辺境武伯家のイェリーテさん
辺境武伯とは作中の国で、辺境を武力でもって治めていることからつけられた特殊な家柄です。
普通の辺境伯とは違うということで。
「イェリーテ・アルトライネン! お前の蛮行、もう許すことはできん。今日こそ貴様をこの学院から放逐する!」
麗らかな日差しの差し込む食堂に、耳障りな大声が響き渡りました。
今は昼食時。食堂内には多くの学生たちの姿があり、それぞれが仲の良い方々とともに談笑しながら、美味しい食事に舌鼓を打っておりました。
斯く言うわたくしも、学園で親しくして頂いているご令嬢の方々や、可愛い弟と一緒に食事を楽しんでおりました。
あ、申し遅れました。
わたくし、アルトライネン辺境武伯家のイェリーテ・アルトライネンと申します。以後お見知りおきを。
ここ国立貴族学院では国内のほぼ全ての貴族の子息子女の他に、大商人や世紀の大発見をした学者、己の実力だけで名を上げた戦士といった方々のお子たち、さらには何か一芸特化した者たちも通う、由緒ある学び舎です。
正直、普通に学院だけでいいと思いますけどね。
基本授業として紳士淑女として恥ずかしくないようにマナーや立ち振る舞い、人の上に立つべき者のための教育を叩き込まれつつ、将来のことを考えた細かい専門分野を生徒たちが選択して学んでいます。
そう、ここは紳士淑女として恥ずかしくないように教育が施される場所なのです。お兄様曰く、大切なことは二度言うものなのだそうで。
それはともかく。
ここに居らっしゃる方々は最低でもある程度のレベルには達しているはずなのです。
それが、楽しい食事の時に、大声を上げるとは。
「聞いているのかイェリーテ・アルトライネン!」
「聞こえておりますわ、ザルス殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ハッ! 気色悪い!」
この柄も頭も悪い言葉を宣うのはこの国の王子、ザルス・エンデルーテ第二王子殿下でございます。
例え相手がどんなに愚劣であろうとも淑女たるもの表情に出してはいけません。
わたくしは優雅に席を立ち、こちらを睨みつけている殿下やその腰巾ちゃ……手下たちに挨拶をいたします。
あいも変わらず、人と話している気がしません。
「……ッ!」
「おやめなさい、オード」
「でも姉ちゃん」
「お姉さま、もしくは姉上と呼びなさいといつも言っているでしょう?」
殿下のお言葉に弟が拳を握って立ち上がりましたが、すぐに窘めます。
もうこの子は。体は大きくなってもまだまだ心は幼いままで……そこが可愛いのですけれど。
「……フン、気に入らないことがあるとすぐに暴力に走る。蛮族はやはり蛮族だな」
クスクスと、羽虫の如く耳障りな笑いが起こりました。
わたくしは少々、目をすがめて目の前の集団を見ます。あらあら、何をそんなに吃驚していらっしゃるのかしら。
わたくしと相対するように正面には金髪碧眼で、多くの令嬢たちが手放しで絶賛する美貌の王子がいらっしゃいます。
正直、お兄様の足元にも及ばない、とは思っております。
殿下の後ろには彼の方の配下たちがズラリと並び、さらに後ろには王子派と呼ばれる派閥に属するその他大勢がいらっしゃいます。
いつの間にか、食堂は三つの集団に分かれていました。わたくしと親しい方々、王子派、どちらにも属さない中立派の三つです。
学院ではいつもの風景です。
「あいも変わらず人気ですこと」
「やめてくださいまし」
背後からとても楽しそうな声が聞こえ、思わず即答してしまいました。もちろん小声で。
声の主はシーラリンデ・オクトルス侯爵令嬢様。ありがたくも親しくしていただいて、お互いをエリー、シーラと呼び合える親友です。
シーラはわたくしがプレゼントした扇で口元を隠し、横に並び立ちます。
「何をこそこそやっている!? 俺を無視するのは不敬だと何度言えば分かる! まったくこれだから蛮族は……」
何やら囀る殿下。
わたくしが何度も蛮族と呼ぶのをお止めくださいとお願いしても聞かない御方の言葉を聞く必要はありません。
王族に対して不敬ではありますが、殿下よりも位の高い国王陛下から気にするなとお言葉を賜っておりますので、気にしません。
「殿下、今は昼食を楽しむ時間にございます。このような状況は相応しくありませんので、どうか……」
「今を逃すと貴様はコソコソ隠れるだろう! だからこうしたのだ。ありがたく思え」
ああ、わたくしのハンバーグステーキ定食大盛りが冷めてしまいます。熱々のうちに食すのがおいしいのですが。
「姉ちゃん、あいつ殴っていいか?」
「だからおやめなさい」
わたくしの可愛い弟、オードマイズ・アルトライネンが小さく唸りました。
この子にはもうちょっと忍耐や思慮というものを覚えろと言い聞かせているのですが、中々うまくいきません。
お兄様ならもっと簡単にいくのでしょうが。お兄様はわたくしのような非才の者とは違い、とても才気溢れておりますので、人に教えるということも驚く程簡単にこなします。
我が領で働く若い方々もお兄様の指導を受けた結果、才能を開花させたようで仕事の効率も大幅に上昇しておりました。
今度の長期休暇の際にはそのあたりも相談しましょう。
お兄様と一緒。うふふ。
「聞いているのか蛮族!?」
「はい。もちろんです」
聞いておりませんが。
わたくしのことを良くわかっていらっしゃるシーラが笑いを堪えています。
失礼な。
「それで殿下、わたくしを学院から放逐すると仰っておりましたが、どのような理由か、お聞きしても?」
あまりのんびりしていてもいい事はありません。
わたくしのハンバーグステーキ定食大盛りが冷めてしまいますし、皆様方の食事をいつまでも中断してしまうのは心苦しい限りです。
食事は熱々のうちに食べるのが正義ですから。
「フン、自らの所業すら忘れるか」
「? 何のことでしょうか?」
「チッ、ならばここで貴様の悪行を晒してやる。無様に泣け!」
殿下は背後にいらっしゃる方々を振り返ると、一人のご令嬢を呼ばれました。
その方は薄い青の髪と同じく青い瞳をもった、学院の殿方の大半が可愛らしいと絶賛するオリッサ・ヴィジーテ男爵令嬢でした。
彼女は王子派の方々には好意的に受け入れられておりますが、わたくしたちや中立派の方々にはすこぶる評判が悪いのです。
