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一瞬の幸せを求め続ける彼らが嫌いだった

 まだ遊びたいって駄々をこねられつつ、ようやく寝かしつけることができた。マイケルに至っては、「ねるまで、手つないでて!」と、くまのぬいぐるみを抱きかかえて、別の手では僕にせがんで甘えてきた。僕には弟や妹が居ないから、どうしたらいいのか分からなかったけど、こんな風にして欲しいことを言ってくれるのは、やりやすいかもしれない。

 問題は、ウィルフレッドだ。「オレは好きな時に寝るから、ほっとけ!」って睨まれたかと思えば、一緒に他の子達を寝るように促してくれていた。手伝ってくれているのかなと思ったけど「お前が来る前はオレだって、この役目してたんだからなっ」てさ。



 それがひと段落すると、暖炉の側で沸騰させた小さな片手鍋から、ライアが注いでくれた白湯を飲みながら一息ついた。それから少しして、ソファーに寝っ転がり目を閉じる。ライアは、まだ飲み干してなくて、あとから寝るからって言われたから先に休ませてもらうことにした。

 足が少し出るのを我慢しつつ、寝返りをする時は、ソファーから落ちないように注意を払う。

 ……いくら目を閉じても、寝返りを繰り返しても寝付けそうになかった。諦めて、目を開け上半身を起き上がってみると、ロウソクはまだゆらゆらと燃えていた。



「ライア、まだ起きてたのか? すぐ寝るのかと思ってた」

 ゆっくりと近づいて、できるだけ小声で声をかけた。


「じ、実はこれ、期日までに仕上げなくちゃいけなくて……」

 

 1人で終わらす気だったのか、僕が起きてきたことに驚いたようだった。一瞬だけ、持っているものを隠そうとしていた。食事をする時に使っていた横長のテーブルに、布を広げて縫い物をしている。


「手伝うよ」

「でも、気にしないで寝てて? 今日は来たばっかりで移動で疲れてるんじゃない?」

「いいんだ。どうせ今日は寝れそうにないし」

「……そうなんだね」


 横の椅子に座ると、ライアはまず糸を針に通すことから教えてくれた。


「こういうの、夜一人でいつもやってたの?」

「たまにだけど。昼間は他の子達もやってくれるよ」

「夜だってみんなでやれば、早いんじゃない?」

「夜は、寝たほうが良いでしょ。寝る子は育つって言うし。……それに、起きてたらその分お腹空くから」


 寝るにはただでさえ、ギリギリの腹のすき具合。これ以上起きてたら何か口に入れないと寝れそうにない予感がした。それで、夜中にみんなで腹を空かせていたら、食べ物が足りなくなってしまう。夜はさっきみたいにみんなを寝かしつけた方が良いのは分かるけど……。


「そうやって……、ライアはっ」


 ため息が思わず出てしまう。なんとなく気づいてはいたけど、やっぱりすぐ一人で無茶する女の子だ。こんなこと続けてたら、いつか倒れてしまわないのか。


「ねぇ。なんか楽しいね」


 そんな僕の心配を他所に、真横でライアは首を傾けて微笑んだ。

「……っ」



 寝静まった夜の時間に、起こさないように声をひそめ、まるで内緒話してるみたいだ。おまけに、ロウソクの明かりは弱く、僕らしか照らせていなくて、時計の秒針が規則正しく打つ音が響いていた。そんな昼間には感じない不思議な空気に、部屋を満たした。


 時が止まりかけた矢先――。



 間の抜けたお腹の音が「ぐー」となった。


 僕じゃないとすれば、ライアしかない。教わったままに縫いながら、その手を止めずに横を向くと、ライアは真っ赤になった顔を手で隠している。このタイミングで? いや、思った通りかもと思い直して、予想に応える腹の虫につい噴き出して笑うと、恥ずかしさ紛れに背中を叩かれた。





**


 朝、目が覚めるとテーブルに突っ伏したまま、いつの間にか寝てしまったらしい。横にはライアの姿はなかった。その代わり、僕の背中にはあたたかい毛布がかかっていた。


「おはよう」


 後ろから声がして振り向くと、ぞろぞろと他の子達も起きてきたようで、眠そうに目をこすっている。


「ほら、みんな顔を順番に洗ってらっしゃい。フロンもね」


 ライアは背中を押して促している。この様子じゃ、寝るのが遅かったくせに、1番に起きて身支度を整えると、次に幼い子達を起こしてきたのか? まるでメイドの仕事みたいだ。

 


