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ハイスペ―ラシュエル視点―

作中にある職業を貶めるような表現がございます。このような考えを推奨するものではございません。ご気分を害される可能性のある方は閲覧なさらないことをおすすめいたします。

ここまで、来てしまった。『御零の愛』と書かれた看板に、身を売るにはいささか安すぎるだろう値段の書かれた料金表。民家の立ち並ぶ一角にある小さな一軒家。それがあの噂の娼館だった。

護衛の男が体格に似合わぬ心配そうな顔を私に向ける。私を心配しているのだろう。王国軍の次期総司令官と目される男、アランは幼い頃私に付けられた遊び相手だった。私は紗の中でうっすらと笑う。


「エル様、本当に行くのか?」

「ああ」

「ああって…。そんな青い顔してよく言うぜ」

「これを被ってるんだ。見えるわけがない」

「わかるっての」

「アラン、大丈夫だ。決してお前が心配しているようなことは起こらない」


私が傷つくことはない。たとえ、娼婦に蔑まれ罵られようと、そんなものもう飽きるほどに体験していることだ。万が一、受け入れられることがあれど、ここは娼館。その様な場の客として、節度を保とう。娼婦に入れあげることなど、有り得ない。

私の命令に護衛の一人が前に出ると娼館の扉を叩いた。程なくして中から声が聞こえてくる。若い女性の声。心臓が軋んだ音を立てた。扉の中から出てきたのは、艶のある漆黒の髪と瞳を持った女性。太ってはいないが凹凸のない魅力的な体型。顔立ちは平凡だが、決して醜くはない。身を包む衣服は丈の長い柔らかな素材のワンピース。露出のない衣服を着て、まるで俺たちのことなど知らぬとばかりに不思議そうな表情を向ける。一見すれば娼婦などではなく、無垢な少女のように見えた。


「あの、私に何かご用ですか?」

「お前がこの店の御零か?」

「そうです」


女性は頷き、そして私にちらりと視線を向けた。護衛の男も私を振り返り指示を待つ。紗を被っている私が気になるのだろう。この紗は外からは中を窺うことは出来ぬが、内からははっきりと外の世界を視認できる。更に魔法で自らを目立たなくすれば、私であっても街中の視察などで困ることはない。

私はほんの僅かの間逡巡し、すぐに心を決めた。彼女は娼婦だ。何を言われようと構うまい。

被っていた紗を外しアランに渡した。女性の視線はその間私からそらされることはなかった。


「ラシュエル様っ」


思わず、といったようにアランが私の本名を呼ぶ。窘めるように睨めばハッとしたように押し黙った。この名だけで王子だと知られることは無いだろうが。

その時、あまりに自然に視線が重なった。女性は表情を変えることもなく、ただ漆黒の瞳で私の瞳を見つめ返す。

あまりに自然で、だからこそ、強烈な違和感。今まで、こうも自然に視線が合ったことがあっただろうか。嫌悪、恐怖、不快、憐憫、嘲り、侮蔑、それらの感情すらその表情からは読み取れない。

驚き、期待、動揺、不安、そんな感情が溢れかえる。心臓がうるさく鳴り響き、息をする度に胸が痛む。乾ききった唇を湿らせ、私は言葉を絞り出した。


「一晩この店に泊まらせてくれないか」


次の瞬間、彼女は花が咲きほころぶように微笑んだ。私を見て、こんなにも真っ直ぐに微笑んだ者がいただろうか。いや、いない。そんな者がいたとすれば、忘れられる筈がないのだから。たとえ、それが愛想笑いでしかなくとも。


「お泊めしたいのはやまやまなのですが、見ての通り私の宿は狭くて、お二人までしかお泊め出来ないんです。ベッドは1つしかないから一緒に寝ることになりますよ」


アラン達の空気がザワリと不穏なものになる。王子である私を彼らは信奉している。私が実力で勝ち取った信頼できる部下だ。彼らからすれば、王子である私と情事を共にするなど有り得ない。それを提案してくる娼婦に怒りを感じることはおかしくはないだろう。


「噂通り、なんでも、するのだな」


男二人をその華奢な身で受け入れると言う。大人しげな姿も、無垢な仕草も、全ては商売道具か…。だが、それでも、彼女は私の容姿を忌避しない。


「良い。全て許す。お前達は外で待て」


アラン達に向け小声で指示を出した。


「中に入るのは私だけだ。他の者は外で控えさせよう」


困惑したように小首をかしげ、アラン達を見上げる姿に、また、騙されそうになる。彼女は娼婦だ。無垢な少女ではない。全ては演技に過ぎない。


「え、と、そこまでしてここに拘らなくても、他にも宿はあると思うんですけど…」


あぁ、やはり、私を相手にするのは不可能だとでも言うつもりだろうか。ここまで、期待をさせておいて。


「なんだと、私を相手にするのは嫌だとでも言うつもりか?」


怒りがわいた。同時に、心が締め付けられるように痛む。ストワルを受け入れたという娼婦にすら、私は受け入れられはしないのか。


「そ、そんなこと言ってません」


取って付けたような否定の言葉に、更に苛立ちが募った。醜い男を弄んでそんなに楽しいか。男に金で買われる娼婦の分際で。


「ならば、いくら払えばいい?ここに書いてある額の10倍払えば満足か?それとも、ストワルと同額払えというのなら、それでも良いが」


「嫌な言い方、しないでください」


鋭い声だった。初めて不快感を露にした女性に驚く。当たり前か。彼女を怒らせてしまったのだろう。


「あ、の、ごめんなさい」


「…いや、私の失言だ。気にしないでくれ」


はっとしたように彼女は謝った。悪いなんて欠片も思っていないのだろう。私から目を離さず潤んだ瞳で見上げてくる。彼女を怒らせてしまったことに焦っていた私は安堵し謝罪を受け入れた。


「仕方ないですね。あなたがそこまで言うのなら、あなただけお泊めします」


彼女はそう言うと、私を宿の中に招き入れようとした。思わず、いいのか?と発しそうになる。それは、"私"らしくない、と直ぐ様口をつぐんだ。受け入れられたことが信じられず、罠なのではないかと疑う。あぁ、罠でも良いか。彼女に私を傷付ける術があるとは到底思えない。外にはアラン達が控えているのだ。逃げられもしないだろう。私は緊張しつつ店に入った。

店の中は思いの外明るかった。派手さはないが統一感のある室内。テーブルの前の椅子に座るよう促された。

どうしても、ベッドに視線が行ってしまう。私と彼女が寝ても有り余る程度には大きい。

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