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それは仕組まれたものだ

 

 コンコンコン


 ライアとの話は突如、そこで終わった。

 今の置かれている状況を忘れて、安心しきっていた空気の中で、遠くからノックの音がした。


「ライア様、お部屋にお戻り下さいませ。旦那様がお呼びです」


 ライアの名前を知ってるのは、侍女になったサラしか思い浮かばない。

 叩かれたドアに目をやったものの、不意に同じく緊張が走った表情のライアと視線が合った。


「ライア様? いっらしゃいますよね?」

「は、はい!!」


 ドアの先に向かって再び叫ぶ。このままでは、サラはこの部屋に乗り込むのも時間の問題。そうなったら、僕が一緒に居るのも見つかってしまうだろう。それはまずい……。


「ライア、行かなきゃ。……ほら」


 息を潜めて言いながら、首で促す。僕には兄さんは居るけど下にはいない。だから末弟になるけど、孤児院の中では来た当初から僕が年長となった。そこで過ごした間は、兄の役割はあの一年ですごく培われたものだなと、しみじみ思う。その小さな弟や妹に送るような兄の目つきでライアにも向けた。そうすると、ライアが逆らえなくなるのを良く知っている。押し黙ったライアは、その代わり口を尖らせ恨みがましくじとぉーっ小さな抵抗をした。


「もー、妹扱いをこの歳になってもする! あの子たちくらい歳が離れてるならまだしも」


 ライアの言い分は恐らくこうだ。後から孤児院に来たのは僕の方で、おまけに1年しか居なかったくせに兄ぶらないでってところか。でもどうしてもライアを姉としてよりも、妹の方がしっくり来るんだよな。


「そうは言っても実際、僕の方が少し歳上なのは事実だ。いや……。今はそんな場合じゃなくて! ライア」

「分かってるよ。……でも」


 また会えるのかな。それは、いつ?

 無意識に湧き上がる不安を、口に封じ込めたのが伝わって、僕は見計らったように、「大丈夫だよ」って口にした。


「実は終わりそうにない仕事があるだ。それも兼ねて明日の朝、此処に来るから。それにさ、ライアがこの屋敷に来てしまった言い訳も聞かなきゃいけないしな」


 ……何でもない顔で、不安を何でもない冗談に返る。そうやって軽いものにしなきゃさ、本当はその発言がどのくらい危険で、どのくらい許されない事をしているのか、まともに考えると、会いに行く勇気なんて出やしない。次に会う約束なんて本来なら、とんでもない事で、今、この時だってそうだ。本当はこうやって誰かと話しちゃいけないんだから。


「明日、同じ時間に……今日より少し早く来るから。ライアは此処で待ってて」




 そう言うと、やっとライアはしっかり頷いてドアの向こう側で待つサラの元へ去って行った。





**



 次の日の朝、僕は同じ時間に蔵書室に行った。コンコンと、本棚を軽く叩く。


「ライア」

 名前を呼ぶ声もひそめ、人差し指を立て口に当てた。それに気づきライアも小さく頷いて、小声でも会話できる距離まで寄った。流石に蔵書室が離れた位置にあるとは言ってもこんな早朝に、まして人に知られないようにするには慎重に慎重を重ねる方が良い。折角の朝の光も部屋に入れたいところだけど、カーテンは締めておこう。庭師の朝も早いから、蔵書室の人影を見られるような事態に万が一あったら困る。


 声をかけると、それに気づいてライアは本をパタンと閉じた。机には国語辞典も単語を調べたのか広げられている。


「おはよう」

「フロン。来て大丈夫なの……?」

「別に、ライアは心配しなくていいよ。例え見つかっても、傍から見て僕が責任ある」

「それだとフロンばっかり……」


 危険だというなら、それはこっちの台詞だ。毎日歌う声が聴こえるから元気そうなのは遠くから感じてたけど、買われた身であるなら、いつ何をされるかなんて分かったもんじゃない。そんな状況にライアは自ら飛び込んでさ。


「今、仕事が溜まっててるから片手間になるけど、良いかな」

「どうぞ。……私も手伝いたいけど、見た感じ知らない単語ばかりだね。フロンは読めるんだもんね」

「そりゃぁ、僕は14までは勉強をさせて貰ってたからな。その後は孤児院に来たから通ってないけど。普通の農家出身の使用人よりは読めるよ。だから、そこを買われて蔵書室任せられてるって言うのもあるだろうし」

