勝機は未だ掴めない
フロン視点に戻ります。
完結までこのままフロン視点で貫きます!
どうやってライアに接触すればいいのか、手をこまねいていると、ライアは僕の前に現れて、飛び込んで来た。
僕が行かなきゃいけなかったのに、行けずにいた不甲斐なさと、ライア自ら迷わず僕を選んでくれた事実に、愛おしくて堪らなくなる。
いつだって、ライアが泣くのは僕の前であって欲しい。
いつだって、そんなライアを守れるのは僕だけでありたい。
僕らの関係なんて、不確かで、簡単に誰かに奪われ、取って変われる。 もう会えないんじゃないかって思っていた。
それが今、ライアは僕の腕の中に居た。
初めて僕は、しっかりと触れることができた。今度はいつ会えるだろうか。今度はいつ、抱き締めることが許されるだろうか。そう思うと、今、この瞬間が消えないように、ライアを掴み続けた。
守りたい。
守らなければいけない。
二度と失わないために。
だけど、あと一歩のはすだった。
騒がしい足音と共に、アルバート様が執事を連れ現れた。
「今すぐライアから、離れろ! よくも俺を出し抜いてくれたなぁ!」
背中を蹴られ、抱きしめていた手が緩んだ隙を付き、アルバート様はライアを手中に収める。
「さぁ、言え! どっちだ? くだらない恋愛ごっこを始めたのは」
「ごっこなんかじゃ」
「ライア、お前は黙ってろ!!」
すかざす反論するライアに、アルバート様は睨みつけた。少し前まで、確かに彼はライアに優しげな目を向けていたというのに、今はその影もない……。いつでも穏やかな様子しか見たことがなく、こんなにも剥き出しに怒っている姿は初めてだ。
「すべての責任は、僕にあります」
「だろうな。遊びの時間は此処までだ! ライアから手を引いてもらおう」
「嫌です」
お互いに睨み合いながら、アルバート様はライアを腕に抱き抱えたまま、僕の方へと一歩、二歩と距離を詰めた。目の前にライアが居ながら、他の男の手に渡っているのを目の当たりにするほど、悔しいものはないんじゃないか。
「お前の働きをみて、蔵書室を。強いては過去の資料や記録を管理することを任せているはずだ。それがどうだ? その蔵書室でまさか、逢引をしていたとはね? 確かに、隠れて会うには調度いい場所だろうな。……使用人にすぎないお前が、生意気な事を!」
言われても仕方ない状況だとは自分でも思った。その事には言い訳のしようもない。ライアが旦那様の私物だと分かった上で、僕は会うことを止めなかったのだから。
結果がただ、ライアが買われてなかったに過ぎない。
「離してっ! お願いっ!! フロンのところに……っ」
アルバート様に掴まれている腕を必死に振り解こうとしながら、ライアは僕の名前を何度も叫ぶ。 手を伸ばしてくれても、お互いに届く範囲でもなく、指先すら触れることは許されなかった。
「フロン!! …………きゃあぁっ」
「ライア!!」
僕のことを呼ぶ声に我慢ならなくなったのか、アルバート様は抵抗するライアを突き飛ばし、床に叩きつけた。
その時、見えてしまった。
髪が舞い、それまで隠れていたライアの白い首筋に、痛々しい赤い痣を。それが何を意味しているのか分かり、自然と拳に力が入る。
「アルバート様……っ! 嫌がるライアに無理やり手を出しましたね? あれほどの傷になるまで」
誰がライアを自分の物にできるか。先に痕をつけた者が優位に立つ。これは僕への宣戦布告だ。勝つことばかり考えて、肝心のライアの気持ちを、アルバート様は無視している。
痣になるほどだ。身体のどこかをぶつけて腫れるのと、同じくらいの強い痛みを、あるいは、ある程度の時間ライアの首筋を……。
手を握られるのも、抱きしめられるのも、触れられる全部が嫌だと、ライアは震えながら僕に言っていた。アルバート様が、万が一のことをしないか気がかりだったけど、まさか本当に行動に出たとは、最低だ。
「大袈裟なもの言いだな」
「未遂だと言う気ですか?」
ライアは僕に傷痕を見られたことで、いたたまれなくなったのか手で隠して、俯いている。傍に駆けつけようにも、アルバート様が阻みそれは叶わない。その代わり、トーマスさんが介してくれた。
「アルバート様がライアを本当に大切にして下さり、反対する旦那様と奥様から守るおつもりなら。そして、ライアもアルバート様に惹かれているなら、僕は潔く身を引く覚悟でした」
ライアを突き飛ばしたことも、無理やり襲ったことも、黙っていられない。
「ですがっ! ライアを傷つけるなら、僕はもう引き下がる気なんてありません!」
怒りは最高潮に達していた。僕より少し背の高いアルバート様の胸ぐらを掴み、握りしめた拳を振り上げた。その直後ーー
「退け! フロン! 頭を冷やせ。屋敷の者に、手を上げてはならん!!」
倒れ込んだライアに手を貸していたトーマスさんが、厳しい表情で僕を戒めた。