良く言えば、不真面目。
悪く言えば、馬鹿。
学院の成績は最下位に位置しておりまして、向上心はまったくございません。先生方がどんなに懇切丁寧に説明をされても理解される兆しは無く、また理解しようともしません。会話をしても話題が二転三転した挙句、勝手に立ち去ってしまいます。
これらは序の口です。これ以上の逸話が他にも大量にございますが『イカリャク』いたします。お兄様がよく使っておりますので、使ってみました。
オリッサ様は王子派の方々には猫のように気まぐれでそこが良いようです。
ただ、何故この場面で彼女が前に出てきたのかが理解できません。
弟は「誰だ?」と首を捻っており、シーラは困惑しております。
彼女とは面識はありますが、直接会話したことはございません。する用事も特にございませんでしたので。
「貴様は可愛らしい私のオリッサに対し、陰惨な行為をしていたらしいな! 愚民どもから『王国の盾』などと呼ばれている家柄だが、コソコソ裏でそんなことをするとは、それが嘘なのだという証拠!」
何を言っているんでしょうかね。
「愛するオリッサから聞いているぞ! 私物を盗んだ挙句、燃やし、壊す。他者の弱みを握って脅し、彼女を孤立させ、排除しようと画策したと。さらに部屋まで侵入した上、制服を切り裂き部屋にゴミを撒き散らす。さらにさらに、金をバラ撒き彼女を襲わせようとするなど外道の所業!」
あらまぁ、そのような事が本当にあるのですか。
「魔物討伐するという名目で王国から不当に資金を毟り取り、私腹を肥やすことしか頭にない弱兵どもの集まり。それがお前らの正体だ! 卑怯で小汚いお前らを糾弾する私が気に入らないが、攻撃できないからか弱い彼女を標的に鬱憤を晴らしたのだ。どうだ!?」
…………。
どこから指摘すればよろしいのかしら?
チラリとシーラを見れば、苦いと評判のドドの実を齧った時のような表情をしております。
その気持ち、分かります。
「あの方、とりあえず罵倒したいだけなのかしら」
「さぁ?」
ともかく話を整理しましょう。
この場合、相手方に質問してはいけません。そうすると何が嬉しいのかこちらを馬鹿だ無能だとさらに罵倒し出すので。
まず前提として。
私たちアルトライネン辺境武伯家は王国貴族の半数程からは蛇蝎のごとく嫌われております。正確に言えば、王都近辺や、我が領地のある南部から遠い地域にいる方々には、です。
我が領地のさらに南方にはオードネブラ大森林という、魔物が跳梁跋扈する魔境が存在するのですが、ここがまぁ大変危険な場所でございます。
我が辺境武伯家はここから国内へ魔物が流出しないよう防波堤の役を担っております。その気風は武を尊び、日々己を鍛えております。
『ノウキンドモ』の集まりとはお兄様の言です。
常に魔物との戦いに備え、血と泥に塗れ、己が武功を誇る場所。それが我が領地でございます。
王国に生きる民たちのために働いている我らですが、それが何故嫌われるのかわたくしには理解できませんでした。
お父様は、
「知るか、勝手に言わせておけ。それよりも肉だ。カスリ傷には焼いた肉だ」
答えになっておりません。
確かに焼いた肉があればすぐに傷は癒えますが。
わたくしに答えを教えてくださいましたのは、敬愛するお兄様でした。
お兄様は仰られました。
我らが王国のために働くことで、領地外には大森林産の魔物は出ることなく殲滅されております。かと言って魔物はどこにでも出没します。
ここで食い違いが生まれたそうです。
王都や他領に出没する魔物と大森林産の魔物では強さが段違いなのです。
学院に来てからわたくしも周辺の魔物討伐訓練に出向いたことがございますが、確かに弱くて歯ごたえがなかったのです。他の生徒たちは教官たちが傷を負わせて弱った状態のザコの緑肌小鬼一匹を連携して討伐しておりました。集団で。必死で。
我が領地なら五歳の子供でも狩れるでしょう。
学生がこの程度ならば、では本職の騎士たちはどうかといえば、こちらも少々肩透かしな状況でした。
紅肌大鬼一匹に、騎士団が三中隊でもって討伐しておりました。結果はほぼ半壊。
うちの兵たちならば、あの程度の個体なら新兵でも一人で狩れますね。
それほどの状態にも関わらず、他領や王都の者たちはこういいます。
「魔物は騎士団で対応できる程度なのに、王都騎士団以上の資金や物資を得ていながら魔物を殲滅できないとは。噂では最強と言われていても、実際は弱兵の集まりではないか」
お兄様はため息を吐きながらこう言っておりました。
「そんなに言うなら直接見に来いと。ま、そういう奴らに限って絶対に来やしないがな」
確かにそうでした。
学院でわたくしたちを弱兵だと侮る方々にはお兄様主催の『よく分かるアルトライネン辺境武伯家領巡りツアー』の招待状をお送りいたしました。
参加したのは結局、わたくしや弟たちと仲のいい方々だけでしたが。
そんな状況なわけで、王子派の方々はとにかくわたくしたちを下に見たがる傾向にあります。
しかしながら、わたくしや弟は何一つ恥じることなどありません。国王陛下や王太子殿下、宰相閣下など王国の重鎮の方々は視察と称して我が領地にいらっしゃって実情を理解されております。
とにもかくにも、わたくしたちが目障りでどうしようもない王子派はあの手この手を使ってきますが、わたくしや弟は全て薙ぎ払ってきましたし、上層部の方々の支援がありましたのでそう問題になることはありませんでした。
そして今回、ザルス殿下はどうやらご執心の御令嬢がひどい事をされたのはわたくしのせいだと決めつけて糾弾しようと行動を起こしたのでしょう。
全く心外ですわ。
排除するなら一撃で終わりにいたしますのに。
「聞いているのか!?」
「はい?」
ああいけませんね。
少々考え事に集中してしまいました。
「貴様! 殿下への無礼の数々、最早許せん! ここで成敗してくれる!」
殿下の剣を自称する騎士志望の方が叫びつつ剣を抜きました。
確か、カンガーと言いましたか。体は鍛えていらっしゃるようですが、まだまだなお方ですね。体の軸が定まっておらず、バランスが悪いですし、筋力も持久力も戦闘に耐えられるレベルではありません。
それに、どのような理由であれ、相手を殺そうというのであれば木剣ではなく真剣を持ってきなさい。訓練用の柔なそれでわたくしが殺せるとでも?
