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閉じ込められた歌姫と王子になれない青年  作者: 発芽
飼い鳥は籠に閉じこもる
24/45

僕の立場では会うことはできない

 ライアは多分このまま、朝まで起きないだろう。まだ心配事は解決していないけど、これ以上は話せるわけでもなく、僕もいつまでもドアの前に居られるわけではない。そろそろ部屋に戻るかと、そう思い、床についていた片膝を伸ばし、立ち上がる直後だった。



「そこに、誰か居るんですか?」


 女性の声で、ぼんやりとしたランプの光りが、十五ヤード先の廊下で灯っていた。流石にこっちまでは、ランプの光りは届かない。用心のために灯りをつけていない僕は、多分相手から真っ暗で人影程度にしか見えないはず。

 ……だとしても、この状況。不味いことにはかわりない。真夜中なら、誰にも会わないと、完全に油断していた。


 一、二拍遅れたものの、走る。


「お待ちなさい!」



 負けじと追いかける女性も、流石に長いスカートを持ち上げながら、もう片手ではランプを落とさないようにして、両手が塞がっているためか、走るスピードはあまり出せてないように感じた。おまけに、今は冬だ。下手にランプの炎が、飾り付けてる物に引火でもしたら、火の周りは早そうにも思える。


 だからと言って、このまま走ってたら、騒がしいさで誰かを起こしてしまう。それに、何事もなく部屋に戻れるかも怪しい



「あなた、そこで何をしてたのです? あそこは……」

 


 ぼんやり見える姿は、明るめの色をしたスカートだった。黒いロングスカートと白いエプロンを身につけていないところを見ると、奥様つきの侍女か?

 


 階段を駆け下り、裏口へと抜けた。

 角を曲がり、振り向くとまだ彼女は追いついては来ていなかった。

 離れに位置する蔵書室の鍵を開け、そのまま鍵を閉める。

 そこでやっと、息を吐き出した。



 息を潜めていると、僕を見失った声の主は、諦めたのか足音は静かになった。





☆☆



 朝と共に、仕事は始まった。細かい掃除はメイドたちが。家具の移動などは、男の使用人たちがアルバート様の部屋を整えて、ご帰宅を待つ。


 馬車の音が聞こえ、屋敷の者達は久しぶりのお帰りになるご子息を迎えるために、総出で玄関へと向かい一列に並ぶ。


「お前、眠そうだなぁ」


 まだドアが開かれない合間に、同室のジィーンは僕の顔を覗き込んだ。


「それに、昨日は夜中まで何処に行ってたんだ? 部屋に戻って来ないでよ」

「……蔵書室ですよ。仕事が残ってたんで」

「ふーん? 仕事ね。熱心なのは良いけど、良いのかぁ。そんな顔じゃ第一印象悪いぞ」


 どこかふざけたジィーンは、昨晩のことはあまり追求されずにすんだ。それに、侍女にしても昨日、人影を見られたと言うのに、朝礼でも何もなく静かだった。




 僕がこの屋敷で働き始める前まで暮らしていたアルバート様を知る使用人たちの評価は、良いものだった。亡くなられたお嬢様思いの良いお兄様だったそうだ。いつも、アンジュリカお嬢様が歌い、アルバート様がピアノを弾くのが毎日の光景だったらしい。それが、お嬢様が亡くなったことで、大変取り乱したそうで旦那様が頭を冷やすようにと、遠くの地へ送った。


 使用人というのは、どこの屋敷でも大抵はおしゃべりだ。つい影で興味本位に、主たちの噂話をしてしまう。僕の屋敷でもあったなと、少し思い出す。


 ……それで、二年半ほど離れていたアルバート様が、今になって帰って来られたのは、これも旦那様のご意思だった。なんでも、回らなくなった財力を出してくれると名乗りを上げた者がいるらしい。その代わり、相手は娘を伯爵令嬢にして欲しい、と。



 ドアが開いた。

 

「おかえりなさいませ、旦那様。アルバート様」




 噂通り、顔立ちの良い爽やかそうな人だった。アルバート様に微笑まれたメイドたちは、思わず恥ずかしそうにざわついた。その横で、ジィーンは面白くなさそうに、軽く舌打ちをしている。