それが如何なる理由でも、使用人が歯向かうなら、処罰は免れない。上司からの命令が相まって、反射的に手を止めると、容赦をする必要のないアルバート様から、遠慮のない蹴りが腹に食いこんだ。
「ぐぁ……ぁあっ!」
「いゃっ、フロン!!! フロン!」
「……っうぅ」
「俺に歯向かうのか」
蹴り飛ばされた勢いで、受身の取れないまま、背中ごと本棚にぶつかり、書物がバラバラと上から崩れ落ちる。ズキズキと強く痛む腹に、ライアの心配する声は薬のように痛みを和らげる。
「こいつの名なんて呼ぶな!」
僕の名前を呼ぶごとに、アルバート様は表情をかたくした。 勢いを増し、攻撃の手は緩まない。辛うじて立っていられたが、三発ほど食らうとふらふらと膝が怪しくなり、遂には倒れてしまった。
反撃できないのは、あまりにも分が悪すぎる。
「フロン!! ……アルバート様、お願い。もう止めて下さい!」
「ライア、お前が俺の妻になると言うなら、止めてやっても良いよ」
「そ、……そんな」
「脅しですか? そんな事をしてもライアの全ては、手に入りませんよ」
「それ以上言うな!!!!」
倒れたこの態勢から、馬鹿みたいに強気に僕は言った。アルバート様が再び、脇腹を蹴り上げ打ち込む。でも痛さよりも、その度に僕の名前を呼ぶライアの声の方が勝っていた。
まだ痛みが残るのか、ライアは身体を引き釣りながら、床に転がる僕に近づこうと手を伸ばす。叶うなら、もう一度この腕に抱きしめたくて、僕も手を伸ばすが、アルバート様はその僕の手を踏みつけた。
「……いっっ!!」
「こんな屈辱初めてだ! 使用人相手に俺が劣るだと?」
「フロン、もう……良いの」
ライアは僕のために泣く。
「だから、もう言うのは止めてっ! じゃないとフロンがっ!」
「駄目だ、ライア!此処で諦めちゃ」
こんな痛みなんて、どうってことはない。やっと、自由にさせられるのに、簡単に手放してたまるか。
「……ぃっっ」
「 ……! フロンっ」
「だい、……じょうぶ」
この勝負、誰が負けているのか。
言うまでもない。
アルバート様、貴方が負けているのです。
ライアが好きなのは、他の誰でもないこの僕だ。
蹴られ続けて、起き上がることができない状態にも関わらず僕の眼は、燃えているのが自分でも分かった。 言いたいことは星の数ほどある。口の痛みを堪えながら、大きく息を吸い、叫ぶように吐き出した。
「ライアの身体を奪っても虚しいだけです。形だけ奪えても、なんになりますか? 僕が、今までライアに何もしなかった理由を、アルバート様は分かるはずがない!」
「黙れ! この負け犬がっ!」
「ライアに、これ以上手を出すな!」
好き合っていても関係を交わす事が、どのくらい虚しいことなのか。僕は知っている。満たされない気持ちと、罪の意識に苛まれ続ける事になるんです。
ーーましてや、
「愛されていない女性から無理やり奪うなんて、貴族紳士のする事じゃありません。……良いんですか? その途端、貴方は手が早いだけの情けない男に成り下がりますよ」
せっかくある爵位など失ったのと同然。貴方が下に見る使用人と、同じ階級まで堕ちたのと同じことだ。そしてこんな言葉を、取るに足らない使用人に、言われる屈辱を味わえば良い。
「黙れと言っている!」
「ライアの身体を奪っていいのは、アルバート様でも、僕でもないんです。夫婦のみが許されるんで……うっ……っ」
アルバート様は、僕の胸ぐらを掴んで睨みつけた。僕も負けじと引かずに、その眼に歯向かう。
「だったら、俺がお前よりも先にライアを妻に迎えるまでだ」
「結婚してから言ってください。旦那様に阻止されるに決まってますよ」
「分かったように言うな!」
「もうよせ、フロン。口を慎め! ……アルバート様も、この使用人めにどうかご容赦を」
控えていたトーマスさんが僕らの間に現れ、止めに入る。アルバート様もそれによって、足を下ろし、苦々しく深い息を吐いた。 不思議とアルバート様はトーマスさんの言葉には聞き耳を持つようだった。
「仕方ない……。まだ足りないが、お前に構ってる時間が勿体ない。来い、ライア!」
「……ぃやっ!」
倒された時のまま、立ち上がれずに体制を起こす程度にしていたライアを、強引に引っ張り上げ、きつめに腰に手を回す。痛そうにライアは、小さく呻く。
「フロン……!」
ライアが僕に助けを求めて呼ぶ。守らなければならないこの状況で、情けないことに起き上がろうとしても、身体は全く言う事を利かなかった。
「ライア、待ってて」
「助けに来るとでも言うのか? そうはさせるか。2度と会わせてやるものか! トーマス、こいつをあの物置にでも入れておけ! 絶対に出すな! いいな!」
「はっ」
命令を聞き遂げ、頭を下げる執事を見届けると、アルバート様はライアを肩に担ぎながら去っていく。床から浮いた足をばたつかせるも、アルバート様を困らせるものにはならない。
「フロン! ……フロン!! いやっ! フロン!」
ライアが僕の名前を叫ぶ声が徐々に遠ざかっていくのをただ見てるしか出来なかった。