あと、やるならばベラベラ喋らずにさっさと斬りかかりなさい。
「ちぇあー!」
ドタドタ走ってくるカンガーに対し、わたくしは足を肩幅に広げ、わずかに腰を落とします。
制服のスカートはドレスと違って短いので動きやすくていいですわ。
「ふん!」
さてどうしてやろうかと構えたわたくしの前に巨漢が割って入り、カンガーの振り下ろした木剣を片手で受け止めてしまいました。
「姉ちゃんに何すんだ!」
可愛いわたくしの弟です。
弟はお父様に似てまだ十四歳でありながら筋肉でできた巨体を持っております。領軍の兵士たちもそうですが、うちの男衆は赤毛飢熊も驚くような体格のいい者ばかりです。
逆にお兄様は細いのです。まるで宵闇狩豹の如くしなやかで、けれど力強いそのお姿は決して侮ることなどできません。
その証拠に、お兄様に勝てる者は領内ではお父様くらいなものですし。
わたくしも幼い頃は筋肉を手に入れるべく努力をしましたが、愛しいお兄様の願いもあってお兄様曰く『スピードガタ』になりましたの。
その結果、お兄様と並ぶとお似合いですねと言われるようになりましたの。
うふふ。
「オラァ!」
「ぐ!」
あら、オードが剣を奪って逆に喉元へ突きつけましたわ。
学院内では暴力沙汰はよろしくないため、お兄様の指導のもと相手の武器を奪うための技法を叩き込まれた成果ですわね。ただ、もうちょっとスマートにできないと。お兄様は奪われたことが一瞬理解できないほど流れるようにこなしますからね。
「ハハッ、ついにやったな! 学院内で暴力をふるったな! これでお前はおしまいだ!」
いちいちうるさいですわね。
わたくしは王子派から中立派の方々のほうへ視線をずらします
「エンブロイデ様、今の見ていらっしゃいましたか?」
「……ああ」
「どう見えました?」
「カンガー君が斬りかかり、それを君の弟が防いだな」
「正当防衛ですよね?」
「……そうだな」
何故そんな迷惑そうなのでしょうね。
エンブロイデ様は中立派のリーダーです。本人は嫌そうなのですが、現宰相閣下のご子息なので担ぎ上げられた形です。
国王陛下から中立の立場であれと御命令されているので、こういう場合はひどく重宝いたします。
「エンブロイデ! 貴様どちらの味方だ!?」
「殿下、私は公平でなければなりませんので」
「反逆者として処刑するぞ!」
「国王陛下からの御命令に従っているだけです」
「くっ……!」
忙しない方ですね。
「ええい、さっさとオリッサへの残虐行為の罪を認めろ!」
「認められません。わたくし、その方には関わり合いたくないので、そもそもそんなことはしませんわ」
「嘘をつくな!」
嘘と言われましても、ねぇ?
そもそも、そんなことをしている者が目の前にいれば、普通の御令嬢は怖がるらしいのですが、オリッサ様はそんな素振りを見せておりません。
「ねぇ~ザー君、もうご飯食べていい? お腹すいちゃった~」
「ああオリッサ、もうちょっと待っていてくれ。すぐに終わらせるから。そうしたら」
「あ、お外で食べましょ! 気持ちよさそう。皆でお弁当、そうだ私お弁当作りますよ私お料理もならってますし。カフェテラスも素敵。メインストリートの喫茶店の甘味が……」
相変わらずですね。
シーラは額に手を当てています。中立派の方々は白けておりますし、王子派の方々もほとんどがうんざりしております。
ただ、一部の方々は穏やかな微笑を浮かべております。
もう帰ってよろしいんじゃないでしょうか。
「ダメですよ。午後も授業がございますわ」
「あなたも帰りたくありません?」
「そこは同意します」
もう。
さっさと話を進めないといけませんね。
「殿下、そもそもわたくしはあなた方に対して隔意はございません。一方的な隔意があるのはあなた方ではございませんこと?」
「蛮族が小賢しいことを言うな! お前がしたのだろう!」
「その確固たる証拠はございますの?」
「フハハ、語るに落ちたな! 犯罪者は糾弾されると必ずそう言うんだ」
会話がなりたちませんわね。
どうしましょう。
お兄様ならこのような場合でも簡単に話を纏められますのに。
「姉ちゃんコイツどーするの?」
「ああ、もういいわ。放してやって」
先程からずっと切っ先を突きつけていたので、弟も飽きたのでしょう。それに、カンガーも脂汗で見るに耐えない顔になっておりますから。
切っ先を下ろされ、解放されたカンガーは無様にもよろけ、転びそうになって四つん這いのまま王子派の方々の後ろへ行ってしまわれました。
ちょっと笑ってしまいましたが、不可抗力ですわね。
「チッ。忌々しい」
「殿下、一つお聞きしたいのですが」
「なんだ!?」
あら、エンブロイデ様がようやく動かれましたわね。
「先程、残虐行為とおっしゃいましたがその件の調査は誰が?」
「もちろん我らが行った。愛しい彼女のためだ。他の連中は信用ならん」
「いえ、この場合、学院の調査部に任せて頂きませんと」
「信用ならんと言った!」
「調査部が介入しませんと、どのようなものであれ確固たる証拠にはなりません。それは規則に定められております」
「あ奴らはそ奴に脅されているだろうから」
「では王国の専門機関にご依頼すればよろしいでしょう。それに「だろう」とか「らしい」とか、憶測で物事を決め付けるのは如何なものかと」
「ええいいつもいつもうるさい奴だな! 王族の私に敬意がないのか!?」
「…………」
あら、黙ってしまわれましたわ。
呆れてものが言えないのか、面倒になったのか、まさか敬意がないと正直に言いそうになったので口を閉じたのでしょうか?
