寂しさ
ストワルさんと友人になりました。
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私が名前を告げると、ストワルさん初めてほんの少しだけ笑ってくれた。その笑顔があまりに美しすぎて、思わず感嘆のため息がもれる。ストワルさんの笑顔が凍りついた。
せっかく仲良くなれたのにこれではいけない。顔の良い友人に対する対応を考え私は気を引き締めた。
「ストワルさん、ではまた明日」
もう夜も遅い。いくら傷が治ったようだとはいえ、今晩はゆっくり休んでもらいたかった。
「御零。ありがとう」
「気にしないでください。私がしたくてしたことですから」
にこりと微笑んでから、私はキッチンへと戻った。
チートハウスに引っ越してきて初日で友人が出来るなんて、なんて幸先の良いスタートだろう。ストワルさんは気難しそうなところもあるが基本的に親切だ。この世界での初めての友人に私の心は浮かれていた。その気持ちのまま私は眠りについた。
翌日、ストワルさんは朝早くに出ていくことになった。家に食料があることがわかったので朝食を作るつもりでいた私は、そのあまりに早いお別れに少しだけ残念な気持ちになったが、わがままを言うことは出来ない。
まだ日は昇ったばかりのため眩しい朝焼けの光が街を照らしている。ストワルさんはその朝日を背負い輝かんばかりの美貌で私を見下ろした。
「世話になった。これを…」
有り金の全てだ、という彼に私はびっくりして言葉をなくす。貨幣の価値はわからないがずしりと重い袋の中には金貨が何枚も入っていた。
「こんなにもらえません」
「馬鹿を言うな。宿泊費3倍にシーツ代程度しか入っていない。後日、回復薬の代金は支払いに来る」
「そんな…。そ、それに回復薬の代金はいりません。ストワルさんはお友達ですから」
「あんた無一文なんだろ。御零に負担をかけたくない。…友達だからだ」
ストワルさんが友達と言うのがなんだか似合わなくて、私は思わず笑ってしまった。
「でも、思うんですけどこれ明らかに宿泊費より多いですよね?いくらなんでもそれくらいはわかります。だから、本当に回復薬のお代もこのお金だけで十分です。これ以上は譲れません」
実際には完全に当てずっぽうで言ってみたわけだが、彼が反論しないところを見るとやはり宿代よりも明らかに多かったらしい。ストワルさんが言うにあの回復薬は大変貴重なもので、簡単に人にあげたり売ったりしてはいけないらしい。だが、私はミレイに頼めば恐らく作ってもらえる。だから、きっと彼が困っていたら簡単に渡してしまうだろう。ストワルさんは冒険者だというから、本当は今すぐ何本か渡してしまいたいぐらいなのだけれど、きっとそれはこの世界では異常なことで、彼を困らせることになりそうなのでやめた。
「…わかった。何か困ったことがあればいつでも俺を頼ってくれ」
彼から手のひらサイズの小さな紙を何枚か手渡される。それには魔法がかかっているそうで、私が願えばその紙が彼のところへ飛んでいってメッセージを伝えてくれるらしい。なんと便利な魔法だろう。私が魔法を使えなくとも問題ないらしいので、私はそれをありがたく受け取った。
「ありがとうございます。ストワルさん」
「礼を言うのは俺だ。御零、どうか気をつけて」
「それこそ私のセリフですよ」
昨日の今日で大怪我をしていた彼にそんなことを言われても困る。体に気を付けてほしいのはストワルさんの方だ。
「そうだな」
ストワルさんが面白そうに笑った。それが嬉しい。何気ないやり取りになんとかこの世界でもやっていけそうだと、そう思えた。ストワルさんは私に別れを告げるとすっと街中に溶け込むように消えてしまった。その姿を見送ってから家に入ろうとしたところに声がかかった。驚いて声をかけられたであろう人物の方をぱっと振り向く。
「ねぇ、あんた大丈夫かい」
恰幅のいいおばさんがそこに立っていた。きれいな薄茶の髪に穏やかそうな顔立ち。年の頃は私の母親よりもいくらか上だろうか。その声はまるで私を心配しているようで不思議に思って小首をかしげる。知り合いではない。この世界での知り合いはミレイとストワルさんだけだ。ではなぜこの人は私を心配してくれているのだろう?
「あんたそこの空き家に引っ越してきたんだろう。前の家主から話は聞いているよ。あたしは隣に住むハルベラだ。よろしくね」
どうやらお隣さんらしい。私は慌てて挨拶が遅くなったことを詫びた。
「ご挨拶が遅くなってすみません。隣に引っ越してきた御零といいます。世間知らずなのでご迷惑おかけすることも多いと思いますがよろしくおねがいします」
私はきっとこの世界では類を見ないくらいの世間知らずなので、予め断っておくほうが無難だろう。今は少しでも仲良くしてくれる人を増やしたい。
「そんなかしこまらなくて良いんだよ。あんたくらいの年齢なら世間知らずで当たり前だ。それよりさっきの男は誰だい。何かひどことでもされたんじゃないのかい」
さっきの男というのはストワルさんのことだろう。私を心配してくれているらしいハルベラさんにストワルさんのことを説明した。
「私…、その、宿、をやっていて、さっきの人はお客さんだったんです。だから大丈夫ですよ」
引っ越してきて早々に宿を開いているなんてちょっとおかしいかもと思いながらも私は正直に話すことにした。
「そう、だったのかい。あんたも苦労してるんだね」
ハルベラさんはなんだかとても気の毒そうな顔をして私の頭を優しくなでてくれた。ふと、そのぬくもりに思わず涙腺が緩む。別れたばかりの母親のことを思い出した。そんな私の顔を見たハルベラさんはその柔らかな腕で私のことを包んでくれた。その抱擁に涙は止まらなくなって。そんな私をハルベラさんは泣き止むまで抱きしめてくれていた。
「隣同士になったのもなにかの縁だ。ここにいる間はあたしのことは母親代わりと思っていつでも頼っといで」
ようやく落ち着いた私はそのままハルベラさんのお家に招待されて、旦那さんのウィリアムさんにもご挨拶した。ハルベラさんは今はウィリアムさんとのふたり暮らしで、お子さんは既に結婚してこの街の違う場所に家を建てて暮らしているらしい。その後は朝ごはんまでごちそうになって、その料理の暖かさに私はまた少しだけ泣いてしまった。




