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「何のつもりで扶桑に報告させたのか。理由を聞かせてもらうぞ、八意」
『何のつもりも。旗艦の任務には扶桑《あの子》の経過観察も含まれているので、また動作不良を起こしていないか。司令長官付き聯合図書艦艦隊旗艦として、その責務を果たしただけです』
「物は言いようだ。まったく、信用するに足る者が少なすぎる。今の同盟軍は……」
『おかしな物言いですね大間風 二四三大佐。旗艦に感情があると思われたのならそれは誤解。知的生命体の持つ表情・感情を蓄積したデータを基に再現しているだけ。扶桑《あの子》のように形はどうあれ感情がある訳ではありません」
艦長室で椅子に座りながら立体投影されるコンパニオンのような恰好をした。
桃色の髪に無機質な顔の女性、扶桑と同じく戦術支援情報生命体《バンシィ―》<八意>を大間風は睨む。
どこか殺意の篭った視線だった。
「まさに物は言いようだ。貴様が言うと特にそう感じる。最上位種族が手ずから作った貴様に感情が無い筈が無かろう?」
『本当に旗艦は貴方が嫌いよ。創造主の命が無ければ扶桑《あの子》にも貴方にも。<オモイカネ>を任せたりしなかったのに」
「嫉妬かね?」
『ふふ。それもまた物は言いようです。少なくとも旗艦が創造主より下された任務は哀れな難民種族の物語を構成にも残す事。創造主の暇潰しで作れた図書艦の旗艦を務めるのも任務があるから」
「ふん」
大間風は苛立ちながらも悠然と八意を見据える。
最上位種族の思惑。精神生命体の領域に達し傍観者として監督者として全ての知的生命体を総括する存在。
上位種族の中でも大老にのみ言葉と叡智を授ける。
その叡智。今、大間風の眼前にいる明らかに最上位種族以外の種族を見下す八意に大間風は「これのどこが叡智だというのか」という疑問を抱いていた。
だが同時に桁外れの演算能力を駆使しても他者を思い遣るという思考に至らない八意が、扶桑の抱えている重大な不安要素を刺激しないか不安だった。
情報生命体でありながら、有限の知的生命体と同じ病を患った扶桑を大間風は案じていた。
『さて、今回も無茶をされましたね?そして驚きです。旗艦に苦情を言ってこない戦術支援情報生命体《バンシィ―》がいたなんて。旗艦の妹達は挙って貴方を安全策を取らない博徒のような男だと評していますよ』
「ふん。行くか行かぬのなら行くまでよ。今は潰えた皇国海軍の誇りだ」
『そう、でも扶桑は起こる筈の無い事象。大切に運用してくださいね?ああ、でも姫の如くあやす必要はありませんよ?適度に追い詰めて乱暴に使ってください』
「気に入らんな、貴様の物言いは」
『ふふ。では続きは基地で』
大間風の睨みなど気にする素振りも見せず八意は、まるで蛇に睨まれた蛙を憐れむような目でどこかを見る。
『本当に起こる筈の無い事象なんですよ。PTSDなどという重大な欠陥を抱える、面白おかしい戦術支援情報生命体《バンシィ―》なんて』
「貴様!」
『おお、怖い怖い』
大間風が怒鳴ると同時に八意は<オモイカネ>との通信を切る。
一人、艦長室の椅子に座る大間風は深く椅子に座り直すと、吐き出すように呟く。
「貴様のような戦後生まれには分からんさ。あの地獄を知らん貴様にはな……」