 奥様は、旦那様に目もくれず久しぶりに会う息子に駆け寄った。肩や腕を撫でて触れ、怪我がないか確認している。


「アルバート。あなた、無事に過ごしてたの? 風邪は? どこも悪くないのね?」

「大丈夫ですよ。母さん。手紙でも、そう書きましたよね。……母さんの方こそ、あまり調子が良くないみたいじゃないか」


 心配そうに目を細めた。奥様の横に控える侍女とアルバート様は目が合い不意に笑う。


「君も、居ない間もずっと、母に付き添ってくれてありがとう」

「そんなっ! アルバート様に感謝されるなど……滅相もありません。私は何があっても奥様のために尽くすつもりです」


 普通のメイドよりも侍女は別格のためか、少しだけ鼻につける彼女が、アルバート様の言葉に対して、慕いの気持ちが隠る嬉しそうな顔で微笑んだ。



 

 


 アルバート様が荷物を下ろした後、ほどなくして、中央の階段からお二人のの言い争うような声がした。声は荒らげてはいないけど、「不要だ」と旦那様は淡々と吐き捨てる。


「もう、父さんに従うつもりはない。勝手にやらせてもらいます」


 そう言ったアルバート様の横になぜか、サラが居て困惑した表情を浮かべていた。


「……宜しいのですか?」

「どうってことはないさ。この件は俺に任せて」


 断片的で、僕にはなんの話か分からない。




☆☆




 それから二日経っても、ライアの気配がしないことに、不安を覚えた。


 

「ライア様のことですが、安心して下さいね。アルバート様が物置から出して下さいましたよ」


 すれ違いざま、サラは小さな声で僕に聞こえる程度の音で囁いた。ライアがどうしてるのか、尋ねようとした頃合に、向こうから言ってくるなんて、サラはつくづく、なんでもお見通しらしい。


「でも、お風邪を引かれ熱も召していらっしゃいます」

「なっ、大丈夫なのか」

「私が、旦那様や奥様にお伝えして良いのか困っていたところ、アルバート様が通りかかり、お医者様を呼んで下さってました。ですので、時期に治るかと思いますよ。孤児院のことで、色々ありましたし、落ち込んでらっしゃるので治りは遅いかもしれませんが……。一応、伝えときましたからね」


 それだけ手短に言うと、サラはお辞儀一つしてまた歩き出した。

 にしても。熱が出てるなんて、当たり前だ。あんな何も無い物置に何日も押し込められたら、寒いに決まってる。風邪を引いても、旦那様と奥様は、気にもとめてくれなかっただろう。そう思うと、アルバート様は悪い人じゃなさそうだ。それに、状況は知らないけど、サラの口添えもあったんだろう。


「サラ」


 数歩離れたところまで歩くサラを呼び止めると、半身だけ振り返り僕を見た。


「なんですか」

「ありがとう」

「……いえ。私のことより、アルバート様にも感謝して差し上げて下さいね。旦那様は放っておけと仰ったのに、アルバート様は推し切ってまで、倒れたライア様のためにお医者様を呼んで下さいましたから。良かったですね、ライア様のために動いて下さる方が居て」

 

ふと右斜め上を見上げたサラは、からかうように「それはそれで、フロンにとって心配?」と付け加える。全く、余計なお世話だよ。



☆☆



 ライアが、かつてお嬢様が使っていた部屋に移った話も他の使用人同士の会話から聞いた。それもアルバート様の独断で話を通したらしく、旦那様とは折り合いが悪くなっている。

 アルバート様がライアのことを気にかけてくれていることは、ありがたいし、旦那様や奥様の意向ではライアが酷い目に遭っているから、それから守ってくれていることは、僕としても安心できる。

 ただ、お嬢様の部屋というのが、アルバート様の隣というのが、結局、どのみち僕はライアに会いに行けない状況であることに、変わりはなかった。むしろ、その点では更に悪くなっている。




 一週間ほど過ぎたあと、サラからライアの熱が下がったことをまた教えてくれた。ほどなくして、手慣れたピアノの音が屋敷に響く。バッハやモーツァルトの曲ではなく、歌詞のついたメロディだ。まるで、誰かに歌って欲しがっているような、そんな弾き方だ。出だしを繰り返したり、ゆっくりとしたピアノの音が屋敷の中で奏で始めた。