「正直に言いそうになったのにチーズケーキひと皿」
「賭けになりませんね」
世間では毒舌と呼ばれているエンブロイデ様ですが、わたくしからすればただの正直者でしかありません。
相手に毒を塗りこむのであれば直接体内に叩き込みませんと。即効性は大事です。
「さあどうした! 泣け! 跪いて命乞いをしろ!」
命乞い?
謝罪しろと仰っていたのに、いつのまにそんな話になっているのでしょうか。
「オリッサ・ヴィジーテ様」
「はい?」
わたくしはオリッサ様へ声をかけます。
そもそもの話、彼女がことの発端なのですから直接お聞きしなければなりません。
「オリッサ様、あなたの私物が壊されたりしたとお聞きしましたが、わたくしが犯人だとお疑いですか?」
「え? 壊したのあなたなの!?」
「は?」
意味がわかりません。
殿下曰く「残虐行為」の犯人はわたくしだと、殿下に仰ったのではないのでしょうか。だから殿下がこのような行動に出たのでは?
「も~あの花瓶お気に入りだったのに~。でもでも、ザー君が新しいの買ってくれたし、ほかにも~」
「質問に答えなさい、オリッサ・ヴィジーテ」
「や、なによ、もう怖い~。ザー君、なにあのひと」
「ああオリッサ、大丈夫だ。君のことは俺が必ず守ってやるからな」
「や~ん、 カッコイイ~」
ブチ殺せば解決じゃない?
もういいわ。刈り取ろ。
「ちょ、エリー駄目! 淑女淑女!」
「……そうですわ、我慢我慢。お兄様に相応しい淑女になるんですから」
いけませんわ。わたくし、淑女ですわ。
思わず漏れ出た殺気に皆が引いてしまってます。オードもそんな小動物みたいに震えないの。
「……さて、改めまして。わたくしを犯人だと決めつけた理由をお話下さいな」
静まり返った食堂わたくしの声だけが響きました。
王子派も、中立派も、誰も彼もが表情を引きつらせ、こちらを凝視しております。
殿下とオリッサなど、互いを抱きしめて今にも倒れそう。
「オリッサ・ヴィジーテ」
「ヒッ!」
「早く仰って? わたくしを犯人だと決めつけた理由はなんなんですの?」
「……だって、あなた悪者でしょ?」
「なんですって?」
静まり返っていたおかげで、小さく呟かれた言葉は聞こえました。聞こえましたが、やっぱりその意味は理解できません。
まるでイタズラが見つかってしまった子供のような不貞腐れた顔でオリッサは言葉を続けました。
「持ち物なくなるし、壊されちゃうし、お気に入りのワンピースも切られちゃうし、そんなことするの誰だか知らなかった。けど、みんながあなたが悪者だっていうから、じゃああなたがやったんだって……」
「つまり、こういうことですか? 誰がやったかわからない。でも他の者が言っていた根も葉もない噂を信じてわたくしが犯人だと決めつけた、と?」
「そういってるじゃない」
あちこちから溜息を吐く音が聞こえてきます。
わたくしも盛大に息を吐きます。
「殿下、彼女はこういっておりますが?」
「……え、あ、ええ? オ、オリッサ? 言ってたじゃないか、あいつが犯人だって」
「そうじゃないの? ザー君がそういったんじゃん。あいつがやったんだって。いじめるのが得意そうだって」
「ええ!?」
「なに驚いてるの? だって、ザー君言ってたじゃん。あいつ、プライドが高いからって。自分が貴族だからって、元平民の私が貴族を名乗るのが気に入らないんだって」
……なんですって?
その言葉を聞いた瞬間、アタシとオードは怒りに我を忘れそうになった。
なんとか踏みとどまれたのはシーラがアタシの手を握っていてくれたから。さもなければすぐにでもあのクソアマをブチ殺してしまっただろう。
それと、オードの肩を抑えてなければ弟が殺っていた。
それだけ、今の言葉はアタシたち姉弟には許せないものだ。
「で、殿下、オリッサ嬢は、男爵家に引き取られた方ですの?」
「え、あ……」
「お答えになって! 大事なことです!」
自身の怒りと弟が飛び出さないように抑えるのに必死なアタシの代わりにシーラが話を進めてくれる。
正直、今他のことに意識をさけば不味いことになる。
あいつらは腐っても王族と貴族。正直手を出したいけど、兄ちゃんとの約束を破るわけにはいかない。
『学院でちゃんと淑女になる努力をすること。鍛錬は欠かさずにやっていいけど暴力は駄目だ。いい子にしてきちんと卒業すること。いいね?』
もちろんアタシは頷いた。
ガサツで男勝りなアタシのことを心配してくれた兄ちゃんとの約束は破らない。
「オリッサは男爵の庶子で、引き取られて、だから……」
「殿下、ご存知ないのですか? アルトライネン家の方々は貴族家に引き取られた平民だからといってその方を見下したりすることは絶対にいたしません。むしろそのようなことをする輩を許しません。何故なら……」
「アルトライネン次期当主は、引き取られた元平民ですから」
アタシたちの兄ちゃんは、元々領内の農村の子供だった。
大森林の魔物たちは繁殖期になるとその数を増やすから、その時はウチの領内は休む暇もない。どれだけ間引いてもどんどんアイツらは森から溢れ出てくる。
あるとき、大規模な魔物の噴出があって、皆がそっちにかかりっきりになって、兄ちゃんのいた村の警備が薄くなってしまった。
大規模噴出を食い止めたお父ちゃんの元に村が襲われたと報告が入って、お父ちゃんは部下の皆を引き連れて村に急いで向かった。
