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見逃してくれないか




トーマスさんの手伝いに向かう途中で、何故か1ヶ月前と同じようにモップ持って階段の掃除をしているサラを見かけた。侍女になったから、ライアの部屋の掃除や身の回りの事をしているはずだと思っていたのに、どうしてこんな所で。



「そんなに歌姫さんのお世話をしなくても良いと奥様に指示されて……。歌姫さんのお部屋に行くのは、たまにです」


 名ばかりの侍女だと、サラは自分の事を揶揄した。ライアの話し相手になってやって欲しいと思ったが、そうもいかないらしい。


「奥様は歌姫がお好きじゃないのかな」


余程、ライアに人手を回したくないのか。旦那様がわざわざ連れてきたと言うのに、邪険にされている気がする。


「そうみたいですね。やはりお嬢様の代わりなんて誰にもなれないのかもしれません」

「旦那様は?」

「あの方も気まぐれで、呼んでるようです。歌もあまり楽しそうに歌えなくなってきてますし……今後、どう扱われるおつもりなのでしょう?」


このままでは気の毒だ、と心配するのを見て、傍いいてあげられるサラがライアの味方になってくれてるみたいで、少し安心した。


「にしても、フロン。何か良いことあったんですか?」

「どうして?」

「最近のフロンは幸せそうに見えたので」

「そう……かな」

「自覚無いって思いましたよ。貴方は愛想は良く見えますが、本当はどこか無理して笑ってるように見えました。そのフロンがまさか、そんな風に笑うんですね」


僕が笑ってたって? ばっ、と慌てて頬をつねってももう遅かった。言い当てられて、ふとライアに言われたことを思い出した。"サラさんは、フロンの事をよく見てるね"と。本当に、なにかサラは勘づいているのかもしれない。


「もう一つだけ、教えてあげます。歌姫さんも最近、ふとした時に、何かを思い出したように微笑むんですよね」



 偶然ですか?と言いた気な目を向けられて、返すべき言葉を失ってしまった。短い沈黙が流れる。サラは「まさか、ありえませんね。2人が知り合えるはずないのに……」とそれだけ言い残し、一礼して去っていった。




「着替えは終わりましたか、ライア様。旦那様がお呼びですので、参りましょう」


サラの態度が気になり少し様子を見ようと距離を置いて後を追うと、二人の声が聞こえてきた。歩いてくるから、慌てて階段の踊り場まで戻った。


ライアの着替えは、慣れている奥様の侍女が今のところ担当していると、聞いていたこともあって、美しく飾られていた。遠目から眺めていた距離から更に、二人は近づいて来る。旦那様の歌姫が通る時は、使用人は壁側により道をあけて、頭を下げなければならないことを思い出して、そうしようと思った時だった。


人前では隠さないと。

特にサラには気をつけた方がいいって、もっとちゃんと伝えるべきだったのに。後回しにしていたツケが来た。蔵書室でしか会えるはずがない僕の姿が、ライアの目に入る。旦那様に呼ばれ緊張していたのが嘘のように、糸が緩み綻んだ。僕を見て微笑むそんなライアが、「最近、歌姫さんも楽しそう」と言われ言葉と重なり、馬鹿だなぁと僕までつい口の端が上がってしまいそうになった。



それから、サラはそのままライアを連れて旦那様の部屋へと入り、ドアが静かに閉まる。この扉の先でライアがどんな表情で、どんな想いで歌うかなんてことは、僕の預かり知れないことだった。


使用人がライアの歌声を聴けるのは、旦那様の部屋から漏れる、おこぼれだけだ。



**


翌朝、いつもの様に蔵書室に行くと、ライアは複雑そうな顔をしていた。晴れたように笑ってくれると思っていたのに。


「今日は来たらダメって、伝えられたら良かったんだけど……っ」

「駄目ってどう言うこと?」

「さ、サラさんがーー」



 何かを言いかけた時、ガチャっとドアが開く音がして誰かが入って来るのが分かった。足音は僕の焦りとは逆に、落ち着いた足取りでゆっくりと近づいてくる。

「ライア」


 正面に居たライアを自分の背中に置くき、身を構えた。入口から僕らのいる位置まで小走りで来ると10秒もかからないだろう。そんな時間で音を立てずに隠れられる場所を考えようとしても、無駄だった。そうこうしてるうちに、男ほどの背の高さまではない人影が現れた。


