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王子(思春期)―ラシュエル視点―

彼女の言葉の理由は判然としない。

彼女の顎から手を放す。あからさまに安心した様子の彼女に胸が痛んだ。


「何故、拒絶する。私は…」


貴女が望まぬことをするつもりなど無いのだ。触られたくないと言うのならば、それはそれで構わない。私に悲しみはあれど、ただそれだけだ。もはや、今の私が彼女に無理を強いる理由にはならない。彼女が私を拒絶する理由が、私の醜いこの顔では無いのだと知っている。


「私は、私のことだけを思ってくれる人じゃなきゃ、好きになんてなれません」


貴女だけを思う?それは、私が貴女を好きになれば、貴女も私を好いてくれる可能性があるということか?それは私の願望からの耳に心地よい幻聴ではないのか。もし、幻聴ではないのだとすれば、それは…。


「貴女は、何者でも受け入れると聞いた」

「な、何ですかそれ?そんなわけないじゃないですか」


噂は噂に過ぎなかった。彼女が嘘をついているようには見えない。その事実が嬉しかった。彼女がどのような人間でも構いはしないが、それでも、彼女が客から意に沿わぬことを強いられていなければ良いと、そう思うのだ。


「そうだったのか…。では、もし私が、貴女を思えば、貴女は私を受け入れてくれるのか?」

「だから、からかわないでください」


からかってなどいない。私自身は真剣そのものである。何故その様な受け取り方をされるのかがわからない。


「あなたがどういう意図で私に触れようとしたのか知りませんが、私は、私だけを愛してくれる人しか、受け入れたり出来ません」


それは、なんと残酷なことだろうか。彼女だけを愛したところで、娼婦である彼女は自分だけのものにはなりえぬというのに。それでも、その愛を望むならば、彼女だけを愛さねばならないという。


「貴女は身勝手なのだな」


自分だけが恋に落ちることがないように。叶わぬ恋は望まず、初めから愛してくれる者にしか愛を与えない。


「な、あなたに言われたくないです」


彼女は確かに誰でも受け入れるのだろう。彼女だけを愛する者ならば、誰でも。それならば、私でも、良いだろう?才能ならばある。身分だけならば、誰にも劣らぬ。貴女の望みを叶える程度の力ならば十分に。


「私は、ラシュエル・リ・アイリュスト。この国の第三王子だ。私はいずれこの国の王になるつもりだ。けれど、現国王は私に王位を譲ることを躊躇している。私に婚約者が出来なかった為だ。たとえ、婚約者の地位を受け入れたとて、あの女達は醜い私と空間を共にすることすら出来ぬのだから、子を為すなど不可能だろうがな。その点、貴女は、私が貴女を愛せば、私の子を産んでくれるのだろう?決して悪い話ではない筈だ。私の婚約者になってくれ。こんな場所で働く今よりは遥かに良い暮らしをさせてやろう。王妃の責務など考えなくとも良い。私が誰にも何も言わせはしない」


私は、言葉を、誤ったのだろう。言葉を重ねる毎に彼女の表情は固く強張っていった。

だが、私に、他に何を言えた。私自身になど価値はないのだから。

私はこの国の王となる。貴女はあの女達とは違う。私を醜い容姿で判断することはないのだから。その身をただ愛する私を、貴女は受け入れてくれさえすればいい。全てが貴女の望むまま。決して、貴女を侮らせはしない。その手にひとつの負担もかけない。

私の頬を打つ為に振り上げられただろうその手はあまりに無力だった。掴んだ華奢な手首は力を込めれば折れてしまいそうに頼りない。だが、私は、彼女の瞳に浮かぶ侮蔑の感情が恐ろしい。


「私は、あなたの為の道具じゃない。あなたに婚約者が出来ないのは、顔のせいなんかじゃない。あなたの性格の問題よ!」


そんな馬鹿なことがあってたまるか。私の中身など誰も見ようとはしなかった。貴女を道具だなどと私が思える訳がない。

私は、咄嗟に虚勢を張っていた。


「誰に口を利いている。許されると、思うなよ」


低く唸るような声が出た。彼女の声に、言葉に、私の心の内は切りつけられたように痛み、呼吸すらままならない。華奢な手首を掴む手に力がこもった。

彼女に抵抗といえる抵抗をされたのは初めてだった。私の手を振りほどこうと暴れる体を傷つけぬよう抑え込む。下手に私を殴れば彼女の柔い皮膚は傷ついてしまうような気がした。彼女の両の手をその顔の横に押さえつけ、怒りに染まった瞳を見下ろす。

その漆黒の瞳が揺らめく。あ、と思った時にはその瞳は涙に溺れていた。

脳が、全身が凍りつく。立場など知らぬと、許しを請いたくなった。それが許されぬ身であることを、私は嫌というほど知っている。

泣きながら唇を噛み締める彼女が痛々しくあまりに可哀想で私の虚勢は消え失せた。


「……泣くな」


あふれる涙をすくい上げる。こすれば赤くなってしまうだろう薄い皮膚を傷つけぬよう。泣かせるつもりなどなかった。だが、当たり前のことか。私のような者に拘束され見下ろされ怯えるなという方が無理がある。彼女を怯えさせる行動を取った自らが許せなかった。


「悪かった。もう二度と私は貴女を傷つけない。ラシュエル・リ・アイリュストは万物を統べる創世の神名に誓う」


創世神への誓いは、その誓いを翻さぬ限り加護が与えられ、誓いを破れば天罰が下るとされる。故に、その誓いは決して違えないという意思表示。私は彼女の上から退き、起き上がろうとする彼女の前に手を差し出した。彼女はしばらく悩んでから私の手を取ってくれた。

彼女の言葉は、私を抉った。しかし、同時に、見た目ではなく、身分ではなく、能力ではなく、私の心を見てくれたことが嬉しかった。その評価が最低だったとしても。

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