でも村は壊滅して、それで、兄ちゃんだけが生き残った。
そこで何があったのか、誰も教えてくれない。
兄ちゃんは引き取られてから色んなことを皆に教えてくれた。
武器や防具のこと、魔物のこと、戦い方のこと、傷の治療法のこと、色々。
どうしてそんなことを知っているのか気にはなったけど、すぐにどうでも良くなった。
兄ちゃんのお陰で魔物との戦いが楽になったって皆が喜んでいたからだ。
今までだったら腕一本無くなることも当たり前だった。それがなくなった。男衆は戦い続けられることを喜んだし、女衆は家族が死ぬことが少なくなってとても喜んだ。
戦いに出れば傷つくし、死んでしまう者が出る。それは仕方がない。でも兄ちゃんが教えてくれたことで今までの状況が改善されたのだから皆兄ちゃんを認めてくれた。
もちろんお父ちゃんも、お母ちゃんも。
だから兄ちゃんは平民であってもお父ちゃんの後継者になった。
本当なら直系のオードが当主になるけど、ウチは強い奴が偉いって思ってるからそこは皆気にしなかった。
だって、兄ちゃんはお父ちゃん以外に勝てる奴がいなくなるほど鍛えて強くなったんだから。
平民とか貴族とか、関係ない。
けど、アタシたちは気にしてないけど兄ちゃんはいつも血筋のことを気にしてた。
オードが当主で、兄ちゃんは部下になるのが当たり前とか言ってた。お父ちゃんといつもそれで喧嘩してた。
お母ちゃんが自慢の息子だって言ってたのに。オードが兄ちゃんの下で戦うんだって嬉しそうに言っていたのに。
兄ちゃんはウチに必要な人なんだ。
アタシには兄ちゃんが必要なんだ。
アタシは兄ちゃんが好きだ。家族愛もあるけど、兄ちゃんを一人の男として好きだ。
だから兄ちゃんの隣に立てるように淑女教育も頑張った。言葉使いも変えた。兄ちゃんと肩を並べて戦えるように鍛えた。
オードも兄ちゃんに追いつこうと頑張った。兄ちゃんの自慢の弟だからって。
そんなアタシが、アタシたちが、貴族家に引き取られた元平民を見下すなんてことは絶対しない。
だってそれは、兄ちゃんを馬鹿にしているようで嫌だったからだ。
「殿下」
「ひぇ! な、なんだ!」
エンブロイデが面倒くさそうに声をかけると王子が変な声を上げた。
そのあいだもオリッサは不貞腐れた顔のまま王子に縋り付いたままだ。
「学院の調査部に報告を入れ、此度の件はしっかりと調査をしていただきます」
「だ、ダメだ! そんなことをしたら!」
「何か不味いことがお有りですか? そもそも今回の騒動は聞いている限りでは殿下の思い込みで貴族の令嬢に罪を着せようとしているようにしか見えません。また、私物を破壊するのも部屋に侵入するのも、果ては襲撃まで画策するなど立派な罪であることは明白。ならば公的機関の力を持って隅々まで徹底的に調べ上げ、犯人を捕縛し、裁判にかけるのが正しいことかと思われますが?」
正論に誰も口を挟めない。
王子は初動を間違えたんだ。
「では、私はこれから調査部へ……」
「その必要はないぞ」
いきなり聞こえてきた第三者の声に、アタシたちは食堂の入口へ顔を向けた。
アタシが誰かの接近に気がつかないなんて。
そうだ、兄ちゃんがいつも言ってた。
怒りに飲まれればそれだけ視野が狭まるって。だから常に冷静になれって。
ダメだな、アタシ。
「ここは食堂であろう? 何故食事の手を止めておるのだ?」
入ってきたのは……国王!?
その後ろから護衛の近衛騎士たちが続く。
驚いて固まるアタシを我に返したのは手を握り続けていたシーラだ。
手を引かれたことで皆が礼をとろうとしているのに気づいて、事態を理解していない弟の肩を叩いて臣下の礼をとらせる。
学生のうちは皆、左手を腹部に、右手は腰の背にあて、上半身を床と平行になるよう折り曲げるのが正しい作法で、教育のおかげでスムーズにできた。
これが夜会とか式典とかになるとまたやり方が違って、正直面倒くさい。
「皆の者、面を上げよ。楽にするといい」
国王陛下の言葉に全員が身を起こし、正直楽とは言えない直立不動の態勢をとる。
国王陛下は刈り上げた金髪に意外と鍛えられた体をした、ダンディだと評判の男性だ。豪華な装飾の施された服に外套を纏った国王陛下は、食堂に集まったアタシたち……いえ、わたくしたちを見て目を細めております。
いきなりの事態に冷静になりました。わたくし、淑女ですわ。
「ザルス、これはどういうことか? 説明せよ」
「あ、父上、これは」
「説明せよと申したぞ」
国王陛下の問いに、殿下はしどろもどろです。
まさか憶測だけで勝手に決めつけて令嬢を断罪してました、などと言えるわけがないですね。
「……埒があかぬな。ふむ、エンブロイデ、説明せよ」
「ハ、今現在」
「やめろ黙れ!」
「黙るのはお前だザルス。エンブロイデ、続けよ」
国王陛下によって殿下は黙らざるえを得ず、エンブロイデ様は一瞬だけ殿下を見やり、すぐさま説明を続けました。
「私たちが昼食を楽しんでいた所、ザルス殿下が突然イェリーテ・アルトライネン辺境武伯令嬢を糾弾いたしました。内容は殿下が愛しいと仰った男爵令嬢に対する、おそらくイジメを超えた行為の犯人が彼女であるということ。ただし、話を聞くとどうやら殿下や男爵令嬢が噂や憶測を信じきって罪を一人に被せようとしたようです。なので学院の調査部に依頼して事の次第を明確にしようか、という所でございます」