「現行犯。これで、言い逃れは出来ませんよ」

 そう言ったのはサラだ。仁王立ちで、真っ直ぐに僕を睨む。



「朝の七時までは、蔵書室の入室禁止を伝えたのに、守らずに来てしまったんですね。それも一度ならず、いったい何度、足繁くライア様に会いに行ってるのですか……!」



"此処で何をしているのですか?"と、そんな質問はサラには不要なのか、単刀直入に畳み掛けた。余計な言葉は与えない。そもそも此処にサラが居る事が全てだ。僕とライアの間にある関わりに気づき、その上で会っている場所さえ割り出している。


「昨日の歌声はまるで、旦那様にではなく、別の誰かを想って歌っていたかのようでした。ライア様のお相手は、本当にフロンだったんですね」


確信があったはずのサラは、僕を見て信じたくないのか、動揺を隠せずにいる。睨む眼が大きく揺れている。


「それとも、もうライア様の歌声をこの蔵書室で独り占めしたこともあるんではないんですか」

「……何でもお見通しなんだな」

「言い訳しないんですね」

「しても無駄なんだろ」

「そうですね。昨日、ライア様にもフロンとの仲を認めてもらいましたから」


その横で、ライアは申し訳なさそうにごめんなさいと呟いた。いや、多分、僕にも気づかれてしまった落ち度はあるから、ライアだけの責任じゃない。


「実はライア様が来てからすぐ、私が侍女になるとトーマスさんに"フロンの様子を見ていて欲しい"と言われてたからです」


トーマスさんは、僕がこの屋敷に来た二年前のことを良く覚えているな……。


「言われなくても、私はフロンの事を見てきましたし、見れば見る程、ライア様と繋がりがあることは確信に変わっていきました。目線や眼差し、お二人とも本当に呆れるくらい純粋ですね」


ですが……。とサラは言葉をつまらしたあと、重々しく言続けた。


「旦那様の目を盗み、危険な行為をしている自覚は、ありますか」

「罰を受けるのは、覚悟の上だ」

「ライア様だけが罰を受けたとしても、同じこと言えますか」

「……っ!」

「あなたは何も分かってません」


鋭いところを突いてくるサラは、高圧的な説教でをしに来たわけはなく、同じ辛そうな目を浮かべていた。


「それに。このまま会い続ければ、フロンが最も嫌う事に陥る危険だってーー」

「そんな事、僕はっ!」

「知ってます! 私だってして欲しくなんてありません。だけど! そんなの……」



サラは、来たばかりの頃にジィーンにちょっかいを出され僕が止めに入ったあとの話をしているのが分かった。


誘いに乗ってしまうメイドも居たけど、サラはジィーンさんに嫌がってたから、守りたいと思った。思った通りサラは伝わってくれたみたいだった。


何処かの屋敷でたまにある話だ。とある使用人と使用人が恋仲になり、メイドの方は子供を孕んだ。そのことは執事や主人の耳に入り、「父親は誰だ」と男の使用人に問いただしても名乗る者は居なかった。メイドはつわりなどで仕事ができなくなれば、一人屋敷から出る。

その後はどうなる? 子供は、たいてい孤児院に入れられるか、道端に捨てられるか。後ろ指指される覚悟で実家に出戻りするか。大抵は親子は離れ離れになる可能性の方が高いらしい。


この二人が、本当に愛し合っていたのか、職を失うことを恐れたか、それとも一方は遊びだったのか、真実は知ることはできない。だけど、男が彼女を捨てたのは事実だ。後先考えれば、二人はこんなことには、ならなかっただろうか。


