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代わりなど居ない

ちょっと先輩が出てくる場面を移動してきました。

まだ少し工事中です




「うへぇー これは重い……」


 家具を三階から一階に運び出している中、不服そうにジィーンは言う。男手がいるという事で、ジィーンと僕が執事に呼び出された。男の使用人と言えば、僕とジィーン、それから使用人たちを総括する執事と旦那様の従者、応接担当の従僕、馬の世話と馬車を操る者や庭師。ポジション的に自由が利くのは僕ら二人だけだから、色んなことを頼まれている。


 2人がかりで持ち上げたながら、手すりを擦って傷つけないように気をつけつつ、階段を降りていくと、踊り場でジィーンは声を上げた。


「ちょっと一呼吸、入れさせてくれ……」


 階段を降りる時は、下にいる側が重くなるから、交代にしたのも束の間。この人は既にへばっていた。と言うより、職務怠慢だろう。家具を置いた途端に、喋り出して全く元気なのが伺える。


「なぁ! この前さ、歌姫に会ったよ! 噂通り綺麗な女だったな」


 旦那様の所に行く途中だったなら、いつも以上に整い、綺麗な姿に仕上げられて居たんだろう。


「手、出さないで下さいよ」

「おいおい。さすがになぁ? 仮にも旦那様の大切な歌姫にさ。どんな処分が下されるか分かったもんじゃない。俺はまだ死にたくないし」

「言っておきますが、この屋敷で雇われてる限りはメイドも旦那様の所有物になりますよ」

「ああー……、そう言われるとそうだな。

ははは」


 さほど気に止めなてないのか、カラッと笑い飛ばしている。遊びだからこそ、簡単に同僚にからかえるんだろう。この様子じゃ止める気はないんだろうな。


「フロンはどうなんだよ」

「……はい?」


この手の話は、好きじゃない。あからさまにうんざりした顔を見せたけど、ジィーンさんは「お前は相変わらず、可愛くない後輩だな」と一蹴りするだけだった。


「歌姫に会ったこと有るか?」

「まぁ、すれ違ったことくらいは、あります、けど」

「ふーん? で?」

「で、とはなんですか」

「だーからぁ、どう思ったんだよ。歌姫のことを」


 ニヤニヤと、いかにも楽しみながら、目の前のこいつは笑う。思わず、数歩下がりたくなった。正確にはまだ廊下とかですれ違ったもんじゃない。話もしたし、何より知り合いだってことは隠さなければならない。


「確かに、歌声のイメージ通り綺麗な人だと思いますよ」


 とりあえず、当たり障りのない定型文を口にする。彼女は"鑑賞用"で、旦那様の"所有物"でそれから、部屋からはあまり出てこないから滅多にお目にかかれない"希少の歌姫"。僕ら使用人には、とても手の届かない存在だ。そ

 そもそも、僕はライアが綺麗だとか、あまり考えたことないけど。どんなに着飾っても、昔からライアはライアだ。


「なんだ。歌姫は好みじゃなかったかぁ。お前が好きになる女がどんな女なのか、見てみたいな」

「もしそんな日が来ても、紹介しませんよ」


 クックッ声を出して他人事のように楽し気に笑い、首を傾ける。ジィーンさんとは真面目に付き合うだけ無駄だ。





**





 ライアが出かけてから、数日。

 屋敷は少し前のように静かになった。


 さすがにちょっと歌声が聴けなくて寂しいと、口にする使用人がちらほら。とは言っても歌姫と接点はもともとなかったから、ライアが居なくても特に日常は変わらず、なんの支障なくみんなは業務をこなしている。


 そんな中、一番態度に表したのは屋敷に残された奥様だった。


 ライアが来てから顔色はあまり良くなかった。それが今、ライアが2週間この屋敷には帰って来ない事が分かると、清々しい顔で過ごしているのを見かける。


 こんな様子を知ったら、ますますライアは居づらくなるんだろうに。



「……何か言いたげですね」


 不服そうな顔をしていたのを気になったのか、奥様の侍女が僕に話しかけた。


「奥様は、相当歌姫を受けつけないらしいね」

「仕方ないです。アンネお嬢様との思い出を塗り消して欲しくないと仰ってましたから。奥様が、歌姫が歌うのを拒否するのも無理からぬことです」



なるほど、今は歌姫の声を聞かずに済むから、せいせいしてるわけか。ライアが旦那様に呼ばれて歌うのは、奥様が別の屋敷で開かれる、貴婦人のお茶会に行っている時が多いのを思い出す。旦那様も歌を聴きたくても、奥様に気を使っているか。


「あまり奥様を悪く思わないで下さいね。あの方は、とても弱いお方なのです」


 そう言って目を下に移した動作に誘導されて、僕もその先に目線をやると、彼女の手には盆を抱え、薬と口直しの菓子と水が載っていた。


「どこか悪いんですか」

「不眠症で、気分も優れないことが多いご様子です。……フロンさん、少し見ていかれますか?」


 案内されたのは、建物から離れた場所にある野外の休憩所の前だった。

 侍女は、奥様には見つからないようにする為か、近づくのを避け、ある程度の距離を保ちその場に立ち止まった。


「奥様は、この場所がお好きなんですよ」


 天井とそれを支える4本の柱と、ベンチ。地面には、囲むように水路に水が流れているので浮島のようになっている。そこからの眺めは恐らく最適で、壁は無いから風通りも良く、心を落ち着かせるには良い場所だろう。



 そのベンチに奥様は、倒れこむように座っていた。


「……泣いてる?」

「はい。3年前にお嬢様を亡くされた、今も……こんなお姿を見ると、とても居た堪れません。どんな言葉をかけて差し上げれば良いのか、分からなくなります」

「……っ」

「……でも、彼女にとっては気の毒ですけど、奥様もこれからは歌姫の歌声にヒステリーを起こさずに済むんでしょうね」


 自分の主人である奥様の事を思ってか、少しだけ目を細めた。だけど、何処かひっかかる。


「どういう意味?」

「いえ。口が滑りました。忘れて下さい」


 それっきり侍女は喋らなかった。



 奥様の泣く声は、この場所までは距離があるから聞こえて来るはずもないのに。まるで目の前で泣かれているようだった。


 そして、重なってしまう。

 別れ際の最後に見た、母さんの泣いた顔を。


 ごめんさい。と何度も、何度も、僕に謝り続けたのを今も忘れられないでいる。





 嫌な記憶が蘇る。


 想いが通じ合う2人なら、それで構わないと、馬鹿な事をした僕の両親の事を。

 好きだからって、何をしても許されるわけじゃない。

 両親は、結婚が決まった時点で諦めるべきだったのに。


 その時の儚い表情や声が焼き付いて、今も、胸を押し潰す。


 母さんも、時が経った今も、何処かで泣いていやしないか。

 もう終わってしまっことでも、罪意識から解放されずに。



 だけど、肯定はできない。

 あの2人の当時の気持ちを、死んでも理解したくなかった。




 僕は、母さんと先生のような同じ道は歩まない。


 絶対に。






 母さん。

 泣かなくて済んだ選択は、あったはずだろ。

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