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閉じ込められた歌姫と王子になれない青年  作者: 発芽
ライア、僕と一緒に……
33/45

是非とも、歌わせてみせましょう





**


 罰として入れられた場所は、前にライアが閉じ込められていた物置で、つい苦笑してしまった。実際に入ってみると、部屋に一つだけある窓から月明かりは射し込むものの

ランプを付けなければ薄暗いし、思った通り寒く感じる。

 どんな状況なのか知ろうと耳を澄ましてみたけど、掃除をしている音や話し声は多少聞こえてくるものの、流石に話の内容までは聞き取れなかった。



 三時間くらいたっただろうか。地べたに胡座をかいていると、ノックがし、トーマスさんが再び顔を出した。手にお盆と食器が乗っているのを見て、少しだけ驚いた。



「今回ばかりは、食事は抜きかと思ってましたが」

「旦那様がな、お前に与えてやれと仰ったんだ」

「旦那様がですか……?」


 どうして、わざわざ旦那様が下級使用人である僕に目を向けているのか。それに、アルバート様に釘を刺したものの、ライアは無事か気になった。


「心配するな。ライア様も、旦那様の命令で食事を与えられているころだ……。それとな、アルバート様が突き飛ばした時に、手首を捻ってしまわれたようだが、それ以外は大事ない」

「……それなら、良かったです」

「しかしな、少し厄介なことになった。旦那様の耳にもお前とライア様の関係を入ったぞ。これより、ライア様は旦那様の監視下に置かれることとなった。お前が心配してる事を考えれば、アルバート様の手元にライア様が居るよりは幾分ましだろ」


 とは言え、"アルバート様よりはまし"くらいなものだ。旦那様も、アルバート様がライアに何かすると後々面倒になることを予期しての判断だろう。旦那様はライアに興味が無さそうだから、監視下に置いても手を出される心配は無いけど、状況は変わらず悪い。むしろ、権力を考えるもさらに分が悪くなったもと言えなくもない。


「それで、……旦那様はなんて?」

 

 遅かれ早かれいつかは、気づかれるような気はしていた。僕らは目を盗み、内緒で会っていたんだ。さぞお怒りだろうから、処分が下るのも覚悟していたのに、この待遇に少し面を食らった。いったい旦那様は、何をお考えなのか……。


「五日後、ディアンヌ様と男爵夫妻がこの屋敷にお見えになる。結婚の日取りも決められるらしい」

「アルバート様は乗り気ではありませんよね?」

「事が事だ。今回のことで旦那様も、早く済ませようとしていらっしゃる。おそらく、アルバート様抜きに話を進めるのだろう。……そこでだ、フロン。今、このご結婚に邪魔になる者は誰だと思う?」

「……ライア、ですね」

「あぁ。ライア様がこの屋敷から居なくなれば、アルバート様も未練など無くなると、旦那様はお考えだ」


 少なくても、僕らの関係を知っているから利害一致だなんて、素直にライアをくれるはずもない。未だに、旦那様の手の中にある。


 ……嫌な予感がした。

 僕にくれる気がないならーー




「その日、ライア様は男爵夫妻に歌声を披露して、あちらの屋敷へ渡るだろう」

「……こんな状況でライアが歌を披露できるとは思えませんが……。また旦那様を怒らせるだけでは?」


 トーマスさんは、徐々に険しい顔つきになった。



「旦那様は、そのためにもライア様が持てる力を尽くして歌えるように、励まして欲しいと仰っている。フロン、お前にだ」

「そんなこと、僕はっ!」

「それは、旦那様に言うことだ。伝えたからな。当日の午前、旦那様の部屋に来るようにも、言われておる。どうするかは、お前次第だ」

「……っ」

「それと、蔵書室の鍵は没収だ。旦那様が預かることになった」


 手を突き出され、仕方なくベルトに繋げたチェーンを外すしトーマスさんに渡した。流石に蔵書室での仕事は外されたか。そもそも、ライアを歌えるようにさせるのが、僕を置いとく理由ならそれを終えた時、僕は必要なくなる。


 ……だとしたら、その日が来る前に早く抜け出した方が良いか。じっとトーマスさんを見ていると、怪訝な顔で返された。


「儂を倒そうと考えておるまいな?」



 この身体で物置を出れたとしても、ライアが何処に居るかも分からないのに、探しようがない。徘徊している間に、他の使用人に取り押さえられるのがオチだ。

 一度はトーマスさんくらいならなんとかなるかもしれないと、多少考えていたことを当てられ、慌てて誤魔化し笑いを浮かべてみせた。


「まさか」

「嘘をつけ」

「ほんと、ですって」


 半分冗談を混じつつ、疑うように追求されて、僕も返す。このやりとりがなんだな可笑しく思った。そして、不意にトーマスさん目を細めて僕を見る。


「フロン、笑うようになったな」

「……そう、ですか?」


 何をそんなに不思議がられたのか分からず、首を傾げると、更にトーマスさんは子供を観察するような目を僕に向けた。


「ライア様もこの屋敷に来た時は、悲しそうな顔をしていた。無理もないが。それが、ある時から急に楽しそうに笑うようになった。……何がそうさせているのか、不思議に思ってはいたが……なるほど。お前にとってもライア様が……そうだったとはな思いもしなかった」


