残念系―ラシュエル視点―
「お客さん、晩御飯食べました?」
「あぁ」
「そうですよね。じゃあ、ケーキだけでも食べません?今日作ったんですけど、とっても美味しくできたんです」
彼女はニコニコと笑って、私の返事は聞かずに隣の部屋へと消えてしまう。なぜそのようなことを私にするのだ。毒を盛られるのだろうか。生憎、大抵の毒には耐性を付けている。解毒の魔法も使える。
「どうぞ」
琥珀色の紅茶とフルーツがふんだんに乗せられたケーキが目の前に差し出された。彼女の表情はニコニコと変わらない。もし、彼女が私を殺すつもりだというのならば、私は彼女を殺さねばならない。それは、出来るならば、避けたかった。たとえ、演技であろうと、笑顔を向けてくれた。それが、何らかの罠であったとしても、私を受け入れてくれた。
故に、私は、彼女に出された物に手をつけられずにいた。毒であると分かれば、もう二度と彼女から微笑みかけられることはない。私が彼女を殺すのだから。
「もしかして、毒味とか必要ですか?ごめんなさい。すぐ下げますね」
彼女の少し残念そうな声。私は覚悟を決めた。敵であるならば、早めに分かっている方が良い。私が冷静である内に。いつでもアラン達に合図が送れるよう備える。
「いや、貴女が先に食べてくれないか?さすれば信じられる」
彼女は少しの躊躇いもなく紅茶とケーキに口を付けた。もちろんそれだけで信じられる筈もない。だが、私はあえてそれらを口にした。味に異常は感じられない。ただ、甘く、落ち着くような味がした。飲み込む寸前、解毒の魔法を発動したが効果はなかった。
「おいしい」
思わず、そう口にしていた。毒物を出された訳ではなかったのか。ならば何故私にこれらを出した?
彼女は嬉しそうに微笑む。
なぜ?その様に笑むことが出来る?私を受け入れてくれるというのか?
嬉しい。いとおしい。彼女を、愛でたい。優しくしたい。甘やかしたい。
ケーキを食べ終わり、風呂に入るか問われる。既に呆れるほど身は清めて来た。彼女にも強くすすめられなかった為、私は首を横に振った。
いよいよ、なのだな。
私は彼女に手を差し出した。何をすれば良いかは頭に叩き込んで来ている。私は彼女に無体を働くつもりなど無い。もしも、万が一、私を受け入れてくれたならば、ただひたすらに優しく愛すると決めていた。彼女は、その柔らかな手を私の手に重ね合わせた。暖かなぬくもりに心が歓喜に震える。喜びのまま彼女の華奢な体を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。抱き心地の良い凹凸の無い体。彼女からはくらくらするほど良い香りがした。
「甘い、香りがするのだな」
彼女の頭に顔を寄せ甘い香りを堪能する。気ばかり急いて彼女を傷つけぬよう気を付けなければ。私の胸に彼女の手が押し当てられる。体を放そうとする動きに気付き、腕の力を緩めた。彼女の顔を見下ろせば、真っ赤に染まった可愛らしい表情。困ったように垂れた目尻が男心をくすぐる。やはり、彼女は男をたらしこむ術に長けているのだろう。
「からかわないでください」
可愛らしい唇からもれる声も言葉も私を煽って仕方がない。上目遣いで睨み付けられたところで、私には可愛く見えてしまう。
「赤い顔をして…。貴女はかわいいな。初めてではないだろう?」
耳元に唇を寄せる。彼女は小さくいやいやと頭を振った。嫌がる素振りすらいじらしく、本当に初めてなのではと錯覚を覚える。有り得ないことだ。彼女は娼婦なのだから。
「ほんとに、ちょっと、離れて」
「何故だ」
本気で嫌がっていたならば、突き飛ばすなり、泣き叫ぶなり、する筈だろう。婚約者候補の女達がしてきたように。困惑したような表情を浮かべる彼女を風の魔法で包み込み、大きなベッドへと運んだ。白いシーツの上に彼女の黒髪が広がる。魔法に驚いているらしい彼女の綺麗な髪をさらりと撫でた。
「逃げないで、いてくれるのだな…。出来るだけ、優しく、する」
彼女に溺れないなど、不可能だと悟った。彼女の優しさに、心が、体が、喜びに満ちている。彼女がいとおしくてたまらない。彼女の髪が手からするりとこぼれ落ちる。上体を起こした彼女の表情は固い。
「あの、無礼を承知でお伺いします。もしかして、私のこと、好きなんですか?」
真剣な様子の彼女に拒否されるのではと身構えていた私は驚いた。そして、問われた内容に咄嗟に答えられはしなかった。彼女がいとおしいと感じたのは確かだ。しかし、好きなのかと問われれば、それは素直に頷くことが出来ない。彼女は娼婦なのだからそんな私の感情は迷惑になるのではと考えてしまう。
「それは、わからない」
「なら、勘違いさせるようなことしないでください。私のこと好きでもないくせに困らせないで」
どういうことだ?彼女の言葉の真意がはかれない。勘違いとは、どういうことだ?私の何が彼女を困らせる?
「あなたはとても身分の高い人なんでしょう?」
ここは、娼館だ。身分など関係なく、一晩の愛を売る場所ではないのか?彼女は娼婦で、私が望むことなど、許される筈もない。彼女が望むならば、それを拒否するつもりは無い。責任を取れと言うのならば、喜んで彼女を受け止める。
貴女は、どういうつもりで、その様なことを言うのだ。
片手で彼女の顎を掴み、顔を近づける。私の容姿を厭う訳ではないのならば、なぜ?真っ直ぐに見つめられる漆黒の瞳に私の酷く醜い顔が映る。唇が触れる寸前まで近付いたところで彼女の瞳に嫌悪感が浮かぶことはなかった。
私は、どうすれば良いのだ?
「…そうだよ」
貴女が嫌がることなどしたくはない。だが、貴女が嫌がることが、わからない。




