愛してるなら、証明なさったら?
「ライアがどうした? お前は何か知っているのか!?」
アルバート様が僕の胸ぐらを掴み、問いただす。そんな事、僕に聞いても意味がないというのに。むしろ、ライアを巻き込んで、どういうつもりだ! って叫びたいのは僕の方だ。
「お言葉ですが、旦那様がライアを隠してる場所など、僕が知るわけありません。だから、自力で屋敷内を探しましたが、ライアを見つけられていないです。……つまり、蔵書室に居る可能性があるという事です!」
そこまで言うと、アルバート様は力が抜けたのか、僕から手を離した。それから、青い顔をし、燃える蔵書室を呆然も見つめる。
「フロン、待って! ライア様が居ると決まったわけじゃ!! まだ確認してない部屋を、見て回ってからでも……!」
蔵書室に飛び込もうといているのに気づいたのか、サラが僕の腕を掴み必死に止めた。サラの言いたいことは、分かる。蔵書室に入ってもライアが居ないなら、とんだ無駄足だ。今度は助けに行った僕の身が危なくなる。
だからって今は、残された可能性を一つずつ潰し、最後にやっぱり蔵書室にいると分かっても、遅すぎる。真っ先に蔵書室に行って確認するのが先だ。
こんな場所に、いて欲しくなんかないのに。
だけど、なんでだろうか。
ライアが蔵書室に居る。
確信に近い、強い声が聞こえた。
最初に見つけたのが蔵書室だったから、最後にまた見つけられるのは蔵書室だと、そんな馬鹿な憶測だけど。
「居ないことをこの目で確認できれば、それで良い」
「絶対に居るかなんて分からないのに、それでもこの火の中に飛び込むの……? フロンが行かなくても……っ!」
「僕以外に、誰がライアを助けるんだ!」
誰にもこの役は譲りたくない。
アルバート様には、絶対に。
「それでも、行っちゃダメです!」
サラも一歩も引かず、更に引き止めている手の力が強くなった。
「そんなに心配しなくても、時期に消防車が来て下さるわよ」
「それじゃ……間に合わないません!」
こんな状況にも関わらず、肝が据わっているのか、他人事なのか、ディアンヌ様は涼し気に笑う。
「ーーねぇ。貴方」
そして、一歩。僕のへと距離を詰める。ぱちん、と扇子を閉じて紅をのせた唇で、歌うように微笑んだ。僕の顎をその扇子でくいっと上げると、ディアンヌ様の手首から少し強めに、花の香水の匂いがふんわりと漂う。
「可笑しな使用人さんね。ライアさんを呼び捨てにするなんて、どんな間柄なのかしら? それに、アルバート様よりも使用人さんの方が、よっぽどライアさんを心配してるみたい」
ちらりとディアンヌ様はアルバート様の顔を見て、くすくすと可憐に笑う。
「わたくし、一度しかお会いしてなかったけど、ライアさんが困った顔をされてたから、もしかして別の誰かを好いてるんじゃないかと、思ってたのよね。……そう。あなただったのね」
僕の表情を読み取り、答えに満足したのか、そこまで言うと僕から離れ、今度はアルバート様の方へと近づいた。
「命知らずの使用人さんのお心は、もう既に決まったみたい。……それで、アルバート様? 貴方はどうなさるの?」
「……っ!」
そう言ってディアンヌ様は、アルバート様を見つめ、最後に燃える蔵書室に目をやった。
"口先だけでなく本当に、ライアさんを愛していらっしゃるかしら?"
そんな意味を含ませて、唇の端に笑みを浮かべながら、艶やかに頭を傾ける。アルバート様を、諦めさせるつもりなのか、できないと言ってるようなものだ。
サラに掴まれてる腕が緩んだのに気づくと、小声で謝りつつサラを押し退け、迷わずそのまま蔵書室へと走る。
「フロンっ!!」
その僕の背中に、サラが何かを必死に叫んでるけど、耳には聞こえてこなかった。
**
蔵書室の部屋は思った通り鍵が閉まっていが、一時的にトーマスさんが預けてくれた屋敷全室の鍵を使い、なんとか入ることができた。
「ライアぁーー!!!」
走りながら、僕は力を込めて叫ぶ。名前を呼ばすにはいられ無かった。
煙や炎が大きく揺らめき視界が、最悪。
どこだ。
いったい、どこにいる。
「ライア!」
だけど、注意深く目を凝らすと動く人影が見えた。
「……やっぱり、居たか…………」
酸素が薄く、息が続かず、僕は大きく吸った。ドアをこじ開けると、そこにはちゃんと彼女の姿があった。
「間に合った……」
ライアは、必死に火を消そうとテーブルクロスで覆い、格闘している。その姿が、今にも舞踏会で踊りそうな綺麗なドレスが、あまりにも似合わない。だけど、よく見るとドレスは焦げ、編み込まれた髪が乱れてるのを見ると、大変な状況だったのを物語っている。
「フロンっ! どうして、こんな所に来ちゃったの」
「何を言ってるんだ?!守るって言っただろう」
