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甘い

チートハウスが問題なく稼働しているならば、この人たちに私を傷つける意思はないはずだ。だからって大の男四人に囲まれて怯えない方がおかしいのだけれど。一番身分の高そうな紗を頭から被っている男に視線を合わせ私は声をかけた。


「あの、私に何かご用ですか?」

「お前がこの店の主人の御零か?」


威圧的な声。一番前にいる男が答えた。質問に質問で返してこられ、私は心の中でため息をついた。どうやらこの者達に害意はなくとも、私に礼儀を払うつもりもないらしい。一体なんだというのだ。


「そうです」


私の頷きに一番前にいた男がちらりと紗を被った男の様子を伺う。紗を被った男が大男を後ろに下げさせ、そして自らも一歩前に出た。そして被っていた紗をさらりと外し、そばに控えていた男に渡す。その動作があまりに優雅に見えて私は目を奪われた。


「ラシュエル様っ」


驚いたような男の声に、私はやはりこの人の身分が高いことを理解する。偉い人なら偉そうにするのはある程度仕方ないのだろう。そして、現れた美貌の青年に私は更なる戸惑いを覚える。

この世界では美形の人とよく出会うなぁ。

以前いた世界で彼やストワルさんとおんなじくらい綺麗な人には一度も出会ったことがない。ミレイは神様的存在なので置いておく。

あふれんばかりに輝く金髪、アメジスト色の甘い色気のある瞳、桜色の薄めの唇、絵本の中から出てきたのではという錯覚を覚えるほどに麗しい容姿の王子様然とした青年だ。

もちろん私はその美貌の青年に心当たりはない。ぶしつけに眺め回すわけにもいかず、その甘いアメジストの瞳を見返すにとどめる。


「一晩この店に泊まらせてくれないか」


な、なんだ、お客さんだったのか。私は、慌ててにっこりと愛想笑いを浮かべた。あからさますぎたかな。


「お泊めしたいのはやまやまなのですが、見ての通り私の宿は狭くて、お二人までしかお泊め出来ないんです」


しかもベッドは1つしかないから一緒に寝ることになりますよ、と続ける。それに対して美貌の青年の後ろにいた男達は明らかに表情をしかめた。美貌の青年が小さな声で何か呟いたが、私には聞き取れなかった。あまり良いことを言われているとは思えない。


「中に入るのは私だけだ。他の者は外で控えさせよう」

「え、と、そこまでしてここに拘らなくても、他にも宿はあると思うんですけど…」


はっきり言って久々のお客さんだから、本当はぜひ泊まっていって頂きたいのだが、さすがに青年の言葉には頷けなかった。宿なんていくらでもあるはずだ。ここは大国の王都だ。


「なんだと、私を相手にするのは嫌だとでも言うつもりか?」

「そ、そんなこと言ってません」


なんというマイナス思考な美形だろう。皮肉な言い方をしているのに、私には傷ついているように聞こえた。


「ならば、いくら払えばいい?ここに書いてある額の10倍払えば満足か?それとも、ストワルと同額払えというのなら、それでも良いが」

「嫌な言い方、しないでください」


思わずカチンときて言い返してしまった。言い返してから怒らせたらどうしようと少しだけ不安になる。彼は身分の高い人みたいだし。


「あ、の、ごめんなさい」

「…いや、私の失言だ。気にしないでくれ」


涙目で上目遣いで見つめたことに効果があったのかなかったのか、まぁなかっただろうけど、彼も自らの非を認めてくれたので、私はほっとした。そして、彼がここまで言うのだから、と美貌の青年だけを私の宿に泊めることを決めた。

美貌の青年を宿の中に招き入れ。私は、少しだけ緊張する。麗しく高貴な雰囲気漂う青年にこの宿は相応しくないように思えた。せめておもてなしだけでも頑張ろう。

私は青年に晩御飯は食べたか尋ねた。もうご飯は食べた後だという。ならばと、私は冷蔵庫にあった小さなフルーツケーキを彼に食べてほしいことを伝えた。実は今日ハルベラさんに習って作ったものだ。とても美味しくきれいに出来たのだ。紅茶も入れて、彼の前に差し出す。


