みんなまとめて守ってやる!
食事を終えた、後片付けが始まった。
洗い物をする子と、そのお皿についている水気を拭き上げる子に、テーブルを台布巾で拭く子。パタパタと一斉に動き出して、その連携はさすがだった。僕はそれを、見様見真似で混じって加わる。
正直にいえば、こういうのはメイドたちがしていたことだから、僕は全くやったことがない。あまり、戦力になってるとも言い難い。……これじゃ足でまといの何ものでもない。思わず自分に対して、ため息が溢れる。
後ろに人の気配を感じた矢先--
「いぃっって!?」
大きな音を立て強烈な一撃を背中に喰らわせれた。
「おい! ここは、男手が足りないんだから、ボケっとしてんなよ!」
振り返ると、確か……年長のウィルフレッドが、足を振り上げた状態だった。挑戦状を叩きつけるような強い光を目に宿らせている。
「あ、あぁ」
背中の痛みはまだ引かない。
「言っておくけどな! みんなは歓迎してもオレは、認めてないからな! それも、おまえみたいな大きいやつ、なんでココに住むんだよ!」
声変わりもまだしていない幼さの残る少年の口から、可愛くない言葉が飛び出した。人の触れてほしくない部分を、痛がるのもお構い無しに言うあたり、子供は容赦ないって大人に言われるわけだ。
「それに! ライア姉を泣かしてただろ!さっき、見たんだからなっ!」
「ぇ、いや、あれは泣かしたわけじゃ……」
「言い訳すんなっ!」
説明しようにも、全く聞く耳を持ってくれそうになかった。それどころか体当たりされ、そのまま僕の腰に巻きついて、全力尽くして外に押し出そうとしている。
「んーっ! うぅ〜うぅぅっっ!!」
もちろん、体格差があるから僕は1歩押されるくらいで、とても進んではいないけど。
「ら、ライア姉はオレがっ、ま! も!る! んだぁっ!」
押し出す力が、更に加わったと同時に、僕はウィルフレッドが言った言葉が思わないことで、一瞬だけ力が抜けた。
「あれ? 2人とも、もう仲良くなったの?」
「……ライア」
「ライア姉!」
覗かせたライアはこの光景を見て、よくある組手や力比べをして遊んでるように見えたみたいだ。微笑ましそうな顔をしている。
「どうしたの? 何か用だった?」
「そうそう。あのね、フロン。手伝って欲しい事があって」
「お、オレがやる!」
ばっ、と僕から離れると素早くライアの前に立って名乗りを上げた。手は人差し指を立てて自分に向けて。
「ごめんね。力がいる事だから、フロンの方が良いかも。でも、ありがとうね、ウィル」
そう言われた少年は、口を膨らます。そして僕の脇腹に1発拳を食らわして、別の部屋に走って行った。今回のは軽めの拳だっからあまり痛くは無かったけど……。相当嫌われてるみたいだ。
「ウィル、だめでしょ! そんなことしちゃ!」
ライアが、走る後ろ背中に言うと、離れたところから、ウィルフレッドの声がした。
「しーらなーいっ!」
と、少し甘えた声で。ライアの前ではいい子ぶりやがって。でも更にびっくりしたのは、その後だ。ライアは「大丈夫? 痣になってない?」と当たり前のように僕の服を捲ってきた。
「ら、ライアさん?」
「わ、、。あ、わ、ご、ごめんなさいっ!!」
自分の失態に気づいたライアは大慌ててで服を戻すと、顔を真っ赤に染め上げる。ライアのことだから、弟や妹が怪我をすれば、小さな傷でも具合を見て上げきたのだろう。そこに他の意味なんてないだろうけど、僕にも同じようにするのは止めた方が良いよ。僕が男だと言うのもあるけど、ライアに手を焼かれるほど幼い子供でもないから。
にしても、言われてもケロッとしてるかと思ったのに、案外恥ずかしがるのか。ライアは。
**
寝室に向かうと、ベッドが並んでいた。まるで、棺桶みたいな身長に対してキツキツのベッドが。それは、多少言い過ぎだけど、蓋のない長方形の箱の中に寝るかのように思える。
それにこの大きさは、僕には……。
