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アカシックレコード及びネクロノミコン回収任務で遭遇したケイ素変異生命に関する報告。
仮称<古のもの>は<オモイカネ>が口部に撃ち込んだ光子魚雷が炸裂。その衝撃で外部に飛散した消化液により溶解。また溶解した部位に撃ち込まれた光子魚雷の炸裂も合わさり完全に消失。
地球に生息するケイ素変質を起こした植物に関して不明点が多く、有人調査は危険と判断。当初の予定では三度の地球降下を予定していたが中止。基地への帰投を決定する。
ただし回収目標は無事に回収。現在、フェレス司書准尉によってアカシックレコード及びネクロノミコンの除染作業が完了、修復及び保存処理が行われている。
処理が終わり次第、暗号通信によってネクロノミコンの情報を送信する。
これにて通信終了。
本艦は聯合図書艦艦隊司令長官に作戦終了の報告を終える。
現在。<オモイカネ>は図書館艦隊が所属する大マゼラン雲第24番基地に向け帰路についている。
本艦はパーソナル領域の中で安堵した。
本艦の演算ミスにより降下部隊を窮地に陥れてしまった。
本艦の演算ミスで<オモイカネ>の乗員を窮地に陥れてしまった。
本艦より後に製造された最新型、本来の<オモイカネ>の戦術支援情報生命体《バンシィ―》は本艦を戦時急造型と呼んでいた理由がこの時点になって判明。
ワタシは合理性だけを追求して製造された。
図書艦に求められる任務に完全に対応し切れていない。
合理性だけを追求するワタシには不測の事態を予測するだけの能力がない。
知的生命体のように非合理的な思考への理解が無い。
あの時。ワタシが製造された161年周期前の宇宙はそれで良かった。
ワタシは自分自身をどうアップデートしたらいいのか。
明確な式が分からない。
「扶桑さん、少し良いですか?」
『はい。何かありましたかフェレス司書准尉』
「いえ。ちょっとお話がしたくて」
フェレス司書准尉は端末に笑顔を向けた。
彼は現在。全ての作業を終え、図書室で趣味の読書を行っていた。
他に各科の乗員、海兵隊員、研究者達が図書室で思い思いにデータ化された本を立体投影し読書に耽っていた。
「この…あった。今回の任務で回収されたネクロノミコン、内容が何と言うか詩的というか…翻訳機で訳し切れない難しい単語や言い回しが多くて」
『ハワード・フィリップス・ラブクラフトの作風の一つに、一般的に使われていない言葉を多く使用する傾向があると本艦に収蔵されている情報にあります。彼の作風は一般的にも独特という事もあり彼に対する評価は極めて極端です』
データ化されたネクロノミコンを立体投影しながらフェレス司書准尉は端末に語り続ける。
「扶桑さんはどう思いますか。この一節…ええと……」
『そは永久に横たわる死者にあらねど測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの』
「すごい、さすがは扶桑さんだ。それでこれってどういう意味なんだしょう?」
『残念ながら端末には意味を理解する事は出来ません。端末は戦術支援情報生命体《バンシィ―》。予想・推測を合理的に行い知的生命体を頬所するだけの存在です』
ワタシはただの戦術支援情報生命体《バンシィ―》。
人の持つ非合理的思考を持たない。他の戦術支援情報生命《バンシィ―》はどうかは知らない。ただ戦時急造型のワタシには理解出来ない。
「扶桑さん。実は落ち込んでますよね?」
『言っている意味が分かりません。端末に感情はありません。落ち込むというパーソナルパターンを持っていません』
「その割には、戦術長も言ってましたけど作戦が終わった後も扶桑さんが今回の作戦を何度も再演算していると言ってましたよ。どこに不備があって、どこを見落としていたのか、困ってましたよ」
『それは―――』
答えに窮している?何故?
「扶桑さん。貴女はオモイカネに移植されて最初に任務だったんだすよ?艦隊決戦を専門としていた貴女が行き成り惑星調査。何かミスをしない方が無理があります」
『それはつまり、フェレス司書准尉はワタシの欠陥を見抜いていたという事ですか?』
「欠陥?何を言っているんですか!僕が言いたいのは、誰だって初めては失敗する物だと言っているんですよ。そして今回の失敗を次回に生かせばいい、それだけです」
『それは次があればの話です。端末と違い、貴方方は代用品の無い存在。一人一人がたった一つ。端末のミスでそれが失われたのなら取り返しがつきません』
過去。突如として本格的な大侵攻を行った外部宇宙からの侵略。
過度な軍備拡張競争の後の宇宙軍休日。推し進められる軍縮。
その隙を突かれ混乱する最中に扶桑は戦っていた。
声だけの扶桑に親しみを込めて接してくれた人が、数時間後の作戦で活動を停止。つまり戦死。それを幾度となく繰り返すうちに扶桑は機能不全を起こした。
だからあの日。大マゼラン雲解放作戦で大破した時、安堵した。
もう扶桑の中で誰かが死ぬ事は無いと。
「扶桑さんは真面目過ぎですよ。もう少し肩の力を抜いてください」
『端末は戦術支援情報生命体《バンシィ―》として当然の事をしているまでです』
「はぁー…筋金入りだこれ……」
フェレス司書准尉は何故か溜息。端末の返答に何か不備があったのだろうか?
「そうだ。この一文、どういう意味か分かりますか?」
フェレス司書准尉は立体投影した本から一節を抜き出して端末に提示する。
『月が綺麗ですね。情景を表す文章ではないのですか?』
「告白なんだ、これ」
『告白。求愛行動の事ですね。しかし…何故、このような言い回しを?」
「さあ、今はこの一節とその意味だけで、誰が考えたのか、何を思って言ったのか。分からなくなってるんだ」
『端末のような存在には理解出来ない事です』
「僕だってそうさ、士官学校で習うまで意味を知らなかったし、そう言う意味だって思いもつかなかった」
『知的生命体であるフェレス司書准尉がですか?』
「ああ。習って、知って、そしてどんな時に言ったのか想像して。するとああ、こういう気分だったのかな?って少しだけ分かった。だから扶桑さん、少しずつ理解して行こう」
少しずつ理解。感情を?集積した情報を基に判断し感情が無くても再現する事しか出来ない。名ばかりの生命体のワタシが。
『良いですね。もしも、ワタシにもその言葉の意味が理解出来るようになったら、ワタシにも感情が芽生えるのでしょうか?』
「ああ。さて、早速だけど手伝って欲しい事があるんだ」
『何でしょうか?』
「このネクロノミコンの解読。翻訳が進まなくてお手上げなんだ、だから翻訳を手伝って欲しい!」
『問題ありません。それも端末の任務なので』




