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この小さな祈りを聞いて下さい





「私もこの部屋で寝てもよろしいですか」


 夜の寝る頃になって、ノックの音が聞こえて開けてみると、そこにはサラさんがいた。こんな時間に来るのは、何かあったのだろ?



「どうしたんですか?」

「それはこっちの台詞です。顔色が優れませんね」

「……っ」

「ーーなんて。本当は知ってます。アルバート様と旦那様のやりとりは、大きな声でしたので使用人たちの間でも、実はもう知れ渡っているんです。アルバート様がライア様を妻にしたいと仰ったそうですね……」「……もしかして、フロンも知ってるのですか?」


 訊くのは怖いけど、思い切って言うとサラさんは、小さく頷く。


「フロンはライア様の事を、とても心配してましたよ」


 そして、サラさんも心配そうに私のことを見つめた。フロンと名前が出るだけで、懐かしくてぎゅっと胸が締め付けられる。


「"自分では部屋に行けないから、代わりにライアを守ってあげてくれないか"って、フロンにお願いされたんです。私が夜分にライア様のお部屋に居させて頂くのは万が一間違えが起きない為と……」

「万が一……?」

「旦那様とは折り合いが付きませんし、アルバート様がライア様を妻に迎えるために、なりふり構わないと考えておられるなら、いずれライア様の身が危ないって、フロンは思ったのでしょうね」


 ……っ。

 本当は真綿で首を締められるような、徐々に逃げ場を奪われていくのが、すごく不安で、怖かった。そんな時に、見透かされたみたいに、助けの手を差し伸べられるなんて。

 離れているのに、変わらずにずっとフロンが私の事を守りたいって思ってくれているのが嬉しくて、胸がいっぱいになって泣きそうになる。


 

「フロンは、ライア様のことなると本当に気が気じゃなくなるんですよね」


 呆れながらもサラさんは、微笑んだ。


「……でも、サラさんは引き受けてしまって大丈夫なんですか?」

「今日の仕事は終わってますし。私はライア様のお部屋に残っては行けないとは、アルバート様に指示されてるわけではありませんから。心配には及びません」


 それでも、普通はメイドさんも自室に戻るものだし、私のために朝までここに居たのが知られたら、やっぱり叱られてしまいそう……っ。


「ライア様は気にしないで下さい。私個人としても、ライア様のことを心配してるんですよ」

「サラさん……っ。ありがとうございます。ご好意、とても嬉しいです」



 サラさんは、手早くソファに寝床を整える。躊躇いもなくそうするけど、フロンも孤児院の時にそこで寝てたけど、やっぱり少し寝づらそうだったのを思い出した。


「あの、ベットで一緒に寝ませんか?」

「ご冗談を。私はソファで十分ですから」

「大丈夫ですよ!このベットは1.5人分くらいの大きさがあるので、サラさんも。ね?」


 それでもまだ遠慮するサラさんの手を引いて、ベットまで連れていき、そこに腰をかける。それだけで、自然と頬が緩んでしまう。


「……楽しそうですね?」

「私、歳の近い女の人と枕を並べて話したり、寝たりすることが無かったので、こういうの、ずっと憧れてたんです!」

「……ライア様は変な方ですね。私がカミングアウトしたんですよ?」

「フロンを好きだってこと?」

「そう、それです。言わないつもりでいましたが、うっかり口が滑ってしまい……。ともあれ、ライア様はどんな態度を取るかと思えば……、私と仲良く話がしたいだなんて」


 戸惑うようにサラさんは言う。


「だって、ここでサラさんと争いをしても意味無いじゃないですか!」

「ライア様がフロンに会えない間に、私が抜けがけするとは考えないんですか?」

「それは……。……でも、フロンは手強いってサラさんなら、知ってるんじゃないですか?」


 ちょっとだけ答えにくくて、質問を質問で返してしまった。

 私が居ない間の、サラさんはこの屋敷で仕えてる時からフロンと関わってきたなら、抜けがけするとかしないとか、そんな事を言い出しても今更な気がするの。

 フロンがサラさんをどう思ってるのかは知らないけど、五年ぶりに会った時、フロンは相変わらずだった。私がフロンの手首を触れてしまった時も、内心、困ってそうだったし。まだ、誰も近づくのを受け入れてないのが、分かった。

 

 