「フロンの背丈じゃ足、入らないかも」
「良いよ、リビングにソファが1つあったよね。そこで寝るから」
「……ごめんね、子供用しかなくて」
「むしろ、この歳で孤児院に来た僕が悪いんだし」
口にして気づく。どうやら、ウィルフレッドに言われたことを、思ったよりも自分でも気にしてるみたいだ。
「ここでの暮らし、戸惑うこといっぱいあると思うの。でも、愚痴って良いからね」
「できるだけ早く、慣れるようにするよ。皆はそうやって生活してる。だったら、僕もこれで満足するから」
「……っ」
「豪には豪に従えってね。ライアが気に病むことじゃないよ」
「こんな所で、ごめん」
「ライアは、こんな所って思ってるの?」
問いかけた瞬間、ライアは首を大きく横に振った。
「思ってない! 私はこの家が、好きだよ。みんなと笑って居られる、こんなに仲のいい家族みたいな孤児院は、どこを探しても他に無いって自慢の家だもん」
確かに、何不自由なく暮らせてた生活とは打って変わって、此処には無いものだらけ。受け入れるには時間がかかるし、戸惑ってばかりだ。
だけど、あの大きな屋敷に無くて、この小さすぎる家にだけしかないモノが、ちゃんとある。あの屋敷は、僕のせいで、何年も前からぎこちなく笑うようになっていた。居心地なんて、本当に悪かった。そう思うと、何も知らないでくれる此処での生活は遥かに、生きやすい場所だ。
「それで、十分」
「いろんな理由で、みんなここに集まったけど、折角こうして、こんなに大きな家族になれた。 きっと悲しい思いもしたと思うの。だから私は、弟や妹たちを守りたい。この家を安心できる場所にしたいの」
迷いのない目と覚悟。その瞳につい魅せられてしまる。
「フロンもその中に入ってるよ。私が守ってあげるからね」
明日の不安とか、生きる希望や意味。それら全部は、包み込むことはできやしないだろうけど。それでも、ライアの言葉には確かに力があった。
「……っ」
だけど、ちょっと待て。
今の、可笑しいんじゃないか。
僕より年下で、僕よりも小さな身体のくせに。
これ以上、ライアの肩に荷物をかけて良いのか?
此処で預けたら、自分がすごく格好悪い。
女の子に言われるなんて、男としてどうなんだ?
「……はぁー。……ライアに言われてもな」
「え、……やだった?」
「そうじゃないよ。女の子に守られるのは、男としての立場がない」
「でも! 私はここでは、みんなのお姉ちゃんなんだから、フロンも遠慮しないで頼って良いんだよ?」
きらきらと期待の眼で"まっかせなさい"と言わんばかりの眼差しを向けられる。守るのが当たり前のように考えるライアに、少しイラッとした。その中に、簡単に僕を入れないで欲しい。
「皆んなからはお姉ちゃんでも、僕にとっては、ライアは年下なんだから、つまり妹だよ。妹に守られるのは勘弁してくれ」
「フロンに妹扱いされるなんて……なんか変な気分」
確かに僕は今日来たばっかりな上に、先輩はライアであることは間違えないけどさ。
でも、今日だけで少し分かった事があるよ。みんなの事を精一杯、身体を張って頑張って来た。年長として、なんでも背負おうとしている。そんなライアのことを守れる人が、居ない事も。
「だから、僕がライアを守るよ」
「……………そっ」
言いかけたものの、声をなくしたように、そこで一旦途切れた。
「そんなこと、……生まれて初めて言われた、かも…….」
ぱちくりとライアは瞬きする。びっくりしたみたいで、やや停止気味だ。少しして、やっとライアは笑顔を向けた。の瞳が水晶のようにキラキラと光っていた。
落ちそうになった涙を指先で拭う。皿洗いもまだロクにできない人間が、何を言い出すんだって思って良いのに、笑わずに居てくれた。
「そろそろ、みんなを寝かしつけないと! 協力して、フロン!」
時計を見てライアは、不自然にくるりと後ろを向いた。今、ライアがどんな表情をしているのか、少し気になった。