抱き寄せてライアの腰に手を回すと、あまり今まで満足な食事をしてこなかった細身の身体が、今日は更にコルセットを絞り上げられたのか、抱き心地が前よりもウェストが細くなったと感じた。少し焦げたドレスの臭いと、首や手首から香る香水のにおい。本当に貴族の令嬢のようにライアは仕立てられていた。
本当に……っ、嫌になる。
「うそ。どんどん火が大きくなって、どうしたらいいのか、分からなくなって……。ずっとフロンのこと、呼んでたの。アルバート様でも他の誰でもなく、フロンが絶対に来てくれるって……」
怖かったのか、ライアは僕が抱きしめると、強く抱き締め返してきた。
あのまま一人、死なせるものか。
死ぬならば、この炎の中、僕も一緒に燃え尽くされよう。
此処から出れても、檻の中に居る未来ならば、生き永らえても幸せだろうか。ライアを見つけられたなら、此処で全て終わっても構わない。
噎せそうになる煙の中で堅く抱きしめた時、ライアの身体の温かさに、誰にも邪魔されないまま浸っていたいと思った。
「フロン……?」
火の中から助けても、また誰かに奪われて、二度と手の届かない所にライアが行ってしまうくらいなら、いっそのこと……このまま。
「……ライア」
「フロン、苦しい……」
強く抱きしめ過ぎたのか、僕の腕の中でもがく。慌てて力を緩めると、ライアは手を握って一歩下がり距離を取ると、僕の瞳をしっかりと見つめて言った。
「一緒に暮らしてくれるんでしょ?」
迷いもなく、"生きよう"とライアは言った。それに、ライアの瞳に映るのは、諦めていない、強い希望が溢れている眼だ。火の中から脱出して、この屋敷からも逃げて、そして、2人で静かに暮らしたいから、こんな処で"死にたくない"と、叫んでいるのが、心に聞こえてくる。
「フロン。必ず、生きてここから出なきゃ! ね?」
そうだ。
何を弱気になってるんだ。
本当の幸せは、生き延びた先にあるはずだ。
「……ごめん。変なこと考えてた。此処から生きてでよう。そうだよな」
花瓶の中の水で濡らしたのかは分からないけど、その湿ったテーブルクロスをライアの頭に被せ、なるべく火に当たらないようにする。
指と指をしっかりと絡ませ僕はライアを引き寄せ、走った。ライアの手の温度で一瞬、火傷の痛みを増す。それでも離さないように握り返した。次第に痛みなんてわけが分からなくなった。
「フロンの手……熱い」
何も言わないようにしていたけど、気づいたようでライアは聞いた。
「別に変わらないって」
「じゃぁ、見せて」
「そんな暇は無いだろう」
僕は再び炎を睨みつけた。
最短の道は何処か。
階段は何処にあったのか。
通れそうな、残された道は。
炎で足場を制限され、空中を漂う煙で視界を妨げられ、恐れや、時間と、焦りで、判断が着かない。
「煙を障ないように、姿勢を低く」
それでも速く走らなきゃ抜け出す事ができない。
自分でも何処を歩いてるのか、もはや分からない。感覚は今まで屋敷を歩き続けた足が頼りだった。
確か、あと数メートルの角で曲がれば階段があるはずだ。
視界は、灰色に濁った暗雲と揺らめく赤。あまり走っていないのに、呼吸を細くする。燃え尽くそうとする脅威の力が音を立てて、耳を壊す。その上、充満する煙や匂いで噎せて、息が続かない。
パキッと木に亀裂が走る音が真横から聞こえて、その瞬間、本棚が僕らの方で倒れ込んだ。
「屈めっ!」
自分の腕の中にライアを抱き寄せられた秒差で、肩に本棚が勢いを付けて倒れた。衝撃と重みと、燃える熱さが同時に襲う。
だけど、こんな時だからこそ、ライアを守らなきゃって気持ちが本気で湧いてきた。
弱気になってたまるか。
生きて此処から出てやるんだーーと。
僕が入って来た所は、火が回っていて行けそうになく、内側からまた新しく出口を作るほか無さそうだった。
熱を存分に溜め込んだ椅子を、両手で力を込め握りしめた。
「…あっつ!…ぅっ」
握ったものの、思わずびっくりして落っこどしてしまった。
掴んだ柄は火で熱しられ、少し持つだけでも火傷しそうになる。痛さを誤魔化すように手を軽く振りながら、掴み直した。
「っ、こんな所で時間食えるか」
そして、窓をめがけて割った。
**
「はぁ、はぁっ……はぁ……っ、 はぁっ……、……はぁ」
メキメキと炎があらゆるものを、食い尽くす音を聞きながら僕らはやっと外に出れた。
大きく息を吐いた後、僕は繋いでいた手を離しライアの頭や頬、肩から腕、手首に触れ、確認した。
「怪我は無いか?! 痛い所とかも」
「ううん、私は大丈夫。……フロンは?」
首を振るのを見ると、安堵や嬉しさで思わず抱きしめた。
「……良かった」
固く抱擁した数秒後、一息着くのも束の間に、誰かの足音とふいに低い声がする。
「ライアを助けてくれてご苦労だったなぁ。さぁ、ライアを俺に寄こせ!」
アルバート様だ。
火傷の一つないキレイな手の平が、僕らの方に迫る。