 ライアの声を、そのピアノの音は求めている。


 そのピアノの前にアルバート様とライアが一緒に居るのは、見なくても容易に想像が付いた。アルバート様はライアのために、また歌う幸せを思い出させようと、ライアの歌を聴きたいと心から願っている優しい音色が響く。

ライアは蔵書室に来なくなったのと、アルバート様がいつも隣りにいるせいか、余計に僕は近づくことが出来なくなった。





 そして、数日後。

 アルバート様に連れ出してもらえたライアは、蔵書室から比較的近い花壇で、歌を奏ではじめた。ピアノの音には乗せずとも、一人で楽しそうに歌い出した。


 最後に話した時に、「もう歌いたくない」と泣き叫んだライアが、やっとまた歌ってくれた。数メートル離れた蔵書室に居る僕にも、よく聴こえた。植物が好きなライアにとって、こうして緑に接する事ができるのは何よりも嬉しい事なんだと思う。この位置からは遠目だけど、窓から笑っている表情が見て取れた。……アルバート様は、気の利くお方だ。


 大丈夫か。まだライアは自分を責めているのか。

 ずっと確かめたいと思って居たけど、会うことは出来ずにいた。でも、声を聞く限り、ライアは立ち直ったように思える。



「……なら、良かった」


 同じ屋敷に居ながら、僕は何もできなかったけど、アルバート様が毎日ピアノを弾いては励ましていた成果だろうか。


 歌声がよく聴こえるように窓を開けると、ライアはアルバート様に抱きしめられているのが目に入って来た。

 そして、微かに聞こえて来る。「やっと歌ってくれたね。やっぱり思った通りだっ! ……ライアの声は綺麗だ」と心から喜んど声が。




 使用人の目に触れさせまいと、旦那様によって閉じ込められていた歌姫が、敷地内の色んな場所に行かせてもらい、蕾が花が開くようにライアは少しずつ元気になっていった。アルバート様は、本当にライアを大切にしている。優しい目からもそれは、物語っていた。


「……っ」


 それを遠くからただ見させられて、気づけば爪が食い込み、拳に力がかかっていた。

 一番ライアが辛かった時に守れず、僕はこんなところで、なにをしているんだ。





「フロン。不貞腐れた顔しても、ライア様を返してくれませんよ?」



 いつの間に蔵書室に居たのか、サラは掃除道具を持って立っていた。あからさまに僕が嫌そうな顔をすると、サラは気にした様子もなく小さな笑みを作っている。


「こんな所に何しに来たの?」

「アルバート様にライア様を取られてしまったので、見ての通り、手が空いてしまったのです。今頃、フロンは誰かの事で気になり過ぎて、どうせ手が行き届いて無いかと思いまして、こうして手伝いに来たのですよ?」

「それはそれは……」


サラは僕の弱みを握っているせいか、茶化されてばかりだ。




「外に出れるとは言っても、相変わらずライアは、行動を制限されてるんだなって思ってさ」

「仕方ありません。ライア様が外に出れる条件は、アルバート様がライア様から目を離さないためですから。それできないのであれば、また閉じ込めてそうですよ」

「なんでそこまで……」

「歌姫が屋敷から逃げ出さないように」


 ライアが逃げ出さないように……?

 逃げ出すもなにも、ライアが居なくなろうとしても、孤児院に残してきた弟たちが人質に取られてしまうだけだ。

 イヤ、待て。そんなのもう。


「確か、多額で買われたんですよね」

「……っ!」


 ……いや、ライアはそもそも買われてすら無かったじゃないか!

 逃げ出しても、弟たちが何処にいるか分からなくなった今、この屋敷に留まる理由もなく、むしろ誰にも咎められない。


「フロン?」

「そうか。旦那様は、ライアがそのことに気づいて、姿を消すのを恐れているんだ」


 だから、相当焦っている。

 アルバート様にライアを任せているのも、旦那様は不本意なんだろう。



 ライアに、逃げる手段をなにかの仕方で伝えることができたら、上手くいくか? だけど、僕がライアに直接接触する方法なんて、ない。だからといって、サラに伝達を頼むとしたら、今度こそ本当に巻き込むことになる。

 見つかったら、関与したサラだって危険になる。叩かれ、解雇、あるいは他のことをされても僕が責任を取ってあげることは、できないと思う。だったら、やっぱり僕一人でどうにか、したい。