「そうですね。ガードは堅いし、むしろ近づこうとするほど、離れていく人ですしね」

「ですよね! 昔からフロンはそうなんです!」


 思わず同意してしまう。つい前のめりになって、愚痴るとサラさんも笑って頷いてくれた。


「そもそも、私は五年前に既に、フロンには振られてるんですよ。"誰も好きになるつもりはない"好意を向けられるのも、嫌になる"って面と向かって言われたですよ」

「……言われるだけマシという考えもありますよ。私は振られることさえ、ありませんでした。ライア様がフロンに言われたのは、意識してるからこそだと思いますよ?」


 あの時のフロンは、実家を出されたばかりなのもあって、一番ギスギスしている時だった。だから、きっとあそこに居たのがサラさんでも言われたと思う。


「フロンは、私が好きなのを薄々感じているから、避けられているんだと思います」

「ライア様。この際だから私も打ち明けさせて頂きますが。二年間私は彼を見てましたが、一切誰も寄せ付けない雰囲気でした。それが、ライア様にだけは明らかに違います。フロンにとってはライア様は特別なんですよ」


 特別……。家族として、本当に大切にしてくれているけど。それが、"異性として好き"には絶対にフロンはしない。それは私が一番良くわかってる。今までずっとそうだったから。


「私は期待しないって決めたんです。フロンが直接言わない限り、サラさんがそう言ってくれても、信じません」


 沈黙の末に、サラさんは何か言いたげな言葉をため息に変えた。


「フロンはいったい、何をしてるんですか……」

 

 でも私はなんだか笑ってしまう。


「サラさんが応援するなんて、変なの」

「そうですね。以前はお止めしたのに私がこんなこと言うなんて。……今の状況はとても大変かと思います。ですが、お二人が幸せになってくれないと、私も報われませんから」

「……サラさん」



「会えると、良いですね」


 そろそろ寝ましょうか、と静かにそう言ってサラさんは、ベットの上にあるランプの灯を消した。



 フロンがこの屋敷にいる事を知っているから。

 またきっと、会えるって信じてる。


 だって、多分このままお別れだって思ってたのに、五年ぶりに会える奇跡が起きたんだもん。そんな奇跡を起こしてくれたなら、結局また会えないまま終わらすなんて思えない。


 今はまだ動けないけど、いつかきっと機会が訪れるはず。


 ……大丈夫。絶対会える。

 きっとフロンに会わしてくださるーー



 おこがましい祈りを心で願い求めながら、私は目を閉じた。






**


 


 アルバート様は私にたくさんのもの贈る。可愛らしいティーポットに香りが良い紅茶、美味しそうなプディング。ネックレスやイヤリング、髪飾りを選りすぐって来ては、与えられていた。この屋敷にいる間、借りている状態ならまだ納得することはできるけど、本気で私のためにされるのは、願ってないことなのに。


 廊下を二人で歩いていると、壁掛けの全身が写る鏡の前で、不意に立ち止まり髪に触れられた。それから、ぱちん、と金属がはまる音がした。


「ライアに似合うと思ってね」

「こんな高価なものは、とても頂けません。本当に、十分ですから。何も要りません」


 何日も前から何度も言ってる言葉を、今日も告げるとアルバート様は、ため息をついた。


「女性はみんな、こう言ったものが好きだと思うが?」

「私は、勿体無いと思ってしまうのです。そのお金で路地にいる子達が、どのくらい食べさせて挙げられるかと思うと……どうしても……」

「そもそも貴族と奴らでは階級(くに)が違うんだ」

 

「そんな……っ」

 

 今でさえ、私は生きるためのものは全て備えられているのに、これ以上、身を飾るものなんて欲しくないのです。アルバート様は、何も分かってない……。



「ライアを喜ばせるのは、どうしてこんなにも難しいものなんだろうな」

「そういうことは、少なくてもディアンヌ様に贈られるのが良いかと思いますよ」

「分からない女性(ひと)だね、君は」


 急にアルバート様の声は低くなった。気持ち、怒ってるような、切羽詰まったような苛立ちが声から伝わってきて、怖くなった。



「その彼女から、手紙が来たよ。あちらの父親がライアの歌声を是非とも聴きたいと言ってるそうだ。それがどういう事か、分かるか?」

「……ぇ」

「もしそのまま気に入られたら、ライアは彼女の実家に買われる事になるだろう」


 ディアンヌ様は言っていた。財産の一部を差し出す代わりに、伯爵夫人になりたいと。だから、私を買い取ることくらい造作もないのかもしれない。むしろ、アルバート様から私を離すためには、それが良い方法だって思う。……でもそれは、フロンに会えなくなることでもある。


「つまりだ。時間がない」


 距離を詰め寄られて、逃げられないように手首を掴まれた。


 ライアは、どう思う?

