どうして、そうなる前に止められなかったんだ
日に日に、人は成長していく。
子供の時はそれが特に早い。少しずつ、でも一昨年よりも去年。去年よりも今年、やっぱり顔もどんどんと、幼さをなくし大人に近づいていく。
時は流れ、僕は14歳になった。
「僕の顔は、似ている」
昔から何度も囁かれてる事を思い出して、自分の姿を鏡で見た。兄さんにも言われたし、メイド達の間でも囁かれているのを知っている。父さんにも一度言われたことがあるけど、だんだんとを嫌うようになった。僕の事を見ないように過ごしている。
確かめたいけど、確かめられない。
触れたらきっと今までの暮らしが、家族が、壊れてしまうから。
そんなある日、均衡を破ったのは父さんだった。
蓋をしていた僕の秘密に、淡々と父さんは爆弾を投下した。声は怒鳴るわけでもなく、酷く冷たい。夕食後の、家族四人が寛いだ空間が一気に硬直する。
「メリッサよ。フロンはシンフォードに似ていると、そう思わないか?」
これまで父さんに似ている部分は見つける事ができなかった。それどころか、日に日に僕はシン先生に似てきて、その違和感は何年も前からしている。
母親似だと思われてた僕は、どうやらそう言うことじゃなかった。
「でも! それは、シン先生も母さんも血が近いからでっ……」
「黙っていろ! メリッサに話しかけてるんだ」
自分でも苦しい言い訳をしてると思う。
一番似ているはずなのは、父さんであるはずなのに。傍から見れば、シン先生と僕が横に並んでるほうがよっぽど親子だ。母さんと再従姉弟である先生の血が、ここまで色濃く僕に流れ込んで来るなんて、どう説明すれば良いのか……。僕にとって、シン先生との繋がりは高祖父母まで遡り、その間にいろんな人の血が混ざってるはずだ。
なのに、どうして。
僕はこんなにも、シン先生に似ているのか。
嫌でも行き着く答えは、分かってしまう。
だけど、思いたい。こんなのはなんかの間違えで、ただの気のせいだって。
だって、そうだろ。
母さんがそんなことする筈がない。
ずっと、僕と父さんを騙してきたなんて思いたくはなかった。
「フロン、貴方は部屋に戻ってなさい……」
「どうして、僕がこの場から離れないと行けないんだよ?」
「どうしてって、……それはっ」
「シン先生とは関係ないって一言、言ってくれれば良い話じゃないの……?」
本当は、僕が生まれてからずっと聞きたいって思った。それでも多分、父さんもこれまで違うって言い聞かせてたんだと思う。だけど何度否定しても、無駄だった。
疑い続けるなら、はっきりと晴らした方が良いんだ。訊くのは怖いけど、母さんが違うと言ってくれるのを信じてるからこそ、逃げずに確かめたい。母さんが否定してくれるのが、最後の希望だった。
「違う、なんて言っても信じられないでしょ」
母さんは、いつかこんな日が来ることを覚悟していたように、取り乱すこともなく僕たちに向き直った。嘘だっていい。否定して欲しかった。
僕の目の前で起こっていて、そうじゃない。
まるで、遠くの何処かで起きている光景だ。口は利けなくなって、暴走した馬が道を外れ馬車ごと崖から落ちていくのを、なす術もなく遠くからただ見ていることしからできない。そんな感覚に似ている。
「ええ。貴方の仰るその通り、フロンはあの人の子です」
「今思えば、俺との結婚が決まる前から、お前とあいつはお互い好きだったんだろ?」
母さんが、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。でもまた、落ち着きを取り戻す。幼い時に、僕と兄さんとで内緒話をしていたけど、隠すまでもなく父さんも、シン先生と母さんが特別な関係にあったのを、ずっと前から見かけたのかもしれない。
そんな光景をただ僕は、呆然と見ていた。
耳が、意識が、遠のいていく。壊れていく。
そんなの嘘だ、って2人の会話を止めるために言いたいのに、もう力が出なかった。
「今もか」
「……はい」
「母さん、何言って……るんだよ」
好きな人と結婚できなかったとしても、これは絶対に許されないことだ。どんな理由であっても。2人の想いなんて訊きたくもない。
結婚当時19歳だった母さんは、写真で見る限り僕が言うのも変だけど、綺麗な人だった。五つ上の父さんは、母さんのことをとても大切にしていると僕は感じてる。それでも、結婚して20年経った今も、母さんは父さんに想いは向くことなかった……。ずっと先生を愛している。それでもこの家から出れず、夫婦であり続けた。
「悪者は俺なのか?」
「ごめんなさい。やっぱり私は貴方を愛せません。だからどうか……もう、フロンと一緒に私をっ」
壊れてしまったものを直そうともせずに、母さんは解放を願った。そんなことして、父さんと兄さんはどうなるんだよ。
「出て行け、なんて言うと思うな。もし俺が怒りのままにお前と離婚したなら、メリッサ、お前はフロンを連れて、喜んであいつの所に行くだろうよ。そうはさせてたまるか」
「……っ」
「もうあいつには、一切会わせるものか。もう終わりだッ!」
そして、父さんは僕に向き直る。
母さんに向けられなかった矛先は、僕に向かった。
「フロン、お前は出て行け! あいつに似ている顔なんて、これ以上俺に見せるな。憎たらしくて堪らない」
「と、父さんっ!」
「もう、その名で呼ぶな! 」
叫んだ矢先。
手を振り上げた父さんは、僕の頬を叩いた。乾いた音が鳴った。母さんには向けられなかった怒りが、そのまま僕に向けられる。まだ収まらない怒りが次の拳に込められ、痛みを受け止めようとした時、兄さんが僕の盾に入った。
