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室内で星が輝く


 

 ライアが立ち止まったのは、1階が酒場になっていて、2階には宿泊施設のある店の前だった。少しだけ息を整え、中にいると既にお客が席を8割ほど埋めていた。貴族は夜行会が社交場だけど、大衆居酒屋になっている此処は下流階級の社交場だ。




「ごめんなさいっ! 遅れてしまって!」

「おっ、やっと来たか。珍しいな」


 店主らしき人が、ビールを注ぎながら半分だけこちらに目を向けた。そして、注ぎ終えるとカウンターにジョッキを置き、改めて僕を見る。


「こりゃ、たまげた。ライアが男を連れてくるとは。ボーイフレンドか」

「やだっ! 違いますよっ!」

「そう、否定すんなライア。じゃ誰なんだ、この坊主は」

「僕はフロンと言います。事情があって、孤児院でお世話になることになりました。今日は、ライアの行き帰りの付き添いに……」

「そうか。それなら、安心だな! しっかり守ってやれよ!」

「はい」

「ライアも良かったな? 」


 ライアが奥の方に消えると、店主はもう一度僕を、頭の先からつま先まで見た。値踏みをされてるようではないから、そこまで嫌な気にはならないけど。興味ありって感じか……。


「にしても、フロンだっけ? おまえは下町訛りがないな。この辺の子じゃないのか」

「はい。西の方に居ました」

「なるほどな。育ちが良さそうだ」

「……見て分かるもんなんですか?」

「目……いや、振る舞いか。服はくたびれてるけど、おまえが着てると浮いて見える」





「……じゃ、1番後ろの席で……座らせてもらいます」


 室内の照明は消えた。あるのは、テーブルに置かれた小さなキャンドルに灯っている光りだけ。そして、あとは前方の右端にだけ強めの光りが照らされていた。



 アコーディオンを抱えた年上の男が目を合わせタイミングを図ると、弾き始めた。



 ライアの歌声が響いた、その瞬間だ。

 僕は、自分の耳を疑った。


 何気なく聴こうと思っていた考えは、歌い出し一秒で一変してしまった。

 


 普段の話している声とは、また違った歌声が響いて、この身体から出ているのかと、不思議な気持ちになる。

 自然と吸い込まれる。


 声を張り上げているわけでもないのに、1番後ろに座った僕の席まで、歌声は響き渡った。


 この空間、まるごと全てを飲み込んで、居合わせる人全てを、自分の世界へと引き込ませ逃げさせない。

 さっきまで、ジョッキを片手に呑んでは豪快に笑っていた彼らさえも、この時ばかりは、手には何も持たずテーブルに置くと、静かにライアの歌声を聴いているほどだ。




「かぁー! ライアほどの腕なら、もっと大きな場所でも歌えるだろうに」


 同じテーブルにいるお客たちが、合間に喋り出した。僕はとりあえず、会話に入らないまま聞いている。


「違ぇねぇ。でもよ、こんな酒場で歌ってくれるから聴けるんだ。どっかに行かれちまったら、もう行けなくなっちまうぜ?」

「まぁ、心配しなくても、あいつは何処にも行かないさ。"孤児院のみんなが心配だから" だっよ」

「でもよ、(かね)を出されたらどうだ?」

「多少の金じゃ無理だろうよ」

「なら、大金ならどうだ?」

「大金なんて、貴族様しか出せねぇよ。あいつらは、しがない小娘の歌よりも、劇場にでも聴きに行くだろうよ」

「少なくても、ライアは惚れた男の後を追いかけてあの家を見捨てるようなやつではないから。知ってるか? 坊主、ライアがなんて言ってたか」


 会話をなんとなくくらいに聞いていたら、急に話を振られた。


「は、はい?」

「"私は一生、孤児院(ここ)に居るって決めたから"ってさ。あいつ、あの歳でそんな事もう決めやがって。もっと自由に生きりゃいいのによ」


 オジサンたちは、お酒は程々にして早く家に帰って家で待ってる奥さんのためにしてあげればいいのに。自由だな。…なんて、思ったことはともかく。


「ライアを口説く男は、相当大変だろうな。孤児院より男の方を好きになってもらうか……あるいは」


 ちらりとなぜか、僕を見る。そしてまた、続けた。


「孤児院ごと守ってやるか、だ。そこまでの甲斐性、男にあるかどうかな。なんせ、この地域の収入なんて雀の涙だ。暮らすのも一苦労なんだから、実の子じゃないガキ共まで面倒見るなんて、並の覚悟じゃ務まらない」

「まぁ。その前にライアが惚れる男なんて、できるかどうか。なんせ今まで、1人も居なかったんだ」

「そういう事だ、少年。頑張れよ!」


 だからなんでそれを、この人たちは僕に言うのか。若干、酔っ払っているのもあるけど。わざわざ言わなくても良いだろう?

 なんだなんだよ。酒場の大人達は好き勝手に盛り上がる……。

 

 

 


**


 


「ライアは気安く触られ過ぎなんじゃないの」


 帰り道。2人で歩いてる時に、さっきライアがお酒を注ぎに回っていた時の、お客とのやりとりを遠くから眺めていたことを指摘した。



「え? 心配してくれてるの?」

「そりゃ、まぁ」


 いざそう聞かれると、なんか気恥しい気分になる。

ライアは歌うのを本業だ。安く売ってるわけじゃないくせに。これじゃ数年後、もっと大人になったら…と思うと先が思いやられる……。


 気まずくなって早走になった。ライアが慌てて、僕の後を追いかけて来るのが背中から感じ取れた。


「……ねぇ、フロン?」

「なに」

「もしかして怒ってる?」

「……っ!」


 追いつかれ顔を覗き込まれる。なぜか僕の顔を見て、嬉しいそうに笑っている。全然伝わってないし、警戒心のないライアが憎たらしくなって、左頬を強めに引っ張ってやった。


「僕は、心配してるんだ」

「いっ、たいよ」

「だから、気安く触られ過ぎだって言ってんだ!」

「でもね。日中、汗を垂らしながら働いたお金で、私の歌をわざわざ聴きに来てくれるんだよ? そのおかげで、私はお金を得ることができるの。軽くあしらうなんて、できるわけ……」


 まぁ。そんなことは分かってるけど。

 でもなぁ。


 ため息を一つして、気持ちを切り替えることにした。



「僕も……、働かなきゃな」


 今まで働いた事がなかったのはもちろん、だいたいのことは使用人たちがやってくれてたから、僕に何が出来るか分からないけど。

 でも、ライアにだけ働かせているのも、なんか落ち着かないし。選べないかもしれない。どんな仕事でもやらなきゃ。


「酒場のおじさん達になんか言われたの?」

「前から思ってたことだよ。ライアだけには負担かけたくないし」






「あとさ。気になったんだけど、ライアって字が読めなかったりする?」

「うん……」

「必要だし、良かったら教えよっか?」




 そんな会話をしていると、家に着いた。

 まだ日付は変わらないけど、明日が間もなくやって来る時間だった。

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