「どうぞ」


しかし、彼はケーキにも紅茶にも手を付ける様子がない。あ、もしかして、これは、毒味が必要とか?先走って彼に迷惑をかけてしまったかもしれない。


「もしかして、毒味とか必要ですか?ごめんなさい。すぐ下げますね」

「いや、貴女が先に食べてくれないか?」


そうすれば信じられると言う彼に、私は偉い人って大変なんだなと思いながら、彼に出した紅茶を一口飲んで、ケーキを一口食べてみせた。とっても美味しい。迷いなく口にした私に、彼は意を決したようにまずは紅茶を、そしてケーキを食べてくれた。そこまでして食べてくれなくてもいいのになぁとは思ったが、彼が思わずといった感じでおいしい、と言ってくれたのが嬉しくて私はにっこりと微笑んだ。

ケーキを食べ終わった彼に私はお風呂をわかそうかと聞く。彼には不要だと言われたので、私は自らの部屋に戻ろうかと思った時だった。


彼からすっと手を差し伸べられ、私は困惑しながらもその手を取る。握手かな?手を繋いでから、何かを取ってくれと言いたかったのでは、と思った瞬間、私の体は彼の腕に引き寄せられ囚われていた。


「甘い、香りがするのだな」


頭に顔を寄せられすんと匂いをかがれた。その言葉にボンっと顔に熱が集まるのを感じる。今私は美貌の青年に抱き締められているらしい。なぜ彼がそんなことをするのか分からず、私は目の前にある青年の胸に手をつき体を離そうとした。こんな美貌の青年が出会ったばかりの私に好意を抱くなんて信じられない。どう考えてもからかわれているとしか思えなかった。


「からかわないでください」


アメジストの瞳を下から睨み付ける。彼の瞳が柔らかく細められた。


「赤い顔をして…。貴女はかわいいな。初めてではないだろう?」


耳元に唇を寄せ甘い声で囁かれる。ゾクゾクとした何かが背をかけ上る感覚にいやいやと頭を振る。こんな風に情欲と共に抱き締められたことなんてある筈もない。


「ほんとに、ちょっと、離れて」

「何故だ」


な、なにゆえ?そんなの、彼はお客さんで初めて会ったばかりで、恋人でもない男女でこんなこと、どう考えてもおかしいと思うのだけれど、まさかこの世界ではこれが常識なのか?いやいや、そんなはずはない。だって、ストワルさんとはこんなことしなかったし。

混乱した頭でぐるぐると考え込んでいると、ふわりと体が浮いた。美貌の青年の魔法か、文字通り私はふわふわと浮かんで移動し、ベッドの上にゆっくりと寝かされた。突然の浮遊体験に驚いていると。青年が私のそばに腰かけた。そして綺麗な手でさらりと髪を撫でられる。


「逃げないで、いてくれるのだな…。出来るだけ、優しく、する」


その言葉の嬉しそうな響きに私は困惑する。彼の眼差しは今までになく甘く柔らかい。どうすればいいのか分からず、ただこのままではいけないと思い私はむくりと体を起こした。


「あの、無礼を承知でお伺いします。もしかして、私のこと、好きなんですか?」


できるだけ真顔で私が本当にそう思っていると思わせるように。彼はパチパチと長い睫毛をしばたたかせた。


「それは、わからない」

「なら、勘違いさせるようなことしないでください。私のこと好きでもないくせに困らせないで」


彼の返答に我が意を得たりとばかりに返す。当たり前だろう。身分も高くて美形な彼の周りにはきっと同じように綺麗で身分の高い女性が数多くいるだろう。私が彼の気まぐれに付き合ってやる義理はない。いくら美形で高貴な身分だからって何でも許されると思うなよ。


「あなたはとても身分の高い人なんでしょう?」


無責任な行動なんて私は許さない。

彼の綺麗だけれど、大きな手が私の顎を掴み固定する。迫ってくる美貌の青年を私はぐっと目に力を込めて見据える。唇が触れる寸前で、彼の動きは止まった。アメジストの瞳に私の平凡な顔が映る。

ああ、良かった。チートハウスは正常に機能しているらしい。本当に私が嫌がることをしないから、彼はこの家から追い出されなかったのだろう。


「…そうだよ」


彼は眉根にシワを寄せ、苦しそうにそう呟いた。

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