田舎から出てきたばかりのサラに、こんな話をするのは申し訳なかったけど、余計なお世話でないなら自分の身は守って欲しいと思った。




「ライア様のこと、心配で心配で仕方ないようですね」

「……それは当然だろ。僕にとって唯一の家族だから、心配にはなるよ。勝手にこんな所に来たことにさ」

「本当に、それだけですか?」

「他に何があるって言うんだよ。サラにも兄弟がいて、もしこの屋敷に売られて来たら心配になるだろ?」


 旦那様に何もされていないだろうか、せめて、励ませるなら……。心配してないと言ったら嘘だ。すごく、心配してる。

 だけどそれは、大切な家族だからだ。他に理由なんてない。


「ではなぜ、そんなに焦ってるんですか」

「……っ!」

「言い方を変えましょう。ライア様の事を愛おしくて愛おしくて仕方がない。はたから見てそんな風にしか見えません」


 可愛いだとか、好きだとかではなく、それ以上の言葉をサラは突きつけて来た。床を向きかけた僕の眼を、逃さないようにサラは強く。


「……っ」

「お互いどんなに想い合っていても、一緒に暮らすことは絶対にできないんですよ……? 少し考えれば未来なんてわかることです。将来の約束もできないのに、こんな関係に自ら足を踏み入れるなんて! ……っ、らしくありませんよ。こんなこと、わざわざ言わなくても分かってると思ってました」


サラは僕がライアに、特別な感情を抱いてる前提で話しているみたいだけど、それは違う。僕はただ……、ライアの事が……心配なだけだ。そんなんじゃない。



「ライアと僕は、ーーっ!」


 サラ、頼む。これ以上、言うな。

願いながら叫ぶと、ライアは軽く両腕を広げ、僕とサラの間に入り押した。今、何を言うつもりだったのか、はっとして息を呑むと、代わりにライアが静かに僕が言わなかった言葉を重ねるように言う。


「フロンと私は、サラさんが思う関係じゃないです。昨日も言いましたよね。本当に、ただの家族です」


僕が言おうとしてたのに、自分じゃない人(ライア)から言われると改めて酷な言葉だと痛感する。


だけど、本当に僕は、ライアの事は好きじゃない。

好きにはなりたくない。そういう気持ちを持つのも、好意を向けられるのもうんざりだ。誰かを幸せにする事さえ、今の僕には考えられない。



「馬鹿ですね。お互いに好きだと言ってるようなものじゃないですか。違うなら何故、そんな辛そうな顔で否定するんですか」

「……っ」


言われたままにライアの表情を見ると、痛くなった。こんな顔、させたかったわけじゃないんだ。


「サラさん、その話はもう……っ」

「わかりました。好きだと認めなくても、この際、構いません。どちらにせよ、私はお二人にもう会わないように約束してもらう他ありませんから」

「約束できないと言ったら?」

「……私の立場、分かってますか」


僕らの間に立つサラは、はぁーー、と深くため息を露骨に吐いた。なんで見つけてしまったのかと後悔してるよだった。そうだ。サラには僕らのことを報告しなければならない立場にある。それでも、サラは脅してるようではなかった。


「つくづく嫌な役割ですね」

「……っ」

「辞めるつもりは、ないと?」

「この時間は奪わないで欲しい……、じゃないとライアが」

「分かってますよ。ライア様がまた笑えなくなってしまうことくらい。私も、敢えて二人を引き離したいわけではありません」



言葉にならないライアは、サラの手をぎゅっと掴み必死にお願いをしている。少しだけ祈りのように見えた。


「困りましたね。……でしたらもう止めません」

「サラさん……。それって」

「えぇ。トーマスさんにもまだ報告しません」


サラは目をつぶってくれるってことなのか。あまりにもあっさりだったから、驚いていると、きつく睨まれた。


「勝手にすれば良いんです。影の下で会うだけの日々を続けて、報われない想いを募らすのも自業自得です。私以外の人に気づかれて、お二人が引き裂かれ、今よりもきついお叱りを受けるまで、どうぞご勝手に」




「と言いたいところですが。……時間はもうありません」


「ライア様は二日後、幾人か集まる貴族様の元で歌うため屋敷を出ることにご予定です。その会で気に入られれば、その屋敷に貰われって欲しい、と旦那様はお考えのようですよ」


もうライアは要らないということか。そこまで奥様は毛嫌いしているのか。


もし本当にそうなったら、サラが止めなくてもライアとはまた会えなくなる。だけど、誰かが気に入ればの話だ。でもこれで分かる。旦那様の下では、無力で、どうにもならないことを。今回は逃れても、ライアはどこかにやってしまうだろう。いつか、僕の目の届かない所に。


「サラさん、巻き込んでごめんなさい」

「これは、フロンへの借りです。これで返しましたからね」


ライアが申し訳なさそうに謝りながら、サラの手を掴んで胸元で握りしめる。サラは困ったようにふるふると首を横に振った。






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