「そうだったね。フロンは数字の方もできるし」


 話しながら昨日の続きの、束にした紙を机の上に用意が済み、椅子に座った。


「ライアが此処に来なくちゃ行けなくった理由を聞かせて」


 楽しそうに昔の話に花を咲かせてるところ悪いけど、本題は別にある。笑った顔を引き締めて、ライアに向けると空気が変わったを知ってピリッとなった。


「…………っ」

「……」


 鋭い視線を向けると、威嚇されたライアは眼を逸らして(くう)を見た。本気で怒ってるわけじゃなくて、半分はわざとだけど。残り半分は、心配してるんだぞ、と言ったころ。


「分かってるよ。どうしても助けたいものが、あったんだろ?」


 じゃなきゃ、ライアはこんな所には来るわけが無い。ライアをそうさせた理由。孤児院に何があったなら、僕も知りたかった。僕だってそこでいっぱい助けられたし、大切な弟や妹たちがいる場所だから他人事じゃない。ライアの抱えているものを、一緒に共有させて欲しい。


「でも、約束を破った言い訳にしかならないよ……?」

「それでも教えて」


 思い出すとまだ辛いのか、ライアの唇がかなり重い。


「私の、……せいなの……」


 折角、口にしてくれても途切れ途切れにしか、言葉にならなかった。


「どうして?」

「……っ」


 責めるわけでもなく、できるだけ優しい口調で聞いた。ライアの言葉は断片的で、分からないことばかりだ。


「ごめん、ライア。時間はあんまり無いんだ。出来れば、直ぐに話して欲しい……7時までしかライアは居られないだろ。それとも、今は話したく無いなら今度でも良いけど」

「……少しくらい過ぎても大丈--」

「駄目だ! ライアは、旦那様の言い付けをちゃんと守るんだ」


 思わず、言い終わる前に即座に被せて、却下した。規則を破るのは僕だけで十分だ。こうして会うのも、決して長くは留まれない。短い時だ。できれば話せるまで何分でも待っていたいけど、そうは行かないのが現状だった。


「……うん」


 1ヶ月前にね。と、ライアはやっと口を開いた。


 いつもの通り旦那様は、自分の耳と目で確かめる為にライアの居る孤児院に赴いた。街の広場で行き交う人や立ち止まる人の前で歌っている一部始終を見て、声をかけたらしい。


「長年探し続けて、色んな"歌姫"を見て、それでも旦那様は選ばなかったのに。まさかその中でライアがお目に適うとはね」

「なんでも、アンジェリカ様に雰囲気が似ていると仰ってた。歌を歌ってる時が、特にって。だから、歌が上手いとかそんな理由でもないのよ」

「……亡くなった者の面影を追い続けるなんて、とんだ探しモノだよな」

「その分、提示された金額は凄いものだったの」

「いったい、いくらだったんだ……?」

「私が広場や酒場、もう少し大きいところで歌って貰える報酬よりも遥か上。一生懸けても、ううん、十数回も一生を繰り返さないと届かないくらいの金額だった」


 ……思わず、息を飲んだ。

 一人の街娘に、それも庶民ですら無い孤児に、そこまで律儀にするのだろうか。富豪から見れば、戸籍さえ不明な奴なら、揉み消しても造作もない。逆らえないくらいなものだ。

 そもそも、この屋敷の経済状況は怪しいのに見栄を張り、女性より賃金が高くなる男の使用人を置いてるのも財政を圧迫させる要因なんじゃないかと思ってしまう。どっかその金額が出るのか……。


「本当に、もらったんだよな?」

「それは、もちろん。本物だったと思うけど」

「それで、孤児院のために承諾したのか?」

 ライアは下を向きながらも大きく首を横に振った。

「ちゃんと断ったわ。……フロンとの約束、絶対破りたくなかったし、私が出た後の幼い子達が心配だったから。大変だと思うけど、私の歌でこれまで通りやって行けると思ったから」

「じゃあ…、どうしてだよ?」

「……っ」

「ライア」


 話の核心に近づくにつれ、ライアの肌から血の気が引くのが分かった。


「大丈夫か」


 問いかけるように名前を呼ぶと、弱々しく顔を上げた。嫌なことは思い出したくないのが分かる。僕自身、孤児院に来た経緯を他人に話す気には、なかなかならなかったし。

 無理に聞き出すような強引さではあると思うけど、言わないで押し込めているととライアが潰れそうに見えた。


「……か、…………風邪を引いたの」

「風邪?」


 過去を辿るように、短く絞り出した。すかさず、僕はその言葉を拾う。


「うん。断った後に、たまに歌わせて貰ってる酒場にいつも通り呼ばれて行ったんだけど、風邪を引いているお客さんが何人か居て、貰っちゃったのかも」

「……まぁこの時期は、空気も乾燥してるし風邪は感染(はや)ってるもんな。だけど、僕も付き添いで見に行ったことあるけどさ、あの距離なら大丈夫じゃないのか」


 店内とそれから外にも丸デーブルを並べ、夜の闇にぼんやりとロウソクを灯す。如何にも大人の好みそうな雰囲気の大衆酒場は、割と客も多い。ライアの歌も評判は良いから呼ばれた日は、いつもよりも人は増えていた。やや薄暗い店内の壁側に床よりも幾分高くなった演壇があって、そこでライアは歌っていたのを思い出す。客の一番前の席は割と近くであったけど。だからって……。