エンブロイデ様の答えに、陛下は盛大に溜息を吐かれました。
そうでしょうとも。
御蔭でわたくしの昼食が冷めてしまいましたわ。
「ザルス、お前がしたことは王族として相応しくないと分かっておろうな?」
「そ、そんなこと! だってこいつは!」
「お前が、いや、お前とそこにいる者たちが辺境武伯家に対して偏見と隔意をもっているのは知っている。だからと言ってお前らに貴族家の者を断罪する権限はない。そんなことも分からぬほど愚かであったか」
王子派の方々は気まずそうにしている殿下を筆頭に、顔色の悪い者が多く、令嬢たちはほぼ気絶しそうですね。
それはそうでしょう。
一国の王に直接「愚か者」などと評価されてしまってはお先真っ暗ですし。しかも知っている、ということは、陛下の手の者が関わっているということ。
「まったく、真実を見ず虚飾を信じ、その結果何が起こるかすら知恵が回らぬとは……」
「ち、父上、お言葉ですが、そこな蛮族を排除するのは」
「馬鹿者が!」
陛下の怒声に食堂全体が震えました。
「アルトライネン家は王国に魔物が溢れぬよう日夜その身を削っている忠臣だ。だからこそ我らは潤沢な支援を送っているし、それに相応しい働きをしてくれているのだ」
陛下の説明に誰かが「嘘だ」と呟きました。
嘘ではございません。
我が領では毎日毎朝毎晩が戦いに溢れております。
魔物たちは種類によって季節ごと、朝、昼、夕、夜と活発になる時期が違いますので、戦士たちはそれに対応するために交代制をとっております。
さらにその戦士たちを補佐するための斥候部隊、罠を仕掛ける部隊、警邏する部隊がおり、さらにさらに武器や防具を整備・生産する鍛冶師たち、大人数の腹を満たすために調理師たちがおり、彼ら彼女らは一生懸命働いて下さっております。
ああ、正直な話、ここにいるよりも領地で戦いに身を置きたいものです。巨刃蟷螂の鎌でできた愛剣を振り回したいのです。学院に持ってくることができないので今はキチンと手入れをされて領地で保管されております。
「我の言葉を嘘と決め付ける根拠はなにか、説明せよ」
誰も答えません。
答えられるはずもありません。
真実を知らないのだから。
「ふむ、話が進まぬな。これ、三人とも入ってこい」
陛下が誰かを部屋の中に招きました。
入っていらしたのは、まずゼクシス王太子殿下。陛下にそっくりな貴公子です。
次に入って来られたのはトルストア・オクトルス侯爵令息様。シーラのお兄様ですわ。
そして最後に入って来られたのは、
「「お兄様!」」
「兄ちゃん!」
わたくしとシーラの声が同時、それに混じってオードの声。
どれも喜びが混じっております。
だって、三人目は敬愛するお兄様だったんですもの。
しっかりと鍛えられていながらしなやかな体躯をもち、戦えば一騎当千。わが国では珍しい漆黒の髪と黒い瞳をもち、まさに神秘的なそのお姿……ああ自身の語彙の少なさが恨めしい。だってお兄様の素晴らしさをきちんと正確に表現できないんですもの!
「お兄様!」
「ハハハ。はしたないぞぅシーラ」
こちらに歩み寄ってきたトルストア様にシーラが抱きつきました。シーラもお兄様が大好きですからね。家族愛的に。
「お兄様!」
「兄ちゃん!」
わたくしもお兄様に抱きつきますわ!
ああ、この逞しいお体……。
「元気そうでなによりだ、エリー。オードも、しっかりしてきたな」
お兄様、リューセイ・アルトライネンにそう言われるだけで先程までの茶番の疲れが消えていきます。
オードもお兄様に褒められたのが嬉しくて照れくさそうに鼻を擦っております。
「さて、ザルスよ。此度の件、何が原因か分かっているか?」
「あ、兄上……」
「お前たちはアルトライネン家が実際にどういう仕事をしているか、理解していない。そうだな?」
「い、いえ……」
「嘘をつくな。領地の査察に同行もせず、ただ噂話を信じる者が、どうして真実を理解できよう」
あら、ザルス殿下は今度は王太子殿下に詰問されております。
「貴様らも貴様らだ。右に倣えのその姿勢など、木偶人形でもできる。貴族家の者として何を学んでいた」
「な、兄上といえど」
「黙れ。それに、お前はいつまでその女と抱き合っているつもりだ。婚約者や家族でもないのに。陛下の御前だ恥を知れ」
ささっと身を離します。
本当ならもっとしていたいのですが、空気は読みます。
「彼女は私の大切な人です! 侮辱は許さない!」
「ほう、誰の許しを得てそんな事をほざく?」
「誰の許しもいらない!」
まるで子供のわがままですわね。
お兄様のお顔を見上げれば、苦笑しつつ頭を撫でていただけました。決して催促したわけではございませんが、これはこれで。
「大変だったろう?」
「いえ、そんな」
謙虚な姿勢は淑女にとって大切なのです。
「ザー君のお兄さん、わたし、ザー君と結婚するんですよ? あ、そうしたら義理のお兄さんになるんですよね? じゃあ、お義兄さんって呼んだほうがいいの?」
その言葉に皆が慌て、近衛騎士たちからは怒気が漏れ、王太子殿下は呆れきっております。
淑女教育、いえ貴族としての教育とはなんだったんでしょう?
さすがのわたくしでも陛下や王太子殿下への礼儀は弁えておりますよ?
本当ですよ?