「父さん、フロンに罪はないでしょう?」
「異父兄弟のお前が、気にとめることでもない」
「父親が違くても弟です。フロンを追い出して、どうするつもりですか。まだ子供じゃないですか」
「それがどうした。下流の奴らはそのくらいでも、生きてる。孤児院でもどこでも、生きていける術なんてものはある」
「本気ですか。男爵の子を、孤児院なんかに」
「何を言ってるんだ。こいつには俺の血が一滴も流れていない。此処に住む道理があるものか!」
殴りかける父さんの腕を、兄さんは抑え込んでいたけど、その兄さんごと手荒に振りほどいく。もう僕に目を合わせてくれることなく、怒りを露わにする父さんに、母さんは泣きながらすがりついた。
「止めてださい!フロンを此処に居させてあげて下さい!」
「駄目だ!!」
「あの子が出て行かなければならないなら、私も出て行きますっ!」
「そうはさせん。赦すと思うなよ。メリッサにとって一番辛い罰を与えてやる」
「でも、貴方! 子供は……、フロンはなにも悪くありません。なのに出て行かせるなんてっ。悪いのは私です!!」
「ああ。それが、お前にとって一番堪えるだろ。……こっちも限界なんだっ!」
まるで、夢を見ているのか……。
あっという間に事態は進んで、気づいたら僕は、父さん(とは呼んじゃいけないから)いや、あの人に引きづられながら、馬車に投げるように押し込まれていた。僕にはもはや抵抗する気力さえ、残ってはいなかった。
遠くを呆然と眺めていると、玄関先から母さんが僕に向かって走って来るのが見える。
「フロン。ごめんなさい。ごめんなさい。一緒にいてあげられなくて。ごめんなさい。一人で行かせてしまって……フロンっ」
別れの最後、僕の腕を掴み、初めてみたほど取り乱し、泣きながら母さんは、僕に謝った。
こんなことを謝って欲しいわけじゃない。僕だって、母さんと先生のした行為が悔しくて堪らない。
だけど、心に湧き上がる叫びを、そのまま吐き出したら、きっも母さんが壊れてしまいそうで、何もかも押し殺してただ笑ってみせた。
過ぎたことは、どうしようもない。
恨んでも、怒っても、仕方がなかった。
それで僕が生まれる前に戻るわけでもないんだ。
謝っても母さんは、父さんより先生の事を愛してる事には変わりはない。
僕が此処に居たって何が変わるんだ。居られるわけがない。
「あなたに、こんな思いさせるために、産んだわけじゃないの……。私はっ、シンの子がっ」
「そろそろ、手を離した方が良いよ」
「っ、フロン!!」
もう、いいーー
「もう。いいから。母さん、僕は大丈夫だよ」
馬丁が鞭で打ち鳴らし、動き始めた馬車が母さんから距離を離していく。
窓から顔を出し、僕は悲痛な表情を浮かべる母さんを眺め、聞こえないような声で、さっき言えなかった言葉を呟いた。
「後悔なんかしてないくせに」
夫婦は愛し合い、赤ん坊は愛されて産まれてくる。
なんてさ、爵位を持たない人たちが夢を見て言う言葉は、陳腐で笑ってしまう。そもそも貴族は恋愛結婚じゃない。例えそうでも、愛し合う男女が犯した結果が、この僕だ。愛する人の子供が欲しかっただって? 大人ならわかるはずだろ。
どうして、そうなる前に止められなかったのか。
どうして、僕を産んだんだ。
僕のために、いや……。
罪に苛まれて泣き続けた母親を、どうして僕が受け止めなきゃいけないんだろう。
*人物名の裏設定*
・フロン
20歳 次男
名前の由来▶︎
助ける、走り抜ける、未熟さ、発展途上 未来を切り開く様……と、いったイメージに近い名前を模索
それで発音的にもひびっと来たのが
frontierです。意味は国境線、最前線、未開拓地
ちなみに4年前はtowardでした。
~に向かって、目的地へ、好都合な。有望 今にも起ころうとしている……という意味。
ハガレンのエドワードみたいに愛称がエドといった短縮系になったら良いなと思って、長めの名前を探してました。
トゥオード君に決定。愛称はトゥオ
・ライア
19歳 (推定 血の繋がった両親兄弟は不明
名前の由来▶︎
周りの人を照らす光→ライトアップ→ライア
作中では、あまり元気がない場面ばかりでしたが、孤児院では弟や妹から慕われていて、歌で皆を元気にさせる存在。フロンもまた生きることに投げやりで居た時に、前を向く姿を見て励まされたのでした。
もう一つの候補は、歌姫→diva→ディアナ
・サラ
18歳 田舎に家族が居る
名前の由来▶︎設定を変えた話ではローズという名前も付けてたんでが、今回は使用人らしく柔らかい名前をと思いまして、聖書から名前を拝借(私のお気に入りの名前はラケルですけどね! ←聞いてない)
サラって名前ですが特に意味は無いです。
・シンフォード先生……
フロンが産まれた辺りの時は21歳ごろ
名前の由来▶
sin 罪 と father 父親 をもじったような造語
または真の父、実父 って意味合いも?!
酷い意味を込めたものだ…
再従姉弟で、実はシン先生はメリッサより3つ年下。
・メリッサ……
19歳で結婚して、20歳ごろに長男出産
24歳でフロンを出産
名前の由来▶
ハーブ。蜜源植物。
甘い香りで蜂が寄ってくるそうです。
フロンの母の名前につけてみたら、ちょっと意味深になってしまったんですけど、実はイギリス人の人名一覧で、ピンときた名前でした。
シン先生同様に、咎める意味を含ませたかったので、結果オーライかな……と
長男と父さんの名前は………ない