 それはサラにも言われたとを思い出す。そんなにも僕は、ライアの事を好きだと気づかれやすいのかと内心、複雑な気分にもなるけれど。それ以上に、トーマスさんが許してくれていることに、ほっとした。



「アルバート様とて、二人を本当の意味で切り裂くことができないことは、わかっているのだろうな。だからこそ、怒っておられる。……だがこれ以上、怒らしてはならん」

「ですが!」

「正論を述べるだけでは、逆上させるだけだ。そうなると、今回みたいに一方的に殴られて終わる。……だがまぁ、アルバート様にも同じことが言えよう。冷静に判断なさるように、こちらからも言っておこう」


 アルバート様が生まれる前から、この屋敷に仕えている執事だからこそ、恐れ多くも助言できるのか。貫禄を感じさせる。

 その上、まるで僕に言い方を考えれば、ライアを諦めなくても良いと言われてる気さえした。



「当日になれば、嫌でもお前は物置(ここ)から出れる。それまで、大人しくしているんだ」

「その前に、こっそり出してくれる気は……」

「無い」



 きっぱり言われたにも関わらず、なぜだろうか。トーマスさんも何かを考えている気がした。

 




 

 


**



 そして、五日後。トーマスさんに呼ばれるままに僕は、旦那様の自室へ赴く。

 この頃には、身体の痛みはそれなりに取れた。



「旦那様、フロンを連れてまいりました」

「入れ」


 ドアが開かれ二、三歩歩いたところで足を止めた。この屋敷に仕えて二年にはなるけど、旦那様とは面と向かって話すのは殆どないから、この緊張感は未だに慣れないものがある。


「お呼びでしょうか」

「あぁ。アルバートとやり合ったそうじゃないか。それでも、お前が手を挙げなかったと聞いてな、なかなか根性がある男だ。その冷静さを見込み、お前を従僕(フットマン)にしてやっても良いぞ」


 それは、昇進の誘いでもあった。執事になるための一歩とも言える。普通なら、嬉しい話だけど……。何か裏があるに決まっている。


「他に、お考えではないのですか」


旦那様は、にやりと不敵に笑う。何故、アルバート様と僕がやり合ったのか。その理由を、旦那様だって耳に入ってないわけが無い。知っていて、僕を留めて置くのは


「あの娘に会える機会をやろうと言ってるんだ」

「……トーマスさんから話は伺っております。男爵夫妻が歌姫の歌声を楽しみにしていると……。僕がライアに会っていいものでしょうか」


「はっ、何を白々しい。今更、隠しても無駄だ。でも、お前とあの娘の関係は捨てがたい。聞けば、あの娘の歌声を引き出せるのは、お前しかいないそうじゃないか。どうだ? 久しぶりに会える機会となろう」



「それがライアに会える最後、なんですね……?」




「やはり、お前は察しが良いな。……あぁ、最後だ。その時間は、お前と娘が何をしても構わん。別れを告げようが、それを黙って抱いてもな。我慢して多分、肌に触れたかろう。好きに思い出を作れば良い」


 まるで、僕が今までライアに何もしてなかったのを、知ってるかのように誘いにかける。主人からの許可が降りようが、手を出そうなんて思わない。二度と会えないなら尚のこと。これじゃ、苦し紛れにしてしまったお母さんと先生が犯したのと同じになる……。

 

「僕が、ライアにするとでもーー」


 昇進を餌に、(ライア)を捨てろと持ちかけられたようなものだ。そんな話、乗るわけがない。だけど断らせないほどの圧力を感じる。嫌だと言えば、会わせないままライアは男爵の手に渡りかねない。その圧力は、アルバート様とは比べ物にならなかった。



「悪い話ではなかろう? こちらの条件をのめば、お前の罪は問わないと言っているのだ。嫌ならあの娘に罰を与えても良いんだぞ。……どうする? お前の手であの娘を歌わせてくれんかね」

「……っ」

「フン、やはりお前は即答しないか。だが、考えても無駄なことだ」


 

 断れば、紹介状も渡されないまま追い出されるのか。社会的に、次の仕事を探すのは困難になるんだろうなと、脳裏に過ぎる。


「黙って昇格を飲めば良いものを。こちらの本音を聞き出した所で何の意味がある? お前はどの道選ぶことはできん」


 こちらには選択権を与えない態度に、苛立ちを覚えた。けどそんな時に頭に浮かぶのは、再三トーマスさんに"怒るな"と言われた言葉だった。頭を冷やせと言い聞かせながら、深呼吸をした。



 人の気配を探ろうとしても、この部屋には旦那様以外、居なそうだった。だとしたら、ライアは何処に居るのか。お嬢様が使っていた部屋か、あるいは他の場所か……。

 それが分からなければ、下手な真似はしない方が得策に思えた。少なくても、僕の態度次第でライアの身を危険にさせてしまう。


 こんな台詞は言いたくはないけど、仕方がない。……まるで、我が身可愛さに女を売った男のようだけれど、この人にどう思われようが、この際、辛抱しよう。

 息を吸いこんで、僕は答えた。



「その話、お受けします。僕が、最高の歌声で彼女を歌わせてみせましょう」


 旦那様は納得のいく言葉を聞けたのか、「よろしい」と吐き捨て笑う。


「十九時にまた呼ぶ。それまで、トーマスの指示に従いたまえ。トーマス、こいつを任せた」

「承知しました」


 旦那様は横に控えた執事に顔を向け、下がっていいと合図を出した。



 

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