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対艦機雷散布弾。
誘導弾の先端に複数の対艦機雷を装填した兵器。
敵予想針路に散布。障壁に多大な負荷を与え破壊、もしくは半壊に追い込み続く砲雷撃戦を有利に進める為の基本戦術。
通常の誘導弾では一定距離の場合。亜光速まで加速しても捕捉・迎撃が可能。旧世紀から続く伝統的な戦法である。
本艦は予想針路に対艦機雷が散布された事を確認。
古のものが機雷群に突入するのを観測。
「扶桑。オールドワンへのダメージは?」
『軽微。速度に変化無し。効果は限定的。表皮が障壁の役割を担っていると思われます』
「ふむ。砲雷長!主砲、攻撃始め」
「了解。主砲、攻撃始め!弾種、重質量弾!」
艦長の指示に攻撃指揮官は命令を下す。
<オモイカネ>の4基の連装多目的投射器、つまり主砲ユニットの内2基が古のものの予想針路へ向け重質量弾を投射。対地上攻撃及び対惑星型要塞攻撃に用いられる特殊弾。
同盟軍交戦規定では重質量弾の使用に関して厳しい制限が設けられている。
知的生命体及び保護監督対象の生命がいる惑星への使用禁止。
侵略軍を除く航宇宙艦への使用禁止。
また一度の攻撃で使用してもいい弾数にも制限がある。
過去にデブリ化した重質量弾がコロニー及び惑星を直撃。甚大なる被害を出した事例があるからだ。
それだけの破壊力がある重質量弾なら対艦機雷に耐え得る古のものの表皮に明確な打撃を与える事が可能。
本艦が算出した古のものの未来位置に向け重質量弾は誤差無く宇宙空間を真っ直ぐ突き進む。
『弾着5秒―――』
弾着までカウントを開始する直前。
本艦は古のものが何かを放出した反応を検知。
口と思われる場所から発光する液体のような物を放出。
重質量弾は放出した液体を通過したと同時に消失。
古のものに全弾命中せず。
迎撃された。
「馬鹿な!?亜光速の重質量弾だぞ!」
「扶桑。オールドワンは何をした?」
『推測ですが地球のケイ素変質生命体と同じく食虫能力を獲得。放出したのは高濃度の消化液と思われます。現時点での推測ですが、古のものは侵略軍が生み出した食星植物型生物兵器の可能性、大』
「食…星……星を食うと言うのか!?水星や金星はあれに食われたって言うのか!?」
「落ち着け砲雷長。扶桑、重質量弾は溶解したのだな?」
『はい』
「では、オールドワンの目標は本艦か?」
『仮定ですが<オモイカネ>に搭載されている融合炉と縮退炉の膨大なエネルギーを《オールドワン》は感知。捕食の為にこちらに亜光速まで加速し接近したと思われます。通常の食虫植物は捕食の為に動くだけで膨大なエネルギーを消費します。これは古のものにも当てはまると推測できます』
「つまり。本艦が逃げれば、オールドワンは地球を捕食すると考えていいのだな?」
『現状。その可能性大』
「艦長、今なら地球を囮にして降下部隊を回収。本星系から離脱出来ます」
『現状。それが最も最良の選択だと本艦は判断します』
攻撃指揮官と本艦の意見は同様。
艦長も同意見と思われた。
「扶桑。砲雷長。本艦は図書艦だ、引き下がる事はまかりならん!」
「艦長…何を言われて……」
『惑星同等質量の航宇宙生命体との戦闘は過去に例がありません。一時的に徹底しオリオン腕駐留艦隊と合流する事を意見具申します』
「駄目だ。本艦は図書艦。その責務は人々が紡いで来た物語を、言葉を、思いを後世に救い上げ残す事だ。あのかつて青かった星に取り残された思いを、本艦は守る事を使命としている」
「艦長……」
「なあに博打を打とう言うのではない。相手が大きかろうが人の体をミクロのウィルスが殺せるなら我々にだってやれるさ」
無謀。
戦術支援情報生命体《バンシィ―》として艦長の判断は誤りでしかない。
説得を試みるべきだと本艦は判断。実行に移さず。
本艦のパーソナル領域は不可解な事に艦長の言葉を聞くと同時に古のものを撃退する作戦の計画を演算し始める。
「攻撃指揮官より全乗員に通達。これより本艦は空間機動を行う」
「こちら艦橋。やはり退きませんか艦長」
「ああ、頼むぞ副長」
「任せてください。元駆逐艦乗りの腕、見せてやりますよ」
「砲雷長!」
「ええい!ままよ!!やってやりますよ、扶桑!幾つかの火器管制を貴官に許可する。こちらは主砲及び誘導弾に専念させてもらう」
『了解』
「よし行くぞ諸君。機関最大戦速。縦横無尽に駆け回れ!!」
<オモイカネ>は古のものとの距離を詰める。
同時に中質量弾を主砲に装填。順次砲撃。
本艦は3基連装電磁投射砲。つまり副砲で古のものに砲撃。
惑星質量を持つ古のものに中質量弾、つまり通常弾では有効打を与えられず。
「艦長!オールドワン内部に高エネルギー反応!これはビーム!?」
