噂ーラシュエル視点ー
私には二人の兄がいる。平凡な容姿に、絶望的な知性、プライドばかり高い享楽的な性格、そして、圧倒的な戦闘力を持った人達だ。ただの人であれば、自慢にはならないながらも特段問題はなかっただろう。しかし、私達は王族であった。王位継承権第一位から三位として生を受け、次期国王となるため育てられた。
二人の兄は両親が頭を抱え、宰相が心労により胃に穴を開け血反吐を吐き、近衛騎士隊長が血涙を流す程度には愚かであった。現在、王太子の座には上の兄が納まってはいるが、兄が王になれば国が荒れ果て困窮を極めることは火を見るより明らかであった。
だからこそ、私は妃を必要とした。愛など不要。私の子を産んでくれさえすれば構わない。
私は分不相応な望みは抱かない。
婚約者候補は今まで幾人かいた。その誰一人として私の婚約者となることを受け入れなかった。王子の婚約者にと望まれた者に拒否権など存在しない。一人は王城のバルコニーから身を投げ、一人は入水自殺をはかり、果ては爵位返上し国から家門総出で出ていった。私は婚約者になることを拒否した者たちを恨んだ。貴族という地位に有りながら、あの者たちは我が身可愛さにこの国を支えることを拒絶したのだ。
飾りで構わない。接触は最低限にし、子を生んだ後には何を望もうと許すつもりであること。どの様な場面であれ二人で相対する際は私は仮面を着用すること。それらの条件を含め、私に妃が必要なことを説明した。しかし、どれほど言葉を尽くせどあの者たちは私を見れば泣き叫び気絶するのだ。
馬鹿な兄達のように権力が欲しいなどという筈もない。ひとえに、この国を守る責任が私にはあると、考えての行動であった。
誰が好んで目立ちたがるだろう。この醜い容姿だ。表舞台には立たず兄達を補佐し、裏からこの国を支えることが出来ればそれで本望だった。婚約者など考えもしなかった。どちらか一人でも良い、兄が愚かでなければ、せめてプライドが高くなければ、と願わなかったことはない。だが、それは叶わぬ夢幻だ。私がせねばならぬ。この国を、国民を、守ることが出来るのは私だけだ。
しかし、今の私では国王にはなれない。現国王が、次期国王に求めた条件の中には、妻もしくは婚約者の存在があった。次代に王の血筋を残すことが王族の責務であることは確かだ…。例え名ばかりであろうと王妃のいない国王など常識的ではない…。その他のどの条件も兄達に劣るものは何一つないと断言できる。私にとっての唯一の問題は、持って生まれたこの醜すぎる顔であった。
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それは王都の街に数人の護衛と視察に来ていたときのこと、王都に一つの娼館が出来たと聞いた。私達の存在に気づかない彼らはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。彼らの話によれば、その娼館にいるのは若い娼婦がたった一人。その者は見目は平凡だが、金さえ貰えばどんな男でも受け入れ、どのような行為にも従順に従う、という内容であった。興味をひかれる内容ではない、その名が出るまでは。男たちはその店の常連客としてストワルの名を挙げた。
ストワル、それは大陸最強の名をほしいがままにする冒険者である。その容姿はひどく醜く、切れ長の二重の瞳に高く通った鼻梁、薄く形の良い唇、顔の配置は左右対称に全てがバランスよく並べられていた。一度だけ王城で会ったことがある。その醜さは私と並ぶほどであった。
そのストワルを受け入れる娼婦がいる。娼婦では王妃は務まらない、そのようなことわかってはいたが、私は一縷の望みをかけ、その娼館へと後日足を運ぶこととした。