 それからある程度眠気が取れた頃、朝食の準備をはじめた。


 見てるだけなら簡単そうだったけど、ジャガイモの皮むきは、でこぼこしてやりづらい。「皮むきもできないなんて、今までどんな生活してたの?」なんて教えてくれているディナに不思議がられたり。テーブルを挟んだ向かいでは、長さをできるだけ保ちながら皮を剥けるか。果物ナイフを持ち比べっこをしていた。

 そんな光景をつい見ていると……。


「……っ!」

 指先に痛みをまず感じて、血が後から流れ始めた。

「あー。よそ見するから。ライアお姉ちゃん、フロンお兄ちゃんが!」

 別に大したことないって言おうと思ったけど、血は早くも指先から手首まで流れていて、舐めとけば治る怪我でもなく……。バタバタと駆け足になりつつ、でも慌てることなく、キッチンから抜けていたライアの方に僕を引っ張って連れ行かれた。


 ライアは隣の静かな部屋で、楽譜を読んでるところだったみたいだ。ディナはライアに僕を預けると、またパタパタとキッチンへと戻って行く。


「情けないな。ろくにできないなんてさ」

「初めてなんだから、仕方ないよ」



 椅子に座るように促され、まずは止血をするために、きつく締めて数分。左の人差し指の感覚は徐々に無くなっていく感じがした。その時間、ライアは横に座って心配そうに待っていた。とはいっても、止血後すぐに動けるように、消毒液や綿とか包帯の準備は救急箱から必要なものを手早く取り出していて、慣れたものだった。



「そろそろ止まったかな?」

 そう言われて傷口を自分で見てみると、なんとなく塞がった気がした。

「多分」

「見せてみて」

 ライアは、僕の指に触れかける。


 あ。



「触るなっ!」


 咄嗟のことだった。

 唐突に、思い出してしまった。


 それで、ほぼ無意識に、掴まれそうになった手を大きく横に振って近づかせないように遠ざけた。


「…………フロン?」


 ライアの伸ばされた手が、昔のあの日を思い出させる。


 家族旅行から帰った数日後。僕らをいつものように教えるために、先生は来てくれた日のことだ。観光先で買った手の平に収まる大きさの物を母さんが、先生に渡していた光景を……。


 あれは、母さんが自分用に買ったわけではなく、先生への贈り物だったんだとその時、知った。小さい箱に入った中身を、僕は知る由もないないけど。母さんの手に収められた小さな箱が、先生の広げた手の平に移り、2人の指先が触れる。箱を落とさないように先生は指を曲げ、母さんの手ごと包み込んだ。


 普通に見れば、渡したにすぎないのかもしれない。だけど既に疑っている僕には、2人が、故意に手を重ねたように見えてしまった。


 不自然に見えないほど、数秒だけ。

 微かに触れただけだ。握りしめたとは言えないくらい、緩く。触れたい、と誘ったお母さんの指先を先生は誘われるままに触れ返した。

 物を受け渡す。たったそれだけのこと。


 それが口実に見えてしまったのは、僕の心が歪んでいるからなのだろうか。

だけど、その光景は切り抜かれたように、あまりにも美しく、儚くて、それがまた二人の関係を考える程、怖さと気持ち悪さが込み上げた。


相手の手に触れるだけで、顔が自然と緩んでしまうほどの幸せを何年も抱き続ける。まるで、時間が止まり、2人だけ別世界に浸ってるかのようだ。

 それなのに、その一瞬でしか幸せに浸れない2人が、より一層哀れに思えた。



 


 




 ――あの日に伸ばされた母さんの指先が、今、僕に向かって伸びるライアの指と重なって、怖くなった。その時と同じ気持ちが、ありありと蘇る。


「良いから! 僕に構うなよ! 自分のことは、自分でする……っ!」

「……ごめん……なさい」



 ライアの指と母さんの指は似てなんかない。ライアの指は綺麗だとは言えないけど。その代わり、頑張っている証しが指や手の平、手の甲にも見える。それに比べ母さんの指は、綺麗で傷なんてない。左の薬指には持ち主の本心とは反比例するように、結婚指輪が良く光っている。そんな、貴族女性の珍しくない手だ。


 だから、そんなライアの手と母さんの手が重なって見えたのはなんでなのか。ディナに引っ張っられた時、怪我をしていなかった右手を掴まれたけど、その時は特になんの違和感もなかったのに。なんで突然、ライアに対しては触れられる前から近づいただけで、ぞわぞわしたのか自分でも意味がわからない。

 


 触れられないように拳を握ってしまった指先からは、塞がった筈の傷口から血がまた流れ出した。



「僕は、あんな風にはならない……っ!」



 怒鳴りつけると、ライアは可哀想なほど怯えていて、それを見てやっと僕は我に返った。



 

 

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