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いつかこの罪が許される日が来るでしょうか …….蛇足②

 それはいつもと変わらない夕暮れのことだった。そこに1通の手紙が長男の元に届けられた。差出人は、ほとんど目にしない名前だと、手紙を仕分けをした執事は思う。はたしてパブリックスクールに通ってた時に出来たご友人だろうか。



 もうすぐ爵位を息子に渡すと父親に言われてから、この家に縁のある交友関係も大事にするため改めて挨拶回りをしている。そのためか長男は最近は疲れ気味のようだった。しかし、1つの手紙によって、何もかも吹っ飛んだ。


 読み終えてすぐに自室を出て、ラウンジにへと向かう。


「母さん!」

「……あら。なぁに大きな声を出して」


 花瓶に飾られた花にそっと触れて愛でいたメリッサは、どこか憂いた目でゆったりと答えた。


「それどころじゃないんです。シン先生から手紙が来ました!」

「な、なにを言ってるの。だって、シンから手紙なんてあの人が届いても破棄するように執事は言いつけられているのを知っているでしょ……っ?」

「そのあと、すぐに俺からシン先生に手紙を出してんです。フロンのことも含めて報告しとくべきかと。それからもし、何かあったら仮名で送って下さいと」


 長男がそこまで首尾よく手を回していたことに、母親は驚いた。しかしそれよりも驚いたのは、長男とシンフォードとのその後の交流が続いていたことだ。

 しかし、皮肉なことに「シン」と名前を聞いた瞬間からメリッサの目に光が入る。



「あなたがまさか、シンとやりとりしてたなんて……。憎くはないの? だって……シンと私は家族を裏切っていたのよ……っ」



 まさか母親が夫ではない別の男を愛していたとは、息子として知りたくもない事実だろう。子供としては、両親の仲が良いことが望みなのに、告げられた日から、次男は孤児院に連れていかれ、残った両親は修復ができないまま今日に至る。長男は2人を取り持とうと試みたことも過去にあったけど、結局はただそれを横で見ているしかできなかった。



「バカだなって思いますよ」


 憐れさと呆れ、不甲斐なさ。様々な思いを抱えながら息子は辛うじて笑った。


「好きな人が居るのに父さん結婚した母さんも、それを許したシン先生も。既に壊れてることは明白なのに、今も勝ち誇る父さんも。みんな滑稽です」



 臆せずはっきりと告げる長男に、メリッサは「そうね」と肯定するしかできない。だけど、見つめた彼の目の奥にあるのは、誰のことも憎めない出口のない憤りだった。


「シン先生との連絡を父さんの目を掻い潜ってまで固守したのは、あいつの動向を掴みたかったから」

「…………フロンの?」

 

 この家に弟が手紙を寄越すことはまずないだろうと、長男は考えていたらしい。だとしたら、万が一にでも、1度くらいフロンはシンフォードにコンタクトを取るだろうかと淡い望みをかけていた。


「10年、この手紙を待っていました」

「ふ、フロンはっ! フロンは生きてるの? 元気なの!? 何が書いてあったの?!」


 メリッサは長男の方に駆け寄り、助けを求めるように必死に腕にすがり付く。ずっと見てきた長男は、この人は弱い(ひと)だと思った。



「大丈夫です。安心して読んでください」


 掴まれた腕を解いて、手紙を母の手の中に収める。もし、最悪のことが書いてあったら流石に、母には読ませられないし、手紙が来たことすら秘密にしてただろう。だけど、この内容なら問題無い。むしろ、嬉しいくらいだ。