「オ、オリッサ!」
「さっきからどうしたのザー君?」
「……王太子殿下の御前だ」
「だってザー君のお兄さんでしょ?」
あ、王太子殿下が額に手をやりました。
「……不敬罪で捕縛されても文句は言えんぞ?」
「そんな!」
「もういい」
ああ、ようやく陛下が動かれました。
「ザルス、お前には再教育を命じる。お前の後ろの者共もだ。リューセイ・アルトライネン」
「はい、国王陛下」
「以前企画した、ツアーなるものは今でも行えるのか?」
「少々お時間を頂ければ」
「ふむ、ではお前たちにはアルトライネン領へ行き、真実をその目に焼き付けることをここに命じる。逃げることは許さぬ」
王子派から聞くに堪えない悲鳴が上がりますが、陛下はそれを無視されました。
「お前らはアルトライネンを『弱兵の集まり』だと、『私腹を肥やす蛮族』などという出まかせを信じていたな。見もせずに噂だけを信じるものなどいらぬ」
こう言われてしまっては誰も反論できません。これ以上反抗すれば、家からも放逐されてしまうでしょう。
子供が不敬罪、反逆罪の疑いをかけられたら我が身可愛さに切り捨てる。それが貴族としては当たり前のことなのでしょう。
ウチが特殊すぎるのでしょうね。
「午後からの授業は中止し、皆寮の自室にて謹慎せよ。ザルス、お前はこれから城に来い。ヴィジーテ男爵令嬢も謹慎だ。ゼクシス、後は任せて良いな?」
「はい、お任せを」
国王陛下の号令の下、食堂の外に控えていた騎士たちが生徒たちを寮へと帰すべく動き出しました。
屈強な騎士たちに囲まれ、逃げ場もない王子派の者たちはまるで死刑台へ歩く罪人の如く弱々しい様です。ここでわたくしたちを睨みつけられるほどの胆力を持つものは一切いらっしゃらないのは、どうなんでしょうね。
中立派はエンブロイデ様の指示のもと悠々と、わたくしと仲の良い方々もわたくしやお兄様に一礼して寮へ戻っていきます。
ただ、未だごねている方がいらっしゃいますが。
「何故私がそんなことを! 嫌だ! オリッサと一緒にいる! 王都にいる! 蛮族の所なんていやだ!」
これが王族の言うことでしょうか。
しかし、そんなことを仰る殿下の想い人はというと、
「も~ザー君うるさい~、いいじゃない旅行にいけるんでしょう? じゃあおいしいものいっぱい食べられるかな?」
この方、本当に何なんでしょうね。
あ、陛下の拳が殿下の左脇腹に突き刺さりましたわ。
いい音とともに沈んだ殿下を近衛騎士の方が担いで運んでいきます。やはりそれが手っ取り早いのですね。
オリッサ嬢は別の近衛騎士の方のエスコートに笑顔でついて行きました。頬を赤く染めて、殿下が見たら泣きますわよ?
「いやすまなかったね、うちの愚弟が」
ゼクシス殿下が爽やかな笑顔で仰いました。
「ゼク、さすがにあれはどうかと思うぞ?」
「そうだよな~」
「全く。ウチの家族を罵倒しやがって……精神的に潰してやろうか?」
「やめろ! お前のソレは冗談抜きで危険すぎる!」
お兄様、ゼクシス殿下、トルストア様が和気藹々と喋っております。
あ、このお三方は学院ではご学友でして、とても仲の良い親友でございます。
お兄様に誘われてお二人共我が領の実態をご存知で、その流れでシーラとも知り合い、仲良くなれたのです。
「もうお兄様、どういうことかご説明して頂きたいのですが?」
「御免ねエリー。今説明するよ」
お兄様に催促した所、容易く今回の真相が発覚しました。
学院には王国の影の手の者がいたるところにおり、ザルス殿下の行動は全て筒抜けだったそうです。そして殿下が今回の茶番劇(あちらからすれば断罪劇?)を計画したのを逆手にとってザルス殿下を筆頭とした王子派の方々に現実を見せようとしたのです。
そもそも貴族の多くが我が領の実態を知りもせずに好き放題言っている状況は、陛下たちにとって見過ごせるものではないのです。
わたくしたちに対しての支援を切らせば、それ即ち王国の破滅です。
紅肌大鬼一匹に、騎士団三中隊で対応しなければならないのに、それが十匹現れたらどうなるか。そこに灰色牙狼の群や大牙突猪などが来たら? さらに虫型、鳥型が一気に来たら?
はっきり言えば、対応できません。
なのに貴族たちは我々を蔑みます。
真実を知っていれば誰だって現状を変えなければならないとわかるはずです。
しかし一気に変えることはできません。皆こちらには近づきたくないのですから。
だから今回の件を利用してザルス殿下に罰という形で強制的に真実を見せようとしたのです。ついでに王子派の方々にも連帯責任で。
今いる当主陣は無理でも、次世代の方々にならばと考えたのですね。
だからわざわざ陛下が近衛騎士を引き連れて準備万端でやって来たというわけでした。
「私たちは餌だったと?」
「エリーたちには申し訳ないと思ったんだが、ゼクにどうしてもと頼まれて」
「いえ、いいんです。お兄様のお役に立てたんですよね?」
「ああ、もちろん」
「ならいいです」
お兄様のお役に立てるのであれば、このくらいのこと造作もありませんわ。
「兄ちゃん、俺は? 俺も役に立ったか?」
「ああ、お前にも感謝してるぞ」
「へへ」
オード、頭を撫でられてずるいです。
「さあ。家族団らんの途中申し訳ないが今後の話を進めたいんだが、いいかな?」
「「「「畏まりました」」」」
わたくしたちは揃って食堂を後にし、騎士たちが確保した会議室でお兄様主催の『よく分かるアルトライネン辺境武伯家領巡りツアー改』の企画を練ることになりました。
皆様にはきっちりかっちり、ぎっちりと理解して頂くために、それはもう素晴らしい企画になりました。
うふふ、楽しみですわ。
* * * * *
その後のことを少々語りましょう。
結局の所、オリッサ嬢に対して悪意ある行動を起こしていたのは、王子派の下っ端連中でした。
彼ら彼女らは下級貴族で、しかも元々は平民であったオリッサ嬢が王族や高位貴族らに愛でられ、お姫様のような待遇に甘んじているのが気に食わなかったそうです。
だから色々と嫌がらせを行ったと。
彼ら彼女らはどうせアルトライネンの名を出せばいいだろう、などと軽率に考えて行動したと。
学院の調査部と王国の諜報部による合同取り調べの場で自白しました。最初は沈黙したままでしたが、すぐに正直に話したそうです。
何があったんでしょうね?