 いつだって、そう。旦那様もアルバート様も、私にそんな事を聞いてくれるわけがないのは、分かってる。私の気持ちは無視されたまま話しは流れていく。ただ心臓のそばに手をやってぎゅっと掴むことしか出来なかった。


「アルバート……様っ」

「ライアの気持ちを待っていようと思っていたけど、もう止めた! 結婚してしまえば、周りは手出しできなくなるなら、いっそのこと既成事実を作ってしまえば、事は上手く運ぶと思わないか?」

「きせいじじつ……?」


 聞いたことが無い言葉で、意味が分からなかった。だけど、嫌な予感だけはする。アルバート様はいったいなにをーー。


「ライアが俺の子を孕んでくれれば、結婚を認めざるを得なくなるんじゃないかな」

「……っ……い、……やです」

「言ったよな。時間が無いって。俺も悪手だと分かっているさ。でも、ライアが後でこうして良かったと思えるように、絶対に幸せにするから、俺を信じろ」


 言葉が出てこない。

 そんなこと、絶対に起きちゃいけないのに、言葉が出なかった。

 そんなの、娼婦と変わらないよ。好きでもない人とするなんて、そんなの…………っ。私は歌声だけを買われたつもりだった。そんな事で済むはずないのに。……フロンが心配していた通りだ。



「君には、嫌という権利は無いよ」


 今度は旦那様と同じ事を私に言う。


「悪い話しではないと思うよ。俺が手を離せばライアは、父さんにどの道売られるさ。そこがどんな所かもわからない。それよりここの方が良いだろ?」

「……」

「ライアは、俺が貰う」


 ニコニコと笑った顔に、怖さを感じた。人当たりの良いアルバート様だったのに。本当は中では何を考えているのか、私には計り知れない。


 アルバートさんは、私の顎に触れて顔が動かないように固定した。ここは廊下にも関わらず、アルバートさんは何かをしようとしている。近づかれた距離に、このままじゃ、唇を奪われそう。



「嫌です!!!!」


 抑えられていなかった手で思いっきり押して、避けた。眼に溜めた涙が嫌で嫌で流れていく。 このままじゃ、フロンとの約束が守れなくなってしまう。絶対に身を売るなって約束したのに……。

 何よりもフロンが傷つくことなのに。

 

 きっとアルバート様の子が私のお腹に出来ても、なんの意味もないと思う。むしろ、旦那様は余計に怒って私を屋敷から追い出すだけ。私は、お腹の子を抱えながら何処へ行けるというのだろう……。

 生きる力のない母親と子供がどうなってしまうかなんて、考えなくても私には分かりすぎてる。

 

 そんなことを平気でやろうとする男の人なんて、本当に軽蔑してしまう。

 


「なんだよ。本当に嫌そうだな」

「……ごめん、なさい」

「前から思ってたけど、ライアは俺の事を良いとは少しも思ってないみたいだね?」


 私の一言一言が、アルバート様を怒らしている。


「もしかして、好きな奴でも街に居るのかな? もう将来を約束した相手とかさ」


 私の顔色を確かめながら、ゆっくりと言う。


「それとも、この屋敷の下男か」

「……っ」


 まるで、本題はこっちだと言うように目や言葉に力を込めた。最初から気づいたいるの?

 息を吸うとさアルバート様は、情報を掴もうと見の逃さない。私は必死に首を振った。


「トーマス、スティーブン、ジィーン、フロン、デビット……さぁ、誰だ?」

「居ませんっ」

「君の歌い方を見れば分かるさ。アンジュリカと同じ目の色をしているからな」


 その人を想って歌っていた。お嬢様も多分そうだった。もう、アルバート様に誤魔化しは効きそうにない……。


「……絶対に、言えません」

「どうあっても、そいつを庇うつもりか」


 言えば、フロンに危害を加える気がして、私は口を堅く閉じた。それで、アルバート様はますますイライラしている。


「調べれば分かることだ」

「待ってください! 彼に何をする気ですかっ」

「彼ね? まぁいい。ライアがもう会わないと約束すれば、父さんに告げずに過去のことは、大目にみてやっても良いよ」


 そんなこと、約束なんてしたくない。

 怖くて、目をそらしていると、アルバート様は腕を振り上げ、私の耳のそばをギリギリに掠め、壁を勢いよく打ち立てた。


「俺じゃダメなのか! ライアッ!!」


 廊下で話すアルバート様の声が、響く。





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