「その風邪を引いたおじ様に手を掴まれたから、距離は近かったかも」

「……っ?!」

 それは、"近いかも"じゃないだろ。思わず顔をしかめると、ライアは何が嬉しいのか少し笑顔になった。


「酔った人に絡まれるのは今日だけじゃないんだけどね。フロンが居た時は、13か14歳だったからあまり絡まれなかったけど、5年経つとやっぱり大人の人たちの目線はやや変わるなとは思ったよ」

「……気をつけろよ」

「うん」


 返事はしたものの、いや、此処に来た時点で前より状況悪くなってるのは気のせいか? とふと思うけど、言わないことにした。


「だけどね、それだけじゃなかった」


 やっと口が軽くなったのかライアは続けてそう言った。

「あの日、いつもとは違うなって違和感があって、なるべく早めに身支度して帰ったんだけど、その帰り道で、上から水が降って来て頭から被ったの」


 あの辺は何軒か連なった建物の屋上だから、ホテルじゃあるまいし、ドアマンも当然居ないから誰でも入れる場所だ。


「夜のこんな季節、風も強くて冷たいし、急いで帰ったんだけど、風邪を引いちゃったてね、それが小さい子達にうつっちゃって……」

「偶然……なのか?」


 オヤジは兎も角、バルコニーにある花にジョウロで水をあげるんじゃあるまいし、頭にかかって身体が濡れるほどの水、故意でした以外は考えにくかった。


「偶然にしろ……ね、私の風邪はすぐに治ったんだけど、あの子達は小さくて身体が弱いから、熱まで出ちゃって、これ以上熱が上がったらと思うと、……怖かった。孤児院には、薬も医者を呼ぶほどのお金も無いし。無理して使ってしまうと、他の子供たちの生活が持たないし。可能性は低いけど最後の頼みの綱に、院長さんにお願いしたんだけど、やっぱり駄目だった。……ごめん!フロンが毎月、お金を送ってくれてたのに、そんな言い方して……っ。助かってたんだよ」


 僕がそうしてたのは、もちろんお世話になったお礼もあったけど、ライアが歌で稼いだお金を当時から全てを弟や妹たちのために使ってたからだ。僕はそれに倣っただけ。


「どうしたら良いか本当に不安だった時、街を歩いてたら、1ヶ月前に来た旦那様のお付きの人が側を歩いてるのがちらっと見えたの。気がついたら走ってた。その人を追いかけて、助けて下さいってお願いしたの。そしたら私を見て、『あぁ、言われた通りだ』って思い出すように呟かれて……」


 これは偶然なんかじゃない。ライアに判らせるためにわざと仕組んだものだ。嫌でも気付くために。


「図られてるって分かってて、此処に来たのか?」

「だって! 行かなければ、多分、また何か起こる気がしたから、行く代わりに皆んなには手を出さないことを約束してもらうしか……」


 息を吐いて、ライアは声を殺して言った。

「………でも一番最初から、"はい"って言ってれば良かった……!! 私のせいでっ」

「違う。ライアのせいじゃない」

「だけど、巻き込んだよ」

「利用されただけだ。悪いのはあいつらだ」



「誰も頼れないから、本当はフロンに相談したかったのに、連絡取れないし……っっ」

「ごめん」


 一つ前の住み込みでは、筆不精と言われたらその通りだけど半年に1度くらいライアのいる孤児院に手紙を送っていた。だけど、この屋敷に来てからはやめにした。やりとりをして、旦那様にライアの存在を気づかれたくなったから。だけど、なんの力にもなれなかったどころか、こんな所に結局ライアを来させてしまったなら、なんの意味も無い。


 こんな息の詰まる処、逃げさせてやりたくても、孤児院に居る子達が何か負わされる可能性がある。ライアだって逃げる気なんてあるわけない。


「……っ」


 折角の仕事を辞めるのはこのご時世、勿体ないとしても日雇いや月雇いなら、いつだってその気になれば出ていける。お互い、特別これと言った問題なく手続きは済む。


 だけど、ライアは違う。

 一生分を買われてしまったから、此処から出ることなんて望んでも許されない。


 姑息な仕打ちだと分かってて、ライアは来た……。

 それ以外、選択肢が無かった。


「だったら、何か有ったらこれからはすぐ言って」

「フロン……?」

「そのうちまたライアの様子を見に来るよ。何も無くても顔見に来るから。そしたら安心だろ。だから、不安がるなよ」

「……でも、そんなこと繰り返したらっ」

「ライアは素直に、僕が勝手にしてる事だと思って受け取ってくれたら良いから」


 ほっとけるわけがない。

 会うのが危険なのはよく分かってる。

 だけど、それ以上に心配だから会いに行くよ。


「……っ、……うん」




 そんな気休めにしかならなくて、頼りないけど、閉ざされた今のライアの支えになれるなら。なんだってするよ。


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