叶わぬ夢であったが。私が大事にされるなど、考えられなかった。婚約者を得ることは、私が国王になるために必要な条件だ。故にその条件を満たす手段である婚約が、ただの手段でしかなくなっただけだった。


「うん」

「だが、私のこの見た目では受け入れられなかったのだ。誰も、私を見ることすら、しなかった。この国を守るために、私には妃が必要だ…」

「うん。でも、なら余計、あなたはあなたの心で勝負しないといけないんじゃないの」


あの女達には不可能だと、思い込んでいた。だが、私が彼女達にきちんと向き合っていれば、何か変わったのだろうか。

ああ、本当に。私は私の誠意を尽くし、心から貴女を好きになっても良いのか。それは、貴女の迷惑にならぬのか。


「貴女はどうしてそこまで」


公平でいられる。


「…?」


醜い容姿でも、王子という生まれでも、高すぎる能力でもなく、作り上げてきた実績すら興味はないとばかりに。貴女は私の心のうちを見ようとする。


「貴女のように私の内面を見て向き合ってくれる者など、いなかった。良くも悪くも私の外見しか見はしなかった。誓約は違えない。二度と貴女が怖がるようなことはしない。貴女の許しなく触れたりも決してしない。だから、どうか、私が貴女に会いに来ることを許してくれないか。もちろん貴女の客として代金は支払う。貴女が望むものは」


彼女が小首を傾げる。私の言葉はもう貴女に届かないのだろうか。貴女だけを、ただ、愛したいと、願うことすら許されないのだろうか。


「それ、本気なら、私に拒否する理由無いんだけど」


目を見開く。軽やかな声だった。その漆黒の瞳に怒りや侮蔑の感情は見えなかった。拒否しないと、言ってくれるのか。貴女を怯えさせた私を、許してくれるというのか。


「私がここに来ても構わないのか?」

「うん。私、お客さんが全然来ないから困ってたの。あ、失礼な言葉遣いでしたね。すみません」


彼女の口調が敬語に戻る。それは少しだけ近付いた距離がまた離れるようで、胸が痛んだ。


「やめてくれ。先程までのように楽に話してくれ。貴女にそのように話されると胸が苦しい」

「そういうことなら、わかったよ。そう言えば、私名乗ってもなかったね。私は御零」


名乗られたのだから、名を呼んでも良いだろう。


「御零」


名を呼ぶだけで胸が詰まった。


「あなたのことはなんて呼べばいいの」

「この場ではただラシュエルと。あなたの前でだけ私はただの男だ」

「ラシュエルだね。私のお店をどうぞご贔屓に」


名を呼ばれただけで舞い上がってしまいそうになる。


「当然だ。私は貴女以外に興味はない」


御零は少し困ったように私を見ていた。


「ラシュエルってそういえばいくつなの」

「17だ」


御零が話し掛けてくれたことが嬉しかった。


「あ、1つしか違わないんだね。もっと年上なのかと思った。あれ、もうこんな時間なんだ。そろそろ、休まないとだよね」


御零が時計を見た。時刻は23時を回ろうとしていた。御零は隣の部屋で休むと言う。


「御零、一緒には、寝てくれないのだな。私を信じてはくれぬか」

「え、いや、普通、一緒には寝ないよね」

「わかった。貴女に信じてもらえるよう努力しよう」


御零は淡く笑った。

御零だけを愛する。まだ、生まれたばかりの感情は、私でも持て余しているのだから信じてもらえぬのは当たり前なのかもしれない。信じてもらうためには御零に私の誠意を見せねばならないだろう。御零は自分を愛する者にしか応えないと言った。ならば、御零の客として受け入れてもらうことが、私のすべきことだ。


そう。その後は、御零が逃れられぬよう、周囲を固めてしまおう。周りの騒音など御零に届かせる前に握り潰せば良い。私は王になるのだ。完璧に御零を迎え入れる準備をすれば、この店の外でも私は御零だけを愛する者になれる。御零が自ら私を望むよう、私の持てる全てをかけよう。

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