☆☆



 そして数日経つと、アルバート様がライアを妻に迎えたいと申し出ているのを聞いた。


 もちろん、旦那様はこんな話、お許しにはならない。また歌えるようになった利用価値のあるライアを、今度こそ売り飛ばすつもりらしい。嫁にすれば、売ることはできないし、貴族ではないライアを迎えたら、社交界ではとんだ笑い者だ。それに、旦那様はアルバート様と結婚させたいご令嬢も見繕っていると言うのに、決まりかけているものを破談にすることがどういう事か。


 アルバート様とて、それは分かってるはずだ。社交界がどんな場所なのかを。


 そして、言う。

「妹のように、辛い思いはさせたくない」と。


 亡くなったお嬢様が、息を引き取る前にどんな思いだったのか、僕は知る由もない。アルバート様が今も尚、酷く後悔をしていて、そのお嬢様に似たライアが目の前に現れたなら、守りたいと思うのは当然かもしれない。


 アルバート様は、本気だ。








「ここのままでは、お姫様は王子様に奪われてしまいますよ」


 いつ蔵書室に入って来たのか、挨拶もなしにサラは発破をかけに来た。今日は、サラも焦ってるようだった。

 大抵はアルバート様の横にライアしか居ないところを見ると、サラは席を外すようにアルバート様から言われてるのかもしれない。少しだけ時間を持て余しているのか、サラはたまにふらっと僕に、ライアのことを報告しに来てくれている。


「そんなこと、言われなくても分かってる」

「……あら。その反応。もしかして、"やっと"自覚したんですか」

「"やっと"って、あのなぁ」

「やっとじゃないですか。私は前々から言ってましたよね。フロンは認めるのが、遅すぎますよ。どうするんです? 助けに行かれないんですか? ではないと、このままでは、本当にっ!」

「……っ」


 会うなって、一番反対していたのに、今では僕らを応援するように、ライアを攫うことを促すサラに、つい少しだけ笑ってしまう。



「ライア様の事を愛しているんでしょ……?」





「……っ」


 愛してる。

「……だからこそだ」




 攫い出せるだろうか。

 常にライアを傍らに置くアルバート様の目を盗んで、逃げ切れるのか。

 旦那様も、歌えるようになった彼女を無償では手放す事はしないだろう。


 攫い出した先にあるのは、本当に望む未来だろうか?

 掴んだ途端に、いや掴む前に、僕らは追手に追いつかれたら終わりだ。今度こそ、二度と会えなくなるかもしれない。

 今ではライアに会うことすら、難しいのに。僕になんの力がある? 焦った感情だけで下手に動いても、取り返しのつかないことになるだけだ。慎重にだってなる。

 だからって、このまま諦められるか……。




「……、まずいな」

 

 

 また胃が煮え返る気分になった。


 まるで、似ている。

 お母さんと先生が味わった状況と。


 最愛の女性を後から来た男に、目の前で、意図も簡単に奪われていく感覚。

 自分の無力さと、ライアの居ない喪失感。


 もしも、そのままライアに子供ができたらと聞かされたら、気が狂いそうだ。それでも、ライアが幸せそうに居てくれるなら、まだ諦めがつく。だけど、ライアが幸せではないなら、奪い返しに行ってやる。


 例えそれが、罪だと知っていても。

 叶わないならせめて、一瞬くらい、ライアを僕のものにしたいーー。



 そんなことを思う自分に、吐き気がした。

 理解なんかしたくなかったのに、

 あんなに、二人を愚かだと軽蔑してたのにさ。


 みすみす奪われ、想いを捨てられないまま。

 たった一度だけ、関係を持たずにはいられなかった両親の気持ちが、そっくりそのまま分かってしまった。


 それが、嫌で、嫌で吐き気がする。

 


 

 

次回からライア視点になります。フロン視点だとアルバート様と接触しないから、あんまり書けなかったけど、次回からはアルバート様がちゃんと喋ります!



ちなみにですが。フロンの両親が主人公の短編(当時の二人の気持ちをピックアップした話)がこちらになります。<a href="https://ncode.syosetu.com/n4301eh/">色を奪われた花嫁と無力な青二才</a>


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