「……あなたに、感謝しなきゃね」



 メリッサは、2つに折りたたまれた手紙を開くと、知っている筆跡を見てそれだけで涙腺が緩む。


「あぁっ、……シンの字だわ」




 手紙に書かれていたのは、使用人として働いていたが今は南の農村で暮らしいていること。そして、夫婦になり赤ん坊が産まれたこと、それを見せに来てくれたことだった。


「フロン……」

「あいつ、ちゃっかりしてますよね。俺はまだだって言うのに」


 からかうように笑うと、窓の先のすぐに遠くを見た。


「いや、頑張って向き直ったんだろうな、フロンは。俺も頑張らないと」

「あなたが、結婚相手を見つけないのは……」


 私達のせいね。と申し訳なさそうにした。



 ため息をついた、その時。

 ラウンジのドアが開かれ、主がずかずかと入ってきた。いったいどこから聞かれてたのか。長男は唾を飲み込む。



「父さん」



 頼むから、もうこれ以上虚像で塗り固めないでくれーー

 やっと掴めた弟の幸せを壊さないでくれーー




「お前は今、何歳になる?」

「はい。に、28ですけど……」

「なら、結婚して29年。そうか、もうそんなになるか」



 何を言われるかと身構えたのに、突拍子もない質問に長男は戸惑った。今度は妻の方へ向き直る。


「あの男は、未だに独り身らしいな」

「……っ」



 夫からシンフォードの話題を出されると、メリッサはどうしても目を合わせられなくなり、俯いた。

 シンフォードが妻を取らなかったのは、彼の階級にふさわしい娘がいなかったんわけじゃない。しようと思えば結婚はできたはずた。それでもしなかったのはーー

 その理由なんて嫌でも考えつく。結婚してくれていれば、メリッサとて諦めがつくだろうに。


「思い通りには行かないものだ」



 夫は目を伏せ深いため息をついた。シンフォードだけでなく、妻のメリッサが今も尚その男のことを愛しているのを知らないほど愚かではなかった。愚かだと分かっていて、それでも妻を手放そうとしなかったのは意地でしかない。


 シンフォードと連絡を取ることを今後一切禁じ、妻は夫の命令を忠実に守り続けた。この30年弱を共に過ごして、果たして距離はどのくらい縮められたと言うのか。身体に触れようとも、何か掴めたのか。本当にメリッサは、自分に笑ってくれていただろうかと夫は振り返る。


「あの男にだけは渡したくは無かったんだがな……」


 仕方がない。彼自身も限界だった。


「メリッサ、もう解放してやろう。シンフォードの元に行きたいのだろう?」



 妻の瞳は大きく揺れ、涙を溢れさせた。「ごめんなさい」とひたすら呟き嗚咽をする妻の髪を撫でつけながら夫は、普段より優しく言った。



「勘違いをするな。離婚の権利はこっちにあるだけのことだ」

 

 


「ーーさて、お前もそろそろ相手を決めなきゃいけない年だ。誰か気になる女性はいないのか?」


 長男はゆっくり首を横に振る。

 この屋敷に連れてこられる女性のことを思うと、なかなか積極的な気持ちに長男はなれずにいた。こんな家に来たら可哀想ではないかと。自分はいい家庭を築けるだろうかと。

 だけど、弟も母親も居ないこの静かになる屋敷で、屋敷の雰囲気が今から変わるというなら、踏み出しても良いだろうか。むしろ、跡を継ぐなら踏み出さなければいけない。


 


「敢えて言うなら、明るい女性が良いです」


 切実に願う。

 この家を、元気に笑い飛ばしてくるれるような、そんな人を。


「あとは、想い人がいる人は遠慮したいですね」


 冗談混じりに言うと、長男は父親に額をどつかれた。そして、少しだけこの家族は笑うことができた。






「父さん、これからは俺がこの家を立て直します」

 

 10年この屋敷で逃げずに影で支え続けた長男は、覚悟を決めたようで真っ直ぐ父親を見た。






***




 それからメリッサは、荷物をまとめると単身でシンフォードの元へと向った。「君はいつも突然来るね」っと彼は戸惑ったように笑う。だけど、そんな彼女を抱き締め返してしまうのは、どうしようもなく今も、愛してるからだ。

 あの日からどのくらいの時間が経ってしまっただろう。19で嫁いだ彼女は、もう48歳となってしまった。1番一緒に居たかった若い時期をとうに超え、今更だって思う。でもそれは、自分たちで決めたことだから、仕方ない事であった。本来なら今も彼女はあの屋敷に留まり、叶わうことはなかっただろう。


 


「今更だとしても、それでも、貴方と共に過ごすのを許されるなら……」




 お願い、一緒に居て。



「ーーあぁ」






 当たり前じゃないか。と、彼は2度と離すものかと強く抱きしめる。


「ねぇ、……あの子にーー。フロンに会いたい。……会ってくれるかしら」

「大丈夫さ。会ってくれるよ」




 シンフォードの腕の中に居るメリッサは、泣きながら消えそうな声で言った。






 犯した罪を反省し、悔やみ続けるならば、その罪はいつか許される日が来るでしょうか。

かつてダビデが神に許されたようにーー


 どうか、彼ら自身の心もやがて安んじることができる日が来ますように。



 


これにて、蛇足も含めて完結致します。

後書きや感謝。イラストの自作、有難い素敵な貰い物などは後日にて次のページで書かせて下さい!



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