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本艦は予定通りの数ミリ以下の誤差でワープを終えた。
艦橋で航海長の報告を聞き終えた艦長の大間風 二四三は「うむ」と呟いた後、不可解な事に本艦に労いの言葉を言った。
戦闘支援用に上位種族エルブ人によって製造された戦術支援情報生命体《バンシィ―》である本艦の以前の名前は機動戦艦<扶桑>。
今はこの図書艦<オモイカネ>の統括している。
名前は不可思議な事に大間風艦長の意向で<扶桑>のままとなり、修復した以前の<扶桑>は新しい戦術支援情報生命体《バンシィ―》が搭載され艦名も変わった。
だから本艦の名前は<オモイカネ>ではなく<扶桑>だ。
本艦は図書艦。
知的生命体をより長く未来永劫、存続させる事を目的とする外部宇宙侵略以前の知的生命体の文化を収集・保存・研究する事を目的としている。
ただし本艦が収集するのは名前の通り図書である。
知的生命体の歩みの歴史に必ず現れる石、粘土、竹、紙などに情報。
神話、英雄譚、伝記といった過去の物語から生活に直結する知恵、娯楽として創作された物語などを書き留めた媒体を収集。
それを修復・復元・解読しデータ化し保存。
各惑星の研究所に提供、または政治的な思惑によって棄却されぬように保存する。
図書艦。
それが本艦。
そして今は地球種《テラン人》の元始惑星、旧名<地球>への調査任務を帯びて本艦は政治的な空白地帯の多い、乙女座銀河団局部銀河群天の川銀河へ訪れた。
任務内容は外部宇宙に関する媒体の捜索。
またはそれに付属する媒体の回収。
テラン人の元始惑星は外部宇宙が打ち込んだ生態系を崩壊させ、突然変異を多発させるウィルスと地殻変動を加速させる兵器によってテラン人が住めなくなった。
海王星から観測する地球は本艦に保存されている情報のパンゲア・ウルティマ大陸に向かっている最中のようであった。
「扶桑。ここから見える地球は、君のパーソナル領域に何か反応する物はあるか?」
『いいえ。本艦のバイオコンピュータに使われている脳細胞は確かにテラン人の物ですが。特に感じる物はありません』
「…そうか。では速度このまま、遺棄された月面基地まで通常航行で向かう」
大間風艦長の号令を聞いた航海長は針路を遺棄された月面基地に向けた。
本艦は障壁を展開する。
速度から割り出した月面基地到着までの日数は3日と5時間24分12秒。
同盟軍には図書艦として登録されている本艦だが実際は人型機動戦艦。
光速航行を行えば瞬く間に火星基地に到着出来るが、大間風艦長は通常航行を行いそれまでの間に乗員に休息を与えるようであった。
リラクゼーションルームのチェックをしておいた方が良いと本艦は判断してプラグラムをチェックする。
船員全員の出身惑星に関する情報とリラクゼーションプログラム…異常無し。
食物合成器及びリラクゼーションメニュー…異常無し。
その他のリラクゼーションメニュー、関連するリラクゼーションルームに異常無し。
本艦の末端達の報告に異常な個所は無く、何時でもリラクゼーションルームの使用は可能。
ただ今はこの星系に武装勢力が潜伏していないか調べる方を優先する。
本艦は人型機動戦艦という同盟軍でも詳細が秘匿される技術の結晶である以上、付け狙う宇宙海賊は多くここまでの航海で4度の襲撃を受けた。
歴戦の兵である大間風艦長と勇猛果敢な統合軍海兵隊、そして良く訓練された乗員の奮闘により人的損害を受けずここまで航海をして来れた。
本艦の処女航海は順調に進んで行く。
後は無事に地球での調査任務を終えるだけだ。
本艦のパーソナル領域はその事に安堵しつつ。不明瞭な事に今の本艦の姿に困惑している。
知的生命体の女性を模した本艦の姿は異様だと一般的知的生命体価値基準から判断したからだ。
全高1028メートルの巨大な女性。
外装式ユニットは旧時代の航宇宙艦そのものを模し、本艦自身を覆う外部装甲は何故か衣服を模した被覆型。
軍艦という枠組みに置いてここまで不可解な艦形はない。
以前の<扶桑>からこの<オモイカネ>に移植される時。
製造されて初めて<扶桑>は困惑して、今も本艦は困惑している。
艦内に映される端末の姿も以前とは違い本艦を模した姿。
本艦の原型を設計したのはテラン人で外部宇宙からの侵略以前に建造された香取級練習巡航艦<鹿島>を参考に設計された。
その鹿島は宇宙史で初となる完全な人型艦船だった。
人の思考は合理性を追求する情報生命体である本艦には理解出来ない。
浪漫という物らしい。
ワタシは人の持つ不合理な合理性について演算を続けながら月面基地へ向けゆっくりと航海を続ける。