ともかく、これにより嫌がらせの実行犯たちはもう出世街道に乗ることはないでしょう。
他の方々はゆるい罰則を命じられただけ。
とは言え、今回の事で陛下や王太子殿下に目をつけられたので出世街道から転がり落ちました。次世代の意識改革を狙っているので廃摘などは免れましたが、これからは心機一転死に物狂いで頑って行かなければならないでしょう。
……行く前にアルトライネン領へご招待です。
大丈夫。ご心配なさらず。下働きの方々と一緒に行動するだけです。朝から晩まで仕事には事欠きませんから、退屈する暇はございません。
あとは、王子の側近たちですね。
彼らの大半は高位貴族家の子息。国王陛下直々のお叱りを当主とともに受けて何やら忙しない感じです。
彼らも我が領地へご招待します。一番前(最前線)の特等席をご用意いたしましたわ。こちらも心配なさらず。一人ずつに腕利きをつけますから安心ですわ。
そうそう、今回の件の中心人物オリッサ嬢なんですけれども、彼女はどうも、なんといいますか。ダメかもしれませんね。
学院で王子と恋仲になったらしい彼女なんですが、今回の件で王子に愛想を尽かした挙句、寮へ付き添った騎士に乗り換えた模様です。
取り調べで調査官の質問に答えることなく逆に騎士のことを聞きたがり、会いたいと言うばかり。
まったく話が進みません。
これに怒った国王陛下はヴィジーテ男爵を呼び出して詰問したとのこと。
オリッサ嬢の母は男爵の妾で、オリッサ嬢が生まれる前に幾ばくかのお金を渡して故郷に帰したのです。が、男爵と奥方の間に子供は生まれず、このままではお家断絶の危機と慌てて養子縁組など方々に手を回したら、自分の血を引くオリッサ嬢が生まれているのを知って母親から引き離し、自分の娘としたのです。
オリッサ嬢はそれまで平民として育てられておりました。ここはわたくしも知っています。
何故あのように話を聞かず、話題が飛びに飛んでしまうような、自由奔放になったのか。
どうも幼い頃に出会った吟遊詩人が原因らしいのです。あ、その吟遊詩人が悪党だという話は聞いておりません。
ただ、幼いオリッサ嬢には吟遊詩人は話をするだけでチヤホヤされてお金ももらえる、とても簡単な職業に見えただけ。
ならば自分でも出来る、と子供特有の考えで行動した結果だそうです。
周囲の者たちは最初は子供のことだからと暖かく見守っていたそうですが、だんだんと相手にするのに疲れていったのだそうです。
それもそうですね。いくら子供のやることでも仕事中や休憩中おかまいなしに話しかけてきて、とりとめもない一方的な話をされ続ければ嫌にもなります。
初期はわずかながら親切でお捻りを上げていたのですが、やがて彼女はお捻りを催促するようになりました。それがどんどんと酷くなっていき、最終的に話しかけただけの人にお捻りという名の金銭を要求したのですって。
母親も含め、周囲の大人たちはこれはまずいと注意をしても、彼女はもう止まらなかった。
今まで自分の話を聞いてお金を渡してくれてたのに、何故そんなことを言うのか?
楽しい、面白いと言ったのに。
元気がでると言ったのに。
これには大人たちも困ってしまい、さあどうしたものかと思っていたら男爵の使いがやってきて、金銭を母親に文字通り叩きつけてオリッサ嬢を連れてきたのです。
そのまま彼女は男爵家で過ごしますが、その時の男爵の行動がさらに増長を促します。
自分の血の繋がった娘ができて、男爵は俗に言う、親ばかになりました。
オリッサ嬢が父に話を聞かせ、父は娘にお小遣いとしてお金やものを渡していたのです。
もうこの時点で手遅れですね。
結局、男爵は娘に貴族教育を施さずに甘やかした状態で学院へ放り込み、オリッサ嬢は紆余曲折を経て殿下たちの目にとまり……殿下も金銭感覚がおかしいので自分に与えられる予算内からオリッサ嬢へ様々なものを買い与えていたのです。
実は、殿下達には個人個人で王国から茶会などを開くための資金が国から与えられております。殿下はそれを茶会などで使わずにオリッサ嬢のためだけに使い、さらに無くなったら追加申請までしていたのです。
血税をなんだと思っているのでしょうね。
そんなこんなで長くなりましたが、オリッサ嬢は注意も諫言も聞かずに己の思うがままに生きてきたのです。
ただ、彼女だけが悪いなどとは思いません。せめて周囲の大人や友人たちももっと強く諌めたりしていれば、変わったかもしれません。
ですが、わたくしたちにはもうどうすることもできません。
オリッサ・ヴィジーテは男爵家で蟄居。男爵はオリッサ嬢の再教育を厳命されました。
これからは男爵の頑張り次第です。
それと、ザルス殿下なんですが。
「イヤだ! 蛮族の家なんか行きたくない! オリッサ! オリッサと一緒にいるぅ!」
この調子です。
自室謹慎中なのですが昼夜問わず喚き散らし、モノに当たり、食事を運んだりする時に扉を開けると脱走を試みる始末。
「もう梱包しとけ」
「……やむをえんか」
とはお兄様と王太子殿下が交わした会話です。
もちろんザルス殿下はどんなに喚いてもツアーに参加です。主賓といっても過言ではありませんから。
さあ、我が家へ帰りましょう。
色々やることもありますが、まずはひと暴れしてスッキリしましょう。
【辺境武伯家の屋敷にて】
王太子「今頃奴等は戦場か」
侯爵兄「でしょうな」
王太子「なつかしいな」
侯爵兄「いやはや。我らも通った道ですからな」
王太子「中央の狸どもの言うことを真に受けて」
侯爵兄「リューを処刑しようと躍起になって」
王太子「逆にノされた挙げ句」
侯爵兄「丸太に縛り付けられて」
王太子「魔物の群に突撃させられて」
侯爵兄「現実を思い知らされた訳ですな」
王太子「無知とは恐ろしいな。何せ拳一つで巨岩甲亀を砕き殺す相手に喧嘩を仕掛けたのだから」
侯爵兄「よく生きていられましたな。ま、そのおかげでリューとは善き友人となれましたし、王国も滅亡一直線にならずにすみました」
王太子「ありがたいことだ」
二 人「「ハッハッハッ!」」
侯爵妹「殿下、お兄様、お茶のお代わりは?」
二 人「「いただこう!」」
【一方その頃、第二王子】
「らしゅけてぇ~! あびゃあ……」