「副長!回避行動!」
前後にあるウミユリのような器官から伸びる触手。
頭部に該当する位置にある触手には目に似た部位が見られ当初、感覚器官と思われていた場所がビームを照射。
「扶桑!」
『上部触手は感覚器官ではなく防御器官。飛来する重質量の隕石を破壊する為の物と思われます。下部触手は推進機関。翼は太陽帆。消化液は特殊な化学物質を多分に含んでおり、理論は不明ですが粒子砲や推進剤に応用。ただし消化液である事は間違いなく<オモイカネ>の障壁で防御可能」
「よし。ならばこのまま距離を詰め雷撃戦に移行する」
「了解」
無数の触腕から照射されるビーム。
予想未来位置を算出。それを基に副長は的確な操舵で回避。
光子魚雷の有効射程距離に近付く。
同時。古のものが何かを射出。
あれ…地球にいたケイ素変質を起こした植物の端末。
宇宙空間に適応し限定的な宇宙空間での行動能力を有している模様。
何より内部から検知した反応。
古のものが照射した消化液と同質。
それを推進剤にして<オモイカネ>に殺到。
「対空攻撃始め!」
『対空攻撃始めます。対空誘導弾、副砲、舷側砲、順次攻撃開始』
VLSより対空誘導弾を順次発射。
対空誘導弾が命中する度に推定していた規模より大きなエネルギーを発しながら爆発四散。対空誘導弾、全弾命中、なおも端末は接近中。
副砲。弾種、対空榴散弾。
砲撃開始。
同時に舷側砲は榴散弾の効果範囲から外れた個体を砲撃。
第一波。迎撃。
第二波。第三波。なおも接近。
古のものはその間に<オモイカネ>から距離を取る為に軌道を変更。変更?本艦は古のものが回避行動を行っている事と推測。何故?端末と触腕による波状攻撃を行えば<オモイカネ>は処理し切れなくなり押し切られる。
距離を取れば端末が接近するまでの時間が延び、こちらに迎撃の隙を与える。
知性は無く。本能だけで行動している?
その場合は既に撤退している筈。
「砲雷長。主砲を粒子砲に切り替えろ」
「粒子砲に?艦長、これ程の質量を持った相手には指向性エネルギー兵器では効果が薄いと思われます」
「構わん。確かめたい事がある、それと扶桑。オールドワンの行動をしっかりと観測してくれ」
『畏まりました』
<オモイカネ>は再び距離を縮める為に接近。
頭部口部を目標として加速。
4基の主砲から粒子砲を照射。
古のものの表皮を焼くも厚い表皮に阻まれ内部にまで至らず目立った損害を無し。この事から光子魚雷を撃ちこんでも決定打に至らない可能性有。
それに対して古のものは再度ビーム攻撃を行わず。
<オモイカネ>の位置。古のものの進行方向。
口部からの消化液による攻撃と端末による攻撃を警戒して<オモイカネ>は古のものから再度距―――古のものの触手からビーム照射。これは!
『艦長。古のものは自身の消化液に対して明らかに回避行動を取っています。指向性エネルギー兵器に対して防御行動を取らず重質量弾に対して防御行動を取ったのは、表皮は自身の消化液に十分な防護力を持っていないから。重質量弾による攻撃で内部の消化液が飛散、自身に付着する事を恐れていると本艦は推測します』
「ふむ。よしでは副長。盛大に挑発してやれい!砲雷長、砲身が焼き付いてでも触手を撃ち抜け!」
艦長の号令の下。
<オモイカネ>は再度、古のものへ肉薄。
本艦はこれまでの古のものの防御行動を参考に、触手によるビーム照射を行うルートを副長に表示。
攻撃指揮官は限界まで粒子砲の収束率を上昇。
危険値まで上昇。同時に古のものはビーム照射。
「砲雷長!撃ち方始め!」
「撃ち方始め!!」
触手によるビーム照射を躱しながら触手に対して連装多目的投射器の一門だけ粒子砲を照射。
胴体部と違い触手の表皮は薄い。
限界まで収束した粒子砲には耐えられず焼き裂ける。
時間にして数秒の照射で砲身は異常加熱を起こし変形。
同時に次の触手に目標を定め再度照射開始。
「艦長!2基の主砲ユニットが使用不能!」
「構わん!撃ち続けろ!」
4本目の触手を焼き切った時点で古のものは声無き悲鳴を宇宙空間に響かせた。
触手は粒子砲によって焼き裂かれた部位から大量の消化液を宇宙空間に飛散。
古のものの胴体部、口部に付着し瞬く間に表皮を溶かし内部を破壊。固く閉じていた口部が露になる。
「よし好機だ。副長!砲雷長!」
副長は大きく舵を切り転進。
<オモイカネ>を口部に向け通り抜け僅かな時間に口部に10発、溶解部に14発。
計24発の<オモイカネ>が搭載する光子魚雷、全弾を撃ち込む。
『障壁最大出力で展開。降下部隊がいる地点に飛散する消化液を順次迎撃します』
本艦が<オモイカネ>の障壁を最大出力で展開したと同時に光子魚雷が起爆。
宇宙空間に生命が